国際空手道連盟 極真会館 東京城西国分寺支部

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もうひとつの独り言 2022年


2022.1.21

第四百六十八回 貧しさゆえの減量メニュー 

 コロナ禍の前だから2019年になるのか、テレビ放送を録画してあった井上尚哉VSエマヌエル・ロドリゲス、そしてノニト・ドネアの試合をDVDにダビングした。
 その際の編集でCMをカットしたのだが、商品の宣伝でイケメンの芸能人たちが登場するのは当然のこと。普通なら何も感じない。しかし、井上尚哉の試合の間に挟まれていると、彼らの存在が霞むのである。世界戦に出ているボクサーと比べると、どうしても見劣りしてしまう。
 これはタレント諸氏のせいではなく、それだけ井上尚哉が輝いているということに他ならない。国民栄誉賞を授けられても納得できる正真正銘のスーパースターだと思う。
 いやボクシングの話ではない。前回につづいて減量のこと。今回は10年前に筆者が実行した具体的なメニューを紹介したい。
 当時の筆者は職探しをしていた時期で、生活費をとことんまで切り詰めなければならなかった。なにしろ収入がないのだ。そんな中で、もっとも手っ取り早い倹約の対象は食費だった。財布の紐をぎゅっと締めて、必要なもの以外は買わないことを誓った。悲しいことに、自販機でジュースを買っている高校生を、駅のホームで羨ましく眺めていた記憶がある。
 しかし、この状況は減量するチャンスでもあったのだ。
 ダイエットにお金をかけるなんて馬鹿げている。お金をかけたほうがやる気が出るという意見もあるが、どうせなら節約できたほうが合理的だ。
 そして考えたのが、以下の一石七鳥の減量メニューである。
 ようはシンプルな野菜鍋だが、これが効果抜群だった。
 効果その1。安い。当時の記録によると、鶏の胸肉が1キロで350円。大根150円。白菜100円。合わせて600円ほどで、おかずにすれば一週間ほど保つ。
 その2。カロリーが低い。胸肉は脂肪分が少なく、野菜はゼロカロリーに近い。ほとんどが一緒に食べるご飯のカロリーということになる。
 その3。栄養がある。言うまでもない。
 その4。調理に手間がいらない。最初に材料を切って鍋に入れるだけ。だし汁も取らない、ただの水炊き。それからは鍋をコンロにかけて火をつけるだけでいい。
 その5。なにを作るか、毎回考えなくていい。毎日の献立はけっこうめんどくさいものである。鍋なら余計なことに頭を使わずにすむ。
 その6。日保ちする。1と5とも関係しているが、鍋いっぱいに作っておけば一週間ほど保つのだから、これは助かる。経済的で手間いらずなだけでなく、買い物にも行かなくて済み、費用対効果が抜群である。
 その7。食べ終わったら雑炊にできる。残ったスープも無駄にはしない。この雑炊がまた減量メニューになる。とことん合理的なのである。
 貧乏なら貧乏で考えつくことがある。考えたことは武器になる。それに比べて現在の自分はだらしない。この時の姿勢を見習わなければならない、とも思う。




2022.1.13

第四百六十七回 マンモス西を笑えない 

 空手とボクシングはどっちが過酷だろうか、と考えたことがある。
 競技のルールにおいての話だが、門下生としては極真を贔屓したくなる。たとえば、効いていなくても技がヒットしたり倒れたりすると、直後の判定で負けになるのだから実に厳しい。
 ボクシングは倒れても10カウント以内に立ち上がれば無効になる(判定では不利になるが、全ラウンドが終わるまでに挽回のチャンスがある)。それに空手は基本的に階級が無差別だから、10キロ以上も重い相手と打ち合うことも珍しくない。
 しかし、ダメージを考えると、空手は打撲や骨折だ。もちろんそれも嫌だが、ボクシングはグローブをはめた頭部へのパンチによって、網膜剥離、そしてより深刻な脳機能障害が後遺症として残ることがある。これは回復しないのだから洒落にならない。何としても避けたい。
 ……などと考えても、異種の格闘技を比較すること自体がナンセンスなのだが、それを承知であえていうなら、筆者はボクシングの方が過酷ではないかと思う。なぜかというと、その理由はただ一点、減量があるからだ。
 身体がまだ伸びようとしている若い選手にとって、食べたいものを食べられず、飲みたいものも飲めないのは、誇張ではなく生命維持に反するような苦行であろう。くじけても無理はない。誰が笑えようか、夜中にこっそりと寝床を抜け出し、屋台に駆けつけて「おっちゃん、うどん二杯や」と注文するマンモス西を。
 そこで今回は減量の話。ダイエットというより、減量といったほうがストイックでいい。
 筆者が過去に減量をした時は、我流で以下の7つの法則に基づいて進めた。
 一、意識づけ。実践の前段階。これが大事。目的を明確にし、計画を立て、なにがあっても完遂することを誓う。
 二、量を減らす。大原則。消費カロリーより摂取カロリーを抑えれば、痩せるのは物理の法則として当然の結果である。
 三、食事の質を考える。米やパンを少なめにする。減量の鍵を握っているのは炭水化物である。その摂取を減らす。ほかにも糖分と油ものは大敵である。かわりにタンパク質を多くとる。酒は厳禁ではない。量を控える程度でいい。
 四、早めに夕食を摂る。6時ごろに食べ、寝る前は口に入れない。胃腸に負担をかけない。仕事時間の都合によって工夫が必要である。
 五、ゆっくりと食べる。これも基本。時間をかけることで満腹感を覚えさせるためだ。
 六、運動をする。単に体重の数値を下げるためなら、食事の質と量を改善し、宿便を排出するのがもっとも手っ取り早い方法だが、それだけでは筋肉が落ちる。長い目でみて太りにくい体質に変えていくには、トレーニングは必須条件。それ以前に、門下生なら当然のこと。
 七、リバウンドの防止。痩せた途端に気を抜いて元に戻ってしまうと意味がない。それに痩せにくい体質になってしまう。そのため、目標の数値に達してからも半年間はそれを維持し、定着させる。
 以上、自分で考えた方法だが、10年ほど前に実践して効果はあった。  でも、これをそのまま現在も維持しているかと言われると……。




2022.1.6

第四百六十六回 空海と極真 

 2022年元日、筆者は『空海』という映画を観た。
 劇場公開が1984年というから40年近く前の映画だが、これが初めての視聴になる。年始から渋いものを観たものだ。
 主演は北大路欣也=空海。そう聞いてもイメージが繋がらなかったが、かといって空海の役に合った俳優を他に思いつかない。しかし、いざ視聴してみると、精力的なところも含めてまったく違和感がなかった。
 他にも桓武天皇=丹波哲郎(剛毅なイメージに合っている)、最澄=加藤剛(これも謹厳実直で合っている)、阿刀大足=森繁久弥(まあ合っている)、嵯峨天皇=西郷輝彦(あまり合っていない。筆者が選ぶなら石坂浩二)など、こうしてみると豪華キャストではある。
 意外なほど良かったのが、平安三筆の一人・橘逸勢=石橋蓮司。最初はミスキャストではないかと思ったが、実際に映画を観るとこれ以上の配役がないほどマッチしていた。キャスティングの慧眼と演技力ゆえだろう。
 さすがは石橋蓮司。必殺シリーズをはじめ凄味のある悪役やコミカルな脇役を演じることもあるが、橘逸勢のような癖のある平安貴族の役もできるのだから、けだし名優である。
 ところでこの映画、公開前から前売り券を完売させ、興行的に成功していたという。制作費も惜しげもなく使われており、1200年以上も前の平安京や長安の町並みなども手が込んで描かれている。それを映像で楽しめるのは、映画ならではの醍醐味だろう。
 筆者が不満だったのは、遣唐使船で唐に漂着した場面がカットされていたところ。空海の文才によって一同が窮地を切り抜けるせっかくの見せ場なのに。2時間48分もの大尺作品がここを削ってはいけないと思うのだ。
 さて、空海だが、筆者は去年、約20年ぶりで司馬遼太郎の『空海の風景』を再読した。
 初めて読んだ時は難解だったが、再び腰を据えて読んでみると、これほどまでに空海を深く洞察した文書は考えられず、『燃えよ剣』『坂の上の雲』と並んで司馬遼太郎の最高傑作ではないかと思った次第である
 密教の捉え方について、空海と最澄に確執があったことは知られている。最澄は小乗仏教と同じで経典を読んで理解するものと受け止めていたが、空海は(密教を習得するには)経典の内容を頭に入れるだけでなく、師についての直接的な伝授が必要であり、なおかつみずから険しい山岳に入り、自然の中での心身の修行が不可欠であると考えていた。
 そう考えると、真言密教と極真には共通点が見受けられる。
 すなわち、大山総裁が提唱された「実践なくんば証明されず、証明なくんば信用されず、信用なくんば尊敬されない」という格言である。
 なんというシンプルで爽快な、そして真理をついた考えだろう。極真会館の歴史は、強さの追求だった。あれこれと机上で理屈を並べ立てるより、実際に人々の眼前で実践することでそれを証明してきたのだ。
 ちなみに空海に関して、筆者は『NHKスペシャル 空海の風景』もDVDで買っているが、こちらはまだ観ていない。




2021.12.31

第四百六十五回 ギザ10がきた! 

