2022/10/1
「ダンナさん脳梗塞で倒れる」


江口美幸です。

ここの支部長で、師範である、うちのダンナさんは実は生まれつき、心房粗動(しんぼうそどう)という、不整脈の一種を持っていました。
現役時代には、練習中に急にドキドキしたり、力が抜けたりするのは、皆そうだと思っていたらしいです。自分が不整脈持ちだとわかったのは、中年になってから。
「だって、心臓なんて、人と比べないじゃん?」と言ってましたが、まあねえ…。

でもそれがあると、年をとってから、心臓が細かく痙攣する心房細動(しんぼうさいどう)になりやすく、血栓ができて脳梗塞を起こす可能性が高いということで、何年か前に心臓のカテーテル手術を受けました。

そして経過を見て、完治と言われ、ずっとなんの異常もなく元気に生活していました。
ある日に一度「なんか、心臓がドキドキするなあ。ちょっと、診てもらってくる」と言って近くの病院で診てもらいましたが、異常はありませんでした。
そしてある日の土曜日。いつも通りの、金原先生の練習が始まりました。
始まって20分ほど経ちました。その時は、スイープという、下から相手を抱えてひっくり返す練習をしていました。


「これはスイープではありませんが、こんな感じです」


ダンナさんが先生を下から抱えて「そうそう師範、いいですよー、でももっとワキを締めて」と先生が教えながら相手をして、ダンナさんが投げた後に金原先生は「師範、いいですね、でももう少し脇をしっかりしめて、体ももう少し縦にする感じで…」と言いかけましたが、いつもは、はい、はい、と頷きながら返事をするダンナさんが黙り込んでいたので、途中で言葉を切って「師範?…どうしました?」とダンナさんの方を向いて、不思議そうに言いました。

…ダンナさんはその時、一言も発せず、目が虚空を見つめていました。そして急に右手を上げかけました。その右手が、ガクンと下に落ちました。
その瞬間に金原先生が「ああっ!脳梗塞です!師範!寝て!」と叫びました。「美幸さん、すぐに電話して!」「はいっ!」
すぐに119番に電話しました。
正にこの時に、ダンナさんの脳の血管に、血栓が詰まったのだと思います。

目を開いたまま仰向けになったダンナさんの顔をまじまじと見て、先生は「間違いない。これは脳梗塞だ」とキッパリ言って、周りの人達に指示を出し始めました。
一人一人に、的確にやって欲しいことを早口で伝えて、救急隊員が来たらすぐにダンナさんを運べるようにしていました。
そして、10分もしない内に救急車は来ました。
私が着替えて私物を抱えて階段を駆け降りると、もうダンナさんは救急車の中に運ばれているところでした。

走ってゆくと、金原先生が私に駆け寄ってきて肩に手をかけ「美幸さん、鼻で息を吸って!大きく!」
どうやら私は、知らず知らずのうちに、口で浅くハッハッと呼吸をしていたらしいです。
「鼻で息を吸ってー、吐いてー、そう、そう」
すーっ、はーっ、すーっ。
「よし!行って!こんなに早いんだ!師範は絶対に、大丈夫だから!」と金原先生は言って、私の背中を両手でバンバン!と強く叩いて送り出しました。私はそれに押されるように、救急車に乗りこみました。
…これって、試合場に上がる時のやつですよね!?…って、頭の中のもう一人の私が、微かにツッコミを入れていました。

脳梗塞はとにかく一秒でも早く病院に行くことが大事なので、あの時の金原先生には、感謝してもしきれません。
あの素早さと行動力は「この人は修羅場をくぐっている」という言葉がぴったりでした。
さすが私達の先生だ!という思いがありました。が…時間は急に飛びますが、ダンナさんがそれから二ヶ月と少しの入院生活の後、退院した次の日に、金原先生の練習をはじめた日のこと。

その練習の時、「じゃあ次はスイープいきましょう。あっ!この時だ!この練習中に、師範は脳梗塞起こしたんですよ。師範あの時憶えてます?」と笑いながら、ちょうどダンナさんが倒れた場所を指差して
「この場所だー、この場所で起こったんですよね。じゃあここで、この練習しましょうか?」と言いました。なんでー?
そしたら、これがトラウマというものでしょうか、その場所で同じ練習をしている二人の姿を見ていたら、私は急に強烈な吐き気に襲われました。
「あれ、美幸さん、どうしたの?」「…私、吐きそうです」「えっ、なんで!」
いやもう、デリカシーです!ここに必要なのはデリカシー!

非常時にはすごい力を発揮しますが、平常時は、相変わらずの…なんて言うのかな、マイペースの?ノー気遣い?な、金原先生なのでした。

さて、ダンナさんは病院に運ばれて、それからしばらく入院することになりました。入院してからのことは、また次回に!