 ギザ10には風格がある。
 特に注意して観察しなくても、いかにも古強者といった貫禄と存在感をそなえているので、他の10円玉に混じっていても自然と目につくのだ。
 あ、ギザ10というのは昭和30年をまたぐ数年間に製造された古い10円硬貨のことで、ふちにギザギザが刻まれているため、そういう略称がついたらしい。
 筆者はいつ頃からか集め出し、現在は7個を所有するに至った。集めてどうするわけでもない。ほかにも集めている人がいるので減る一方であり、稀少価値があるというだけのこと。
 ちなみに今年製造されたばかりのピカピカの10円玉も持っている。新しい銅は赤っぽく見えるので「赤金(あかがね)」と言われているのは周知の通り。蛇足ながら付け加えると「黒金(くろがね)」は鉄で、「黄金(こがね)」は金で、「白金(しろがね)」は銀だが、これを「はっきん」と呼べばプラチナのことになるのだとか。
 というわけで、今回はお金の話題である。
 ワタクシゴトをいえば、今年(2021年)は随分お金を使った。
 引っ越しにともない、パソコン、テレビ、テレビ台、洗濯機、電話機、iPhone、カーテン、ベッド、照明、電気スタンド、コーヒーメーカーまで買っている。もっとも通常ならとっくに買い換えているべきで、いずれも経年劣化の進んだものだった。
 来年はもっと財布の紐を引き締めたいものだ、とお金のことを考えていて、そういえば紙幣の柄はいつ変わるのだろうと、ふと思った。柄は公表されているが、時期まではっきりと知らされていないのではないか。
 新しい一万円札が渋沢栄一になることはご存じの通り。今年のNHK大河ドラマ(筆者は一度も見なかったが)の主人公だが、まあこれも年末になって言うネタではない。
 ところで、絵柄になる人物はどうやって選ばれるのだろう。人格や業績はともかく、紙幣に印刷されるからには、やはり貧相では困る。財布の中に納め、売買に使用されるのだから、どうしても威厳が求められる。
 筆者が小学生だった時、千円札の肖像は伊藤博文だった。そうして友人たちのあいだで「伊藤博文がクラゲになる」という噂がささやかれたのも、その頃のことだ。
 どういうことかというと、次の手順をイメージして欲しい。まず伊藤博文の肖像が印刷された千円札紙幣を用意する。次に、博文のおでこのすぐ下を山折りにする。さらに、そのラインの先端をあごの最下部まで谷折りにしてくっつける。そうすると……。
 あらあら不思議、広いおでこから白いひげがわさわさと伸びていて、それがちょうどクラゲのように見えないでもないのだ。
 あえて種類を識別するなら、エチゼンクラゲかと思われる。子どもに限らず一番身近な紙幣は千円札だが、初代総理大臣の肖像で遊んでいるのだから、オスガキのすることはろくでもない。これが野口英世だと、変身するとしたら、ブロッコリーだろうか。
 そして次の千円札の肖像「北里柴三郎」はどうだ。医学界の世界的な功績者、北里博士は子どもたちにどう遊ばれ、いったい「何」に変身するのだろう。




2021.12.23

第四百六十四回 書きかけて書き損じあり 

 去年の6月、コロナ禍による(なつかしの)第一回目の非常事態宣言が解除されてすぐの頃に、必殺シリーズのDVDコレクションが創刊された。
 なんと、必殺シリーズの全作品が毎回3話収録のDVDとして、隔週刊で発売されるというのだ。その皮切りが『必殺仕掛人』。筆者が購入したことはいうまでもない。
 必殺シリーズの記念すべき第一作であるこの作品を、筆者はこれまで未視聴できたのである。師範からはお叱りを受けたが、観る機会に恵まれなかったのだ。
 そんなわけで、かねてより観たいと思っていたところのDVD化であり、去年から買い溜めしていたのを今年から観ていくという計画を立て、元日に『仕掛人』第一話「仕掛けて仕損じなし」を観たのが約一年前の正月。
 感想は、とにかく重厚という一言に尽きる。見応えがあるともいえるが、後年のシリーズに比べて、いささか疲れる。
 ちなみに、仕掛の対象は「この世に生きていても、世のため人のためにならない人間」だと元締が判断した人物だが、法律を介さずに独断で選ぶのだから、令和の感覚では危険思想でもあり、今だったら視聴者に受け入れられなかったかもしれない。
 仕掛人のメンバーは、元締が音羽屋半右衛門(山村聡)で、その配下の連絡係が千蔵(津坂匡章)。もっとも危険な役回りである仕掛(殺し)担当の主人公が藤枝梅安(緒形拳)、表の家業では鍼医者をしており、その長い仕掛針を武器にして、相手の延髄を一突きにする。市松や秀など、必殺で後々まで引き継がれる技の最初の使い手というわけだ。
 梅安だけでは足りないこともあり、スカウトされたのが浪人の西村左内(林与一)。剣の腕は確かだが、妻子をつれて食うに困っており、第一話で釣り仲間の半右衛門の誘いに応じて仕掛人になる。
 殺しの担当はこの二人で、つまり武器は針と刀であり、必殺後期の現実離れした創作武器や、これでもかという派手で奇抜な殺陣を見せ場にした作品とは大いに違うので、そういうものに慣れた視聴者には地味に感じられるだろう。
 だが、忘れてはいけない。『仕掛人』は池波正太郎の原作小説がもとになっており、あくまでも時代劇のひとつとしてスタートしたのである。
 もうひとつ、後期のシリーズと大きく異なる点として、仕掛料の高さがある。
 ひと仕事が60両などと言っている。ブツブツと不平を口にしながら小銭で仕事を引き受けていた中村主水が聞いたら泣くだろう。でも、いくら不景気で食い詰めているとはいえ、命がけで引き受けるのだから、60両ぐらいは相場かと思われる。
 ストーリー重視のため殺しのシーンも地味だが、回が進むほどに凝り出してきて、最終回の梅安の延髄刺しがもっとも秀逸だった。
 筆者が思ったのは、『仕掛人』はシリーズの中でも別枠で、必殺らしい必殺は第二作の『仕置人』から始まるのではないか、ということ。しかし、そんなことを言い始めたら、「別枠」にしたくなる作品が必殺シリーズでは珍しくないことにも気づいた。何はともあれ、改めて思ったのは、主題歌の『荒野の果てに』が名曲であるということだ。これは間違いない。




2021.12.17

第四百六十三回 変な本 

 こんなことは何の自慢にもならないが、筆者はあまり世界の名作文学というものを読んでこなかった。トルストイやシェイクスピアでさえ一冊も読んだことがないのだから、ちょっと忸怩たるものがある。
 子ども向けの名作を読んでこなかったことに気づいたのが大学一年生生の時で、それから焦ったように『トム・ソーヤーの冒険』『赤毛のアン』『あしながおじさん』『小公女』『若草物語』など、かつての世界名作劇場でおなじみだった作品を立て続けに読み、それぞれ良いと感じた。
 中でも村岡花子さん訳の『赤毛のアン』はすばらしく、アニメにも劇にも映画にもなっているが、まあこれはどうアレンジしても悪くなりようのない原作なのである。
 子ども時代の影響か、どうしてもテレビアニメの世界名作劇場と比べてしまうのだが、『トムソーヤー』と『小公女』はアニメで十分であり、『フランダースの犬』は名作劇場の方が上回っていると思った。もちろん原作あってのアニメなのだが、それだけ世界名作劇場の出来がすぐれていたということだ。
 ちなみに、『若草物語』と『あしながおじさん』の頃は、もう大きくなっていたので、名作劇場のアニメは見ていない。この二作の原作はどちらも良かった。
 わからなかったのは、ルナールの『にんじん』だ。これのどこらへんが名作なのだろうと思った。最初から最後まで陰気で気色悪い。が、見方を変えれば『にんじん』は暗黒小説としては名編かもしれない。
『にんじん』に限らず、世の中には変な本がある。わけのわからない物語が。
 たとえば、知る人ぞ知る夢野久作の『ドグラマグラ』。「精神異常者が書いた推理小説」という設定で、一読した者はかならず精神に異常をきたすといわれる曰く付きの作品。
 筆者も読んだので、精神に異常をきたしたのかどうかはともかく、稀にみる奇書であることはまちがいない。そして名作であることも。台湾でも翻訳されているらしいが、「アーア。チャカポコチャカポコ」のあたりは、どう訳すのだろう。
 ほかにも、イアン・バンクス『蜂工場』。前から読みたかったのだが絶版になっていて入手できず、あきらめていたところ、ハードカバーで復刊されたのを、去年のコロナ休みに読んだ。
 途中、ゾッとするほどグロテスクな場面(そこで登場人物が嘔吐するほど)があり、読者もオエッとなること請け合いなので、これからお読みになる方は要注意である。
 最近読んだ中で、とくに強い読後感を残したのは、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』と『動物農場』だ。
 最近って、「今ごろ読んだのか」と言われそうなほどの古典だが、長いこと買い置きしたまま何となく手が出なかったのだ。
 書かれたのは40年代後半で、つまり前者の題名の1984年は未来社会であり、また最悪の世の中といえる。前者はSF、後者は寓話の形式をとっているが、ともに社会体制を風刺した名編で、一読をお薦めしたい(というのは嘘で別に薦めない)。
 ちなみに、あまりにも読みづらく、途中で投げ出しているのが『黒死館殺人事件』である。




2021.12.9

第四百六十二回 残心 

 神と悪魔がせめぎ合っていた極真第五回世界大会。
 派手なKO劇が多かった大会で、テレビやyoutubeでご覧になった方も多いだろう。
 たとえば、フランシスコ・フィリォとアンディ・フグの試合。主審の「やめ」の声と同時にフィリォの上段廻し蹴りが決まり、アンディが崩れるように倒れ、担架で運ばれるという失神KOに至ったのはご存じの通りである。優勝候補の衝撃的敗北に会場は騒然となり、アンディ側のセコンドからはクレームがつけられた。今のは「やめ」の後だった、よって無効だと。
「やめ」の声と同時にフィリォは蹴りのモーションに入っており、途中で止めることはできなかったといえる。が、そんな些末なことは度外視して、当時ご存命だった大山倍達総裁が一言。
「やめと言われた途端、気をぬく方が悪い。今のは有効だ」
 創始者にして最高審判委員長の独断にアンディ側のセコンドも沈黙するしかなくなったが、しかし彼らがそれ以上なにも言わなかった真の理由は、心の内でその言葉に納得したからではないだろうか。
 一般のスポーツ競技ではあり得ないこの総裁の判断は、テレビ放映では収録されていないので、東京体育館に足を運んだ者だけの語り草となるエピソードである。若き日の筆者も、オープントーナメントの現場で「武道の精神」を目の当たりにして心を打たれた。
 武道には「残心」という概念がある。目の前で相手が倒れても、わざと死んだふりをしている可能性があり、背中を見せればうしろから襲いかかってくるかもしれない。だから隙を見せない。筆者は高校生の頃、弓道部に所属していたが、弓道にも残心はあった。矢を放ち終わった後もしばらく体勢を解かず、的から目をそらさないのだ。聞けば剣道にもあるらしい。
 受験でも、模試で合格点を取ることができ、偏差値に余裕があっても、実際に合格しないうちに気を緩めれば本番で足をすくわれる。そんな例はざらに見かけるのだ。
 やや話はそれるが、松井館長は現役時代、審判に与える印象まで考えて試合をしていたという。だから反則などはもってのほか。審判の目を意識するというと、いかにも優等生的というか、しょせんはルールに保護されたスポーツ競技ならではの戦いだと思われるだろうか。
 まず試合運びにそれだけの余裕があることも驚きだが、本気で優勝を狙うなら戦略の一部として(あるいは大前提として)そう考えるのは自然なことである。それ以上に、筆者はこの館長のクリーンファイトに、むしろ底知れぬ凄味を覚える。
 ラフファイトをする人の方が、一見すると強そうに見えるかもしれない。だが、もしかりに試合以外の場でルールなしの戦いをすることになった時、真に恐るべきは館長のような考え方の人だろう。このような人は、立ち位置の高低差や道幅や逆光といった地の利はもちろん、ガラスの破片でも砂でも水でも木の葉でも、身辺に存在する使用可能なあらゆるものを駆使し、戦いを自身にとって有利に展開させる想像力の持ち主だからだ。
 受験生でも、自分の答案が採点官に与える印象まで意識できれば、作問者の意図を読み取り、設問に仕掛けられた罠に気づくようになるのだが。
 おっと、残心からコロナのネタにつなげようと思っていたのだが、書いている途中で思わぬ方に話がそれていったぜい。




2021.12.2

第四百六十一回 自由の価値は 

「俺は自由に生きたい」
 と言っていた友人がいたが、そもそも自由って何だろう。漠然とした開放的なイメージはあるが、定義するならどのような状態なのだろうか。
 私立の学校でも「自由な校風」を謳っているところはある。校則が厳しくないなど、制限が寛容であるという意味だろう。
 が、それは学校によって「与えられた自由」である。籠の内側のスペースが広いというだけで、果てがないわけではない。つまりは可動域の余裕の差であり、動ける幅には限度がある。
 かつての「ゆとり教育」にも同じことがいえる。システムによって与えられる「ゆとり」などあるものか。ゆとりや楽しみというものは、受動的に享受するものではなく、自分で見つけるか、あるいは作り出すものといっていい。
 筆者が通っていたような暴力中学は特殊な例かもしれないが、校則などの締めつけが厳しく、理不尽な教師の言動を目の当たりにする経験を重ねると、反骨が生じてくる。そしてかえって自由の価値を知り、それがけっして当たり前に得られるものではないことを実感するようになる。
 筆者が考えるに、真の自由というのは、野生の状態に近いのではないかと思う。
 むろん比喩的な意味合いにおいてもだ。ようするに独立し、他者に飼われていない状態ということである。
 たとえば水族館などでショーを演じているイルカと、海で泳いでいるイルカを比べたとき、前者を見て、人工のプールに閉じ込められていてかわいそうだと言う人もいる。大海原を「自由に」泳いでいるイルカのほうが幸せだと。
 だが、野生の動物にとって、日々の食料を手に入れるのは大変なことである。また自然界には天敵が存在し、日常的に死の危険がつきまとう。
 一方で水族館にいるイルカは、シャチに遭遇することもなく、毎日エサを与えられ、病気になっても介抱される。こう考えると、どっちが幸福かは一概に決められない。
 人間社会でも、仕事帰りのサラリーマンが飲み屋で愚痴をこぼしながらも会社を辞めないのは、生活の安定が保障され、ボーナスも出て福利厚生が充実している会社員の立場が、自営業よりも居心地がいいと判断しているからだろう。
 拘束もしくは制限されているということは、保護されている状態でもある。自由には危険と責任がともなうのだ。
 経済的にも、ときには死の危険と背中合わせになることがある。野生の動物がそうであるように。そう考えると、あながち脳天気にあこがれる状態でもなさそうである。
 ただし、それでも自由には魅力がある。少なくともすべてを自分でやりくりするリスクを負う覚悟があるならばだ。
 冒頭で書いた友人は、ミュージシャン志望だったが、現在は二男の父であり、保険会社の社員として堅実な道を歩んでいる。正しい選択だったと言うしかない。





2021.11.25

第四百六十回 貸し借りについて 

 前回のYのことについて、補足を少々。
 筆者はYに金を貸し、そして逃げられたことがある。
「バイクが欲しいんだ。俺、そういう楽しみ、何もなかったんだよねぇ……」
 とYはしんみりと語り、協力を求められたのである。
 これは、たとえばおばちゃんが「ダイヤが欲しいのよ。あたし、そういうの持ったことがないのよねぇ……」と言うのと同じで、少しも同情を引くような理由ではないのだが、筆者は独身のサラリーマンで、当時は家賃も会社持ちであり、いささか金銭的な余裕がないでもなかったので3万円を貸したのだ。
 そしたら、Yは逐電した。行方をくらました。道場にも姿を見せない。アパートに電話してもつながらない。どうやら持ち逃げしたらしい。
 人を見る目がなかったのだ、と反省した。筆者も若かった。20代だった。授業料としては高かったが、ろくでもない縁を切ったことになる。そう思った。
 さて、その年の極真全日本大会でのこと。偶然にも会場の片隅で、Yが大谷先生と話しているのを見かけたのだ。
 筆者は開口一番、「3万円返せ」と詰め寄った。Yはその場で財布から一万円札を3枚ぬき(現金で持ち歩いていた)、筆者に返しながら、
「いやあ探してたんだよ。お金、返そうと思って。また会えて良かった。これで親友復活だよ」
 などと悪びれず言うのだった。おおかたの詐欺師というのは、このように人なつっこいのかもしれない。
 その後、筆者にはまとまった金額が入る事情があったのだが、そのことを知ったYは、
「じつは故郷の母が病気になって、治療に10万円いるんだ……。でも、俺、そんな金持ってないんだよねぇ」
 と言い出した。わかりやすい男だった。
「糸井重里が言ってたけど、金を貸すのって、一番かんたんな友情の表現なんだって」
「じゃあ、糸井重里に借りろ」と、そこまでは言わなかったが、さすがに二度と信用することはなく、金を貸すこともなかった。当然、Yとの関係も消滅するのに任せた。
 筆者もお金に困ることはあったが、親からは「本当に困ったら言ってきなさい。なにがあっても友達から借りてはいけない」と言われていた。それもあって友達だからこそ借りられないのが当たり前だと思える。逆に貸すとしたら、戻ってこないつもりで渡すだろう。
 お金ではないが、本やDVDなども、筆者は貸し借りしないようにしている。そんなことがトラブルの元になるのは避けたいし、大人なら自分で買うべきだ。
 とくに本を貸すと、驚くべき確率で返ってこない。なぜだろう。前にも書いたが、本を無料のものとして捉えている人が多いのだろうか。
 それならば人を選ばず、誰であっても貸し借りしないことに決めた方がいい。げんにアジアジに貸している『怪奇大作戦』と『坂の上の雲』のDVD(これは録画したもの)がいまだに戻ってこないし……。べつにいいけど。




2021.11.18

第四百五十九回 やりたいことがわからない子 

 やりたいことがわからない、という悩み自体がわからない。
 そういう人がいたのだ。極真の門下生で、かりにYとしておく。90年代のことだから、Yが現在もどこかの道場に在籍しているかは不明だが、彼はその時、たしか25歳だった。
 10代ならまだありえるかもしれないが、25歳になって自分のやりたいことがわからないとなると、これはもう、やりたいことが「ない」と見ていいのではないか。
 そもそも、なぜそれが悩みになるのだろう。やりたいことが多すぎて時間がない、というならわかる。その時間を捻出するための具体的な方法を考えればいい。だが、やりたいことがなければ、何もしなければいい。極真の門下生なら空手の稽古をしまくればいいのだ。
 筆者は過去の人生の中で、やりたいことがない時期がなかったので、Yの気持ちを理解できず、その悩みに答えることもできなかった(そもそも筆者に相談すること自体おかしい)。
 もっと年齢が下がって、これは小学生の例。親子で主張が異なるケースがあった。その子は中学受験で第一志望にめでたく合格したのだが、同時に別の学校にも特待生として合格していた。そして親御さんは特待生にしたがっていた。そのほうが100万安くあがるのだ。
 どちらの言い分もわかる。出費する親御さんの立場としては無理もないし、受験した本人は「せっかく第一志望に合格したのに、なんで進学させてくれないの」と不満を抱くのもわかる。それで親子のバトルとなった。
 結局、親御さんの意見が通ったらしい。もし筆者がその場にいたら、お母さんにたのんであげただろう。毎日毎日努力して、試験会場で実際に鉛筆を握って正解を書き込んだのは本人なのですから、と。それに進路というものは、自分で決めなければ、何かあった時に後悔することになりかねないのだ。この子はしかし、はっきりと意思表示ができた。
 また、ある年、受験勉強についていけず、6年の夏を最後に退塾することになった子がいた。
 そのこと自体は無理もない。彼を見ていても不向きであることは明らかだった。
 それに、人には時期というものもある。もう少し上の年齢になっていれば彼もついてくることができたかもしれず、いささか早過ぎたともいえる。
 筆者が呆れたのは、リタイヤしたことではなかった。塾に説得されて、彼は最後に夏期講習会だけは出席することにしたのだ。
 もう本当にアホかと思った。塾の立場としては、そりゃ説得するだろう。営業なのだから。
 だが、勉強が嫌いで、自分に中学受験をする適性がないとわかっており、受験を断念して8月末で辞めることになっているのに、夏期講習会などに参加する必要がどこにあるのだ。
 それよりも、小学校生活最後の夏休みを、思う存分に遊んで、めいっぱい楽しんだ方が、貴重な時間を有意義に過ごせるのではないか。
 彼は「他者に説得された」結果、夏休みに毎日塾に通い、興味も必要もない受験用の授業を何時間も聴いていた。苦行でしかなかっただろう。自分のやりたいことがわかっていない人間は、このように時間と金を浪費してしまうのだ。
 学力の面でついていけないことが問題ではない。自分のやりたいことがわかっていない人間こそ本当の阿呆なのだと、彼を見ていて思った。




2021.11.12

第四百五十八回 我が子に託す親 

 前回の内容と似ているうえ、道場のブログとしてはグレーゾーンのネタになるかもしれないが、とりあえず書く。
 筆者は支部内の少年部の試合で、審判のお手伝いをしたことがある。四隅の一角に置かれたパイプ椅子に座ってホイッスルをくわえ、両手に赤と白の旗を持って、優勢だったほうに旗をあげるという副審の一人としてである。
 そのときの親御さん方の応援が熱かった。もちろんそれは、親の心理としては当然のことである。熱が入るのも無理はない。我が子が懸命に戦っているのを、他人事のごとく冷ややかに傍観している人の方が異例だろう。
 が、もし判定で、相手の子に旗をあげようものなら、
「ちょっと、あんた、なんでうちの子にあげないのよ」
 と、筆者は責め立てられ、
「えっ、いや、でも……」
 と気圧されそうな迫力ではあった。もちろんそんなやり取りは実際に交わされていない。あくまでもイメージである。
 ひとつ言いたいのは、負けた我が子を責めている親御さんに対してだ。
 あなたは空手の試合に出たことがあるのですか、と問いたい。
 極真だから実際に打ち合い、防具を装着しているとはいえ、突きや蹴りを当てる試合である。そういう痛さとか苦しさとか悔しさを自分が経験していないのに何が言えるのですか、と思うのだ。
 出場した本人は精一杯戦っているはずだし(そうでなければ一瞬で負ける)、負けて一番悔しいのも本人なのだ。本来なら労ってやるべき立場の親が、さらに責め立ててどうするのだろう。
 いささか唐突だが、ここで筆者はずっと昔にあった、いわゆる「お受験殺人」という事件を、ふと連想した。
 たしか教育熱の旺盛な文京区だったと思う。ママ友同士でお互いの子どもが同じ名門私立小学校を受験した結果、片方が受かって片方が落ちた。その落ちた子の親が、合格した子を殺害してしまったという何とも痛ましい事件である。
 当時のマスコミは、犯人が我が子に自分を投影して、子どもが不合格になったことで自己否定されたような気持ちになっていた、という解釈の報道をしていた。
 もしそれが本当なら恐ろしいことだ。そして不可解でもある。
 親子とはいっても、別の個体である。当たり前だが。
 よって遺伝子を受け継ぐ我が子が、空手の試合なり受験なりで敗北したからといって、親までが負けたわけではない。また、負けたからといって、べつに全人格的に否定されたわけではない。それに第一、親御さんが自己投影するという形で、自分の人生を我が子に託していいのだろうか。
 筆者はそういう親御さんに言いたい。「あなた自身の人生はまだ終わってないのですよ」と。




2021.11.5

第四百五十七回 白雪姫たち 

 コロナの影響なのか、11月になっても運動会が行われているらしい。
 そういえば、かつて運動会の徒競走で物議をかもした「手をつないでのゴールイン」というのがあったが、あれは現実のことなのだろうか。
 身体能力で優劣をつけるのは良くない、という配慮らしいが、あまりにバカらしくて事実かどうかを疑いたくなる。教員の方々がそろってまじめな顔をして、職員会議でそんなくだらないことを決めていたとは思えないのだ。
 もし事実なら可哀想だと思う。誰がって、運動の得意な子どもがだ。
 足の遅い子がビリになったからといって人格否定されるわけではもちろんない。その子には他に得意な分野があることだろう。それに対して、運動会というのは運動の得意な子が活躍できる場なのに、その機会を奪われれば落胆するのではないだろうか。
 一方で、中学受験の加熱ぶりはどうだろう。徒競走で順位をつけることには反対する親御さんも、我が子を有名私立に進学させることには疑問を感じないらしい。限られた席を目指して競い合う受験では、「お手々つないで全員合格」というわけにはいかない。基準に達しなければ容赦なく撥ねられる苛烈な競争の世界だというのに。
 受験で不合格になったときのダメージは、徒競走でビリになったときよりも遥かに大きい。まず目標のために費やした期間と労力がちがう。その願望も強かっただけに、志望していた学校から否定を受けた子の中にはトラウマになるケースも珍しくない。運動会のような一時的なものとは根本的に異なるのだ。
 大前提として、我々は競争のある社会で生きている。それがいいとか悪いとかではなく、現実としてだ。その現実の中でわざわざ「手をつないで全員一位」という茶番を演じさせるぐらいなら、最初から行わないほうが合理的ではないか。
 運動会だけではない。これも聞いた話だが、学芸会か何かの舞台劇で『白雪姫』をやることに決まったものの、複数の子が主役の白雪姫を演じたがり、平等にするために白雪姫が六人になったというのだ。
 みんなの希望をかなえた結果だろう。でも、それで白雪姫たちは満足なのだろうか。そんな形で希望が通ったことに何の疑問も抱かないのだろうか。
 そこで筆者は、ひとつ提案したい。いっそのこと白雪姫をもうひとり増やして、七人にするというのはどうだろうか、と。そして小人を一人にする。
 すなわち、『白雪姫と七人の小人たち』ではなく、『小人と七人の白雪姫たち』にしてしまうのだ。
 物語は小人を中心に展開する。魔女の標的もなぜか小人だ。毒リンゴを食べるのも、最後に王子様と結ばれるのも小人。
 白雪姫が何をしているのかといえば、七人で隊列を組んで「ハイホー、ハイホー、うーれしいなー」と歌って歩くのである。シュールで面白いかもしれない。
 でも、そうすると、今度は主人公の小人の役を奪い合うようになり、また七人ばかり選ばれて、結局は元の状態に戻ってオシマイ、ということになるかもしれないな。




2021.10.29

第四百五十六回 便器が怖い 

 以前、『ねじ式』などで知られるつげ義春先生の随筆を読んでいたら、家屋のありえない場所に和式便器が存在しているというシュールレアリスム風のイラストが挿入されているのを見た。ものさびしい日本家屋の廊下などに、白い和式便器がぽつねんと描かれているのだが、あれはつげ先生が和式便器に不気味さを感じていたからではないだろうか。
 そう、筆者も和式便器は怖い。水洗ではなく、昔ながらの落とし便所である。
 どこがって、まず形状そのものが何となく薄気味悪く、さらに空洞が不気味だったことは言うまでもない。白い手が出てくるという怪談も、和式だからこそ成立する怖さだと思う。
 さて、前回でも創作に触れたが、筆者が初めて一人で物語を書いたのは、中2の時だった。
 題名は、『人食い便器』。口述筆記でも合作でもなく、一人で書いた作品のタイトルが『人食い便器』とは、今更ながら忸怩たるものがないでもない。当時、友人がポケット本サイズの怪談掌編集を持っており、その影響で、友人と二人、同じぐらいの小さな手帳を買ってきて、それに鉛筆で書きつけたのは、本人なりにはホラー作品だった。
 その『人食い便器』の大まかなストーリーというと、まず主人公の文彦という少年が、14歳の誕生日プレゼントに自分専用の便器を買ってもらう(という設定からして荒唐無稽だ)。
 それはたいへん高価な便器で、陶器のいたるところにルビーやエメラルド、ダイヤモンドなどの宝石がちりばめられ、「TOTO」のところは純金でできているというしろものだった。
 文彦はそれを気に入り、トイレはもちろん、勉強や食事まで、その便器のきんかくしのところに座ってするようになる。そんなある日、食事中にうっかり落としたごはん粒が、すーっと吸い込まれるように便器に溶け込んでいくのを見た。
 ためしに今度はおかずを落としてみると、やはり便器に吸い込まれていく。もうまちがいない。この便器は飢えているのだ。それから文彦は便器にも食事を与えるようになる。  ある雨の夜、父親と車に乗っていると、いきなり飛び出してきた老婆を車ではねてしまう。
 夜更けで目撃者はなく、道路の血は雨が流し去っていた。文彦は老婆の死体を便器に食べさせて処理しようともちかける。父も便器が食事をすることは知っていたので、老婆の死体をトランクに入れて家に運ぶ。
 ところが、死体をのせても便器は反応がない。あせった文彦は「食えーっ」と言って便器を蹴る。すると便器はピクンと動き、老婆の死体を吸い込んで消し去る。父は安心したが、初めて便器を乱暴に扱った文彦は、さっき便器がピクンと動いたのが気になって、それ以来、家族と同じトイレを使用するようになる。
 だが、せっかく豪華な便器を買ってやったのに、と母に叱られ、文彦はエサのステーキを持って、久しぶりに専用の便器のところに行く。それはちょうど一年後の文彦の誕生日だった。
 ドアをあけたとき、また便器がピクンと動いたように見えた。文彦はきんかくしにステーキをのせた皿をおくと、すぐ立ち去ろうとする。が、一瞬早くきんかくしがグーンと伸びて上から文彦を包み込み、ぱくんと食べてしまう。文彦は便所の暗がりの中に消えていく。
 ……というめちゃくちゃな話だが、友人はなぜか感心してくれた。ラストシーンは自分でコマ割りのイラストも描いた。内容はともかく、これが残っていないのは悔やまれる。




2021.10.22

第四百五十五回 例のやつ 

 読むことではなく、今回は書くことについて。
 読書が好きで、ある程度の量を読んできた子は、自分でも書いてみたくなるかもしれない。
 筆者も小一の時に短い物語を書いた。というのは正確ではない。まだ本を読んでいなかったので、自発的ではなく、祖母の勧めであり、書いたのも祖母で、筆者が語ったものを手帳にまとめたのだ。ようするに口述筆記である。
 祖母の生前に、実家でその手帳を見せてもらったが、こんな話だった。
 とにかくライオンが村を襲う。そして心臓を奪っていく。筆者は当時『人とからだ』という図鑑を飽かず眺めていたので、小一ながら「心臓」という言葉は知っていた。
 覚えているのは、「ライオンが心臓を取っていくので、村人たちはいやでした。」と書いてあったことだ。おいおい、心臓を取られているのに「いや」どころじゃないだろう。そもそも生きているのか。
 ライオンは最後に「ウォーン」と遠吠えを放つと、なぜか崖の上から海に飛び込み、村は平和になる。理由も脈絡もない、無理矢理のハッピーエンド(?)だった。
 ちなみに祖母は13年前に亡くなっており、この古い手帳も行方が知れない。
 次に小6の時、同級生との合作で『例のやつ』という物語を書いた。お楽しみ会の出し物として、3人で物語を書いて朗読しようと秀才の友達が発案し、面白い試みだと思って筆者も賛同した。パートごとに交代で書きながら、「例のやつ、どこまで進んだ?」などと言ってるうちに、いっそのこと題名も『例のやつ』にしようということになったのだ。
 もちろんストーリーなどない、ハチャメチャの文章遊びだったが、ふざけまくって書いたのが面白く、お楽しみ会で朗読した時も大受けした記憶がある。友達の文章にクセがあり、書くものに個性や特徴が出ることを、この経験を通して初めて知った。とにかく、子ども時代に、読むのも書くのも楽しい経験ができたのは良かった。
 お楽しみ会といえば、小4の時にも、友達4人で『恐竜の王国』という粘土劇をやることに決め、筆者が台本を書いた。その頃は恐竜マニアだったので、恐竜の粘土劇をやろうというのは筆者の発案だった。題名は当時テレビでやっていた動物ドキュメンタリー番組『野生の王国』をもじってつけた。
 メンバーが各自、自分の好きな恐竜を紙粘土で作り、固まる前に下から割り箸を刺し、色を塗って完成させる。お楽しみ会では、4人が教卓に隠れてそれを下から動かし、セリフを語るという一種の人形劇である。
「ここジュラ紀。一億六千万年万年万年……前」とお経ふうに読むオープニングだけは覚えているが、その後のストーリーは完全に忘れた。
 そういえば、いつかこのブログでも触れたと思うが、高校時代の予餞会でも『赤ずきんVS三匹の子豚』という劇の台本を書いた。というか、練習の時間がないから、担任の先生に「一晩で仕上げてこい」などと無茶苦茶なことを言われて書かされたのだった。
 もちろんこれもストーリーなどない、ただのハチャメチャ劇である。……と思い出したところで、文字数がリミットに達し、いきなり終わる。




2021.10.14

第四百五十四回 本は買うもの 

 7月上旬のことだったと思う。
 書店をうろついていて、ふと一冊のムック本が目にとまった。
 正確には、表紙に印刷されている女性の名前と写真が目に入り、「あれっ」と思ったのだ。はっきり言ってしまうと、知人だったのである。
 もっとはっきり言うと、かつての教え子だ。彼女は、筆者が某進学塾で国語と社会を教えていた時の生徒だった。
 中2、中3と受け持っていた記憶がある。その頃から『セブンティーン』という若い女性向けファッション雑誌の専属モデルをしていたが、卒業してすぐだったか、プロの声優になった。『はちみつとクローバー』というアニメの主人公の役だった。
 名前を伏せる必要はないかもしれないが、あえて「K」としておく。筆者が書店で見かけたのは、『ラジオ偏愛声優読本』という雑誌で、まず彼女の名前が目につき、手に取ってみると、巻頭で16ページにわたってカラーで大特集されている。しかも堂々たるアップでの特集だ。なつかしくもあり、うれしくもあって、思わず買ってしまった。
 中学生だった頃のKは、個性的で面白い子だった。筆者の誕生日に、友達と共同でアヒルのおもちゃをプレゼントしてくれたことがある。先生へのプレゼントにアヒルのおもちゃを選ぶというのは、やはり尋常な感性ではないのだろう。もちろん、いいところだけでなく、当時のドジなエピソードも記憶しているのだが。
 そのムック本によると、現在の彼女の活動は声優業だけにとどまらず、ラジオ番組を持っていたり、歌手としてCDもリリースしているらしいので、かげながら応援していこうと思った。
 さて、筆者は普段からラジオ番組に関する雑誌は手に取らないので、このような思いがけない「再会」は、実際に書店の中をうろついていたがゆえの偶発的サプライズである。ネット書店では起こりえないことだ。
 前に本はかさばるので電子書籍にしようかと書いたが、書店をぶらついて何気なく目にとまったものを手に取り、パラパラめくって興味を持つという出会いは、紙の本ならではだろう。
 前回、このブログで図書館のことを書いた。図書館内の空間には、特有のアカデミックで落ち着いた雰囲気があり、筆者もそれが決して嫌いではなく、昔は利用していた。
 しかし、(お金のない子どもや学生は無理もないが)大前提として本は情報の集積であり、欲しい情報というのは、お金を出しても買うものなのだ。
 大人になれば情報の価値に気づかない人は稀だと思うが、かつての職場で「本はタダで読むものだ」と平然と語る同僚がいた。何十番でも待って図書館で借りるか、大型古書店で安値で買い、読み終わればまたその店に売ればいい、などと豪語する。
 書籍が書籍という形態をとって存在している以上、それを市場に出すまでに完成せしめた複数の労力は、けっして無料ではない。彼は読書が好きだったが、自分の好きな文化を、宿主の健康を害する寄生虫のごとく、みずから破壊していることに気づいていなかった。筆者はこのような輩を、心の底から軽蔑してやまない。
 そして不思議なことに、そういう人に限ってなぜか作家志望だったりするのである。




2021.10.8

第四百五十三回 図書館にて 

 読書の秋。筆者が過ごしていた田舎町の図書館は古くて、窓から差し込む日差しは淡かった。書棚は埃っぽく、古書は特有のにおいがしたが、それらはなぜか不快ではなかった。
 海べりにあったもう一軒の図書館には、二階の棚にカバーのない文庫が多数ならんでいた。窓から海が見える図書館の、味も素っ気もない古びたスチール棚に、沈黙して並ぶむき出しの海外ミステリー。誰が借りるねん、と思いながら、味わい深くもあった。
 一方で、高校の図書室は、校内で唯一深いカーペットが敷きつめられ、上靴をぬいで靴下のまま入らないといけない豪華な部屋で、それだけに居心地が良く、筆者らは三年生の一時期、友人と3人で昼休みのくつろぎの場所として図書室を利用していた。
 ある日、入口のカウンターで、貸し出し件数のランキングが表示されているのを見た。
「おい、300冊以上も借りてる子がいるぞ」
 それは2年生の女子だった。年間300冊を超えるとしたら、1日1冊以上ではないか。少なくとも2日に1冊は読み終えている計算になる。
「すごいなあ」
「どんな子かなあ」
 などと少し話してから、テーブルに場所を移し、自分たち内輪の雑談に興じていた。
 すると、しばらくして、突然うしろから、
「わだぢでず」
 という声がしたのである。
 振り向くと、寸詰まりのゴブリンのような女子生徒がニコニコしながら立っている。
「わだぢでず」
 と、彼女は濁った声でもう一度言った。
 意味がわからなかった。わだち……というと、車輪やタイヤの通った跡が道に残っている「轍」のことだろうか。でも、それが今、なぜ突然、この場で話題に?
 やがて理解した。彼女こそが借り出し件数校内ランキング1位の張本人だったのだ。
 彼女は図書委員で、さきほど筆者らが話していた時、カウンターのすぐ裏の控え室にいたのである。そして自分のことが話題になっているのを聞いた。
 感心されている。すごいと言われている。名乗り出たい。自分がその人だと知ってほしい。でも……あらら、3人はさっさとテーブルに行ってしまった。そこでしばしのタイムラグの後、
「私です(さっきあなた方が話題にしていたのは)」と名乗ったのだろう。
 筆者らが引いたことは言うまでもない。そんな話題はとうに終わっているのだ。
 だいたいこんな知性皆無のゴブリンが1日1冊以上のペースで読書しているわけがなく、おおかた借りるだけ借りて、読まずに返していたのだろうと思った。
 なお、蛇足であることを承知のうえで追記すると、美幸先生も相当な読書家で、高校生の頃は上記の女子生徒をはるかに上回る冊数の本を借りていたが、もちろん本当にお読みになっていたことは間違いなく、今回の内容と美幸先生(および、やはり読書量が半端ではない長女さん)とは、まったく、全然、本当に何の関係もありません。……と強調しておかないと。




2021.9.30

第四百五十二回 ハードボイルドの時代 

『Gメン』についてもう少し。
 筆者らは中学の修学旅行で東京へ行ったが、バスで高架の高速道路を通っているとき、ガイドさんが右手のビルをさして「ここが、あのGメンの本部です」と紹介し、車内が「おおーっ」となった。こんなわかりやすいところに本部を見せていて悪人に狙われないのだろうか、と筆者などは思ったが、現在ならこのような紹介をしても誰も反応しないだろう。
 ハードボイルドの時代だったのだ。
『キイハンター』は残念なことに本編を見たことはないが、OPを見ては千葉真一のアクションが気になっている。当時はあったのだな、こういう番組が。現在のぬるい世相では放送されないだろう。野際陽子もミニスカで男を投げとばしてはしゃいでいる。若い。
 主題歌は『非情のライセンス』という。「昨日愛した人の墓に花を手向ける明日」で始まる歌詞がいいし、曲もいいが、題名からして大藪春彦の作品を連想させる。
 テレビドラマではなく書籍の話になるが、大藪春彦という作家をご存じだろうか。
 映画化された『野獣死すべし』や『蘇える金狼』、『汚れた英雄』の作者だが、読書が嫌いな現在の若者(とくに男性)は、一読すれば「こんな本があったのか」と衝撃を受けて受けてむさぼり読むのではないかと思う。
『野獣』シリーズの主人公、伊達邦彦は、映画では松田優作(古くは仲代達矢)が演じていたが、もし筆者がキャスティングするなら、秀さんの頃の三田村邦彦である。これについては師範には賛成していただけなかったが(後年の邦彦の身体的なデータが理由)、彫りの深い顔立ちと、渦を巻いた黒髪、翳りのある美貌などが見事に原作のイメージと一致し、しかも名前まで同じなのだ。
 ちなみに、ハイウエイハンター(エアウエイハンター)シリーズの主人公、西城秀夫と、西城秀樹との関係は不明。世に出たのは秀夫のほうが早いので、西城秀樹が一文字もじって芸名にしたのかと思ったが、そうでもないらしい。
 大藪と交友があり、やがて狩猟についての見解から疎遠になった作家に、西村寿行がいる。
 この人の作品はハードロマンと呼ばれ、常識外れなまでにスケールが大きい。『赤い鯱』での、原子力潜水艦を拿捕する方法など、驚嘆した。
『汝!怒りもて報いよ』『去りなんいざ狂人の国を』『往きてまた還らず』など、題名は漢詩翻訳調だが、文体は歯切れがいい。強烈な内容に、小説でここまでやっていいのか、というカルチャーショックを覚えながら、読むのがやめられなかった。とくに『滅びの笛』は必読だ。
 筆者は山田風太郎の大ファンであり、師範のオススメで夢枕獏や菊地秀行も読んだが、あの頃の本は規格外にぶっとんでいて、ページをめくる手が止まらないほど面白かった。本嫌いの子がそういう作品に出会っていれば、読書が真面目な勉強でも苦行でもなく、他に代えがたい娯楽であることに気づくはずだ。
 もし学校課題図書ばかりだったら、いささか苦行の面がないわけでもなく、最初の出会いで読書嫌いになるのも無理はないように思える。




2021.9.23

第四百五十一回 わけのわからない武器 

 久しぶりに無難な必殺ネタを。
 使用される武器についてだが、まず時代劇だから、中村主水をはじめ刀の使い手は珍しくない。鍼医者の仕掛針にしても三味線屋のバチや糸にしても、職業がら使い慣れた道具を用いるのは、ごく自然といえる。しかし、だからこそ足がつく恐れもあり、危険でもある。
 仕事人・参(笑福亭鶴瓶)のポッペンや、政(村上弘明)の花など、なんでまたそんなものを……という奇っ怪な武器もあるが、極めつけは『新仕置人』の虎(藤村富美男)で、なんと「バット」を使う。もちろん江戸時代の日本のこと、正確には野球のバットに模した棍棒だが、これは藤村が元阪神タイガースの選手だったが故のスタッフのお遊びである。
 虎は元締なので、普段はみずから仕置に手を染めることはないが、裏切り者を粛清する際にこの武器を使ったことが二度ばかりある。一度は相手そのものを打ち、もう一度は相手が投げてくる爆裂弾を、そのバットで打ち返して顔に命中させるという、通常の時代劇では考えられないことをしている。  中には現実には存在しないオリジナルの創作武器も登場し、早くも第四作の『仕留人』で貢(石坂浩二)が使っている。
 わけがわからない武器の典型は、『仕舞人』の晋松(髙橋悦史)。縒り合わせた布製の紐を相手の首に投げ、引っかけて締めるのだが、絞殺するのではないらしい。紐の中には薄く伸ばした平たい針金が仕込まれており、それを一気に引きぬくと、相手が息絶えるのである。この仕組みが不可解だったのだが、解説本によると、中の針金で頸動脈を切り裂いているのだという。
 ちなみにこの武器は不評だったのか、続編の『新仕舞人』では、晋松は拍子木を使うようになる。芝居の開幕や閉幕に鳴らす拍子木を投げ、紐を悪人の首に巻きつけて、両端の拍子木をカチーンと鳴らすと、相手はカクンと首を垂れて絶命するというわけだ。
 ここで「お命、ご用~心」などと言うのだが、まったくもって余計なセリフである。仕舞人は旅芸人の一座だから、晋松が持っているのは芝居の拍子木なのに、それを火の用心の道具と重ねているのだ。だいたい「ご用心」もなにも自分が手に掛けているのだし、それを口にしているのは殺した後ではないか。
 ほかにも、唐十郞(沖雅也)や、『うらごろし』の先生(中村敦夫)が使う武器もわけがわからない。修験者でありながら大事なはずの旗印を武器にするとは何ごとだろう。
 後期に入り、この頃になると筆者はもう白けて見なくなっていたが、夜鶴の銀平(出門英)や、かげろうの影太郎(三浦友和)、そして金粉を吹くかとうかずこなど、奇をてらった創作武器が当たり前に使われるようになってくるのは、シリーズ衰退の証であろう。
 だが、もっとひどい武器がある。筆者がこれは必殺史上で最低だと思っている武器は、『からくり人・血風編』の土左ヱ門(山崎努)が使う「拳銃」だ。
 飛び道具を使うにしても『新仕置人』の巳代松が持っている手製の短筒は、射程距離わずか3・6メートルというハンディキャップがあり、中間距離までの接近を余儀なくされるが、時代劇でウインチェスターというのは白けるし、いくら何でも無節操すぎると思うのだ。




2021.9.17

第四百五十回 4つのホント partⅡ 

 このブログが始まったのは、2012年。その第24回に『4つのホント』というクイズをのせている。興味のある方はご覧いただきたい。「野生のサメを素手で捕まえたことがある」など、5つのネタのうち、嘘がひとつだけある。その嘘を見破るという遊びである。
 今回は、その第2弾をやってみようかと思う。いずれも筆者の体験である。次の5つの中に嘘がひとつだけある。あとはすべて事実。その嘘を見抜いていただきたい。

1・酔っ払って、駅のホームから線路に落っこちた。
2・キングギドラ(三つ首の龍)に追いかけられた。
3・路上で土下座した。
4・神社で神主さんたちに拝まれた。
5・ロックバンド「筋肉少女帯」のヴォーカル大槻ケンヂと殴り合った。

 しばし考察の後……。以下、解説編に移る。答は出ただろうか。
 part1との違いは、これまでのこのブログで、ネタに触れていることである。
 答は、1の「酔っ払ってホームから線路に落っこちた」が嘘。
 これは逆で、酔っ払って某私鉄沿線のレールの上を歩いていて、線路からホームに這い上がったのだ。もう時効なのでいいだろう。当ブログの第104回(2014年)に詳述している。
 あとはすべて事実ということになる。2の「キングギドラに追いかけられた」は、第264回(2017年)をご覧いただければわかる。まぎれもない事実である。
 3も、ご記憶の方は見破ったに違いない。土下座した相手は市村先生で、江口師範と美幸先生の眼前だった。第310回(2018年)を参照されたし。
 4と5は初出のネタで、どういうことなのかというと……。
 4は故郷の街で同窓会があった夜のこと、帰れなくなって野宿しなければならなくなり、どうせなら屋根のあるところで……と、友人と二人、神社に入って神棚の間に寝たのである。
 朝、柏手の音で目が覚めた。神社にとっては迷惑至極だっただろう。神棚の板の間に寝転がっていた筆者たちは「神」あつかいされて、二礼二拝一礼された。やがて「最低のやつらや」という声などが聞こえ、剣呑な雰囲気になってきて、そそくさと退散したのだが……。
 もちろん、いけないことをしたと猛省している。タイムマシンがあったら謝りにいきたい。
 5の「大槻ケンヂと殴り合った」はタネを明かせば何のことはない。「筋少」の大槻ケンヂ氏は格闘技マニアで、当時の格闘技雑誌で極真の世界チャンピオンと対談し、「そんなにお好きなら」とチャンピオンに入門を勧められていた。そして実際に入門していたのである。
 分裂した後の代田橋道場だった。白帯の中に「大槻さん」と呼ばれている人がいて、よく見ると大槻ケンヂだったのだ。
 殴り合ったというのは、ようするにスパーリングしたということ。筆者はミュージシャンとしての大槻氏より、作家としての彼の作品が好きだったので、言葉を交わすことができて嬉しかった。指で顔をギザギザに横切る仕草をして「これ、普段はないんですね」と言うと、「一万回ほど言われています」と返されたけど。




2021.9.9

第四百四十九回 伝説のテレビドラマ 

 このブログでは、必殺シリーズをはじめ、DVDマガジンについて何度か触れている。昭和のテレビ番組が廉価で全話コンプリートされているのだからありがたい。
 そして今年、あの伝説の刑事ドラマ『Gメン75』がリリースされたのである。
 これまでにもBOXで購入しようか考えたことはあったが、いずれのコレクションも「傑作編」と銘打ってセレクトされたもので、しかも高価だった。人によってどの話を面白いと感じるかは異なる。筆者は他者が編集したものより、とにかく全話見たかった。といっても355話もあるので、せめて倉田保昭の「香港空手シリーズ」が含まれる最初の5年分ぐらいは欲しいのだが……と思っていたところ、今回、全話収録の創刊となったのだ。1巻に3話ずつで、現在9巻まで出ているが、もちろん買っている。
 子どもの頃、この番組を見始めたきっかけは、神戸のいとこ姉妹が正月にうちに来たとき、「関屋がいい!」などと話していたからで(小学生のくせに渋い好みだ)、その関屋警部補(原田大二郎)の殉職する回が正月に放送されて、いっしょに見た記憶がある。
 ほかに覚えているのは、「魚の目の恐怖」という回で、これはトラウマ級の怖さだった。
 無実なのに冤罪で絞首刑にかけられそうになる話もあり、「なにもしていないのに、自分がこんな目にあったら」と思うと、死刑直前の様子が強烈に怖かった。
 大金を盗んで警官隊に包囲された犯人が発砲する話もあった。パトカーで駆けつけた制服警官が車を降りた瞬間、犯人が二発発砲し、警官が二人ともコロンコロンと人形のように倒れる。そのあまりに無造作な射殺とあっけない死ざまが、子ども心にはショックだった(いまだに覚えているぐらいだから)。だいたい刑事ドラマにおける制服警官の役割は無惨な殺られ役と決まっており、あれを見ていた子どもは警察官になりたくなくなると思うのだが。
 一方で、ラストに犯人が警官隊の一斉射撃で蜂の巣にされる回もあった。『俺たちに明日はない』のような撃ちまくられ方だ。これも子ども心に衝撃だった。
 今回のDVDでは、第一話から冒頭に46年前の東京の夜景が映り、主題歌『面影』が流れる。演出が凝っている。現在でも楽しめるストーリーだが、刑事モノなのでたまに札束が出てきて、一万円札の肖像が聖徳太子なのは時代を感じさせる。
 第三話では、後にアイドルとして大ブレイクする伊藤つかさが子役でゲスト出演しているのだが、当時8歳で、かなり幼い。ちなみに筆者は伊藤つかさよりも年下なので、見ていて「あの頃の自分は、こんな子よりも幼かったのか」と驚きつつ思った。そりゃ残酷シーンにショックを受けるわけである。
 さて、そんなえげつない『Gメン75』を現在になってふたたび見ることができるのは嬉しいかぎりだが、筆者にはもうひとつ、どうしても見たいと思いながら実現していない伝説のテレビドラマがある。  それは『キイハンター』。『Gメン』より前の土曜枠で放送されていたアクションドラマだ。
 見たいのは、もちろん千葉真一が出ているから。日本人の俳優で一番好きだった。だけでなく、極真の大先輩でもある。ブルース・リーも注目していたという千葉真一のアクションを毎週見ることができたのだから、当時の視聴者は幸運だったと思う。




2021.9.3

第四百四十八回 夏休みアニメ映画祭り 

 夏休みになると、よく「夏休み子どもアニメ映画祭り」というイベントがあったが、今でもおこなわれてているのだろうか。
 筆者は今年の夏、なぜかアニメ映画をたくさん見た。いわば「夏休み大人アニメ映画祭り」だが、実際は夏休みでもなければ新作でもなかったりする。
 見たものを羅列すると、『宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち』『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』『銀河鉄道999』『AKIRA』『攻殻機動隊』『若おかみは小学生! 劇場版』『千と千尋の神隠し』『鬼滅の刃 無限列車編』の8本。半分以上は手垢のついたようなラインナップだ。いずれもDVDで視聴した。
 このうち『攻殻機動隊』は売る前にもう一度見直してみようと思って見たのだが、やはりついていけず。初めて『AKIRA』を見たときのような洗練さは感じたものの、正直言って筆者には難しすぎた。 『若おかみは小学生! 劇場版』というのは、去年のコロナ休みのとき(5月)にNHKのEテレで放送していたのを何気なくつけていたのだが、見ているうちにはまり、最後には感動した。泣けるのだ。で、結局はDVDまで買った。この作品はオススメである。
 まず題名だけで勝利だろう。児童文庫の原作がもとになっているので、妖怪などの登場が荒唐無稽だが、一方で旅館の仕事がリアルに描かれている。バランスがいい。
 そしてテーマ。人に対する細やかな心づかいの大切さを、物語を通して伝えている。主人公の女の子は小学生ながら滅私奉公をするのだが、それが旅館の若おかみの仕事を通してだから、ごく自然で無理がなく、説教くさくも押しつけがましくもなく描かれているのだ。
『千と千尋の神隠し』は、なんと今年初めて見た。去年まで興行成績がトップだった超メジャーな映画だから、多くの方々がご覧になっているだろう。筆者はこれまでずっと機会がなく(というか見ようとせず)、劇場公開から21年が過ぎた今年になって、ようやく見たのである。
 それ自体が一都市のような温泉宿や、不気味にして絢爛たる異世界、海面を走る列車など、なんというか、巨匠・宮崎駿監督のアイデアと情熱が詰め込まれた圧倒的な一作で、アニメーション映画の金字塔といえるだろう。『カリオストロの城』もそうだが、ほかの原作をもとにした作品より、監督自らによる原作・脚本のほうがいいのではないかと思った。
 そして、その『千と千尋』の記録を塗り替えた『鬼滅の刃 無限列車編』。去年の公開作だが、あれだけブームになったのだから、今ごろ初めて見るのも時代遅れかもしれない。
 これも面白かった。驚いたのは、作品の背景となる設定が紹介されていないこと。初映画化なのに、鬼がいて、それがどういうもので、鬼殺隊や「柱」がどういうもので、主人公の過去に何があったのか、禰豆子はなぜ鬼で竹筒をくわえているのか、など、いっさい説明がない。それが新鮮であり、スタッフの賢明さを感じた。ほんとに原作の無限列車編だけを切り取って映画化されており、それだけに内容が充実しているのだ。
 原作がいいので、このように丁寧にアニメ化されたものが良くないはずがない。音楽も合わせて完璧なアニメ化とはこのことだろう。『鬼滅』は、このあとは遊郭編につづけて、最後の無惨との決着まで映画化してほしい。




2021.8.27

第四百四十七回 是非もなし 

 世に「引っ越し貧乏」という言葉があるが、まさに筆者などその典型であろう。
 引っ越しそのものに加え、テレビ、洗濯機、iPhone、ベッド、カーテン等々、新居に合わせた身の回りの道具を買いそろえたことで、大金が飛んでいった。
 テレビや洗濯機はもう古く、本当はもっと前に買い換えるべきだったのを先延ばしにしていたので、この際だからと思いきって購入したのだ。カーテンなどは21年も使っており、紺色の地が日に焼けて、一部白っぽく劣化変色していた。
 そういえば今年はオリンピックがあったが、せっかくテレビを買っても(しかも東京で開催されたというのに)、時間的にも精神的にも観戦できる余裕がなかった。
 お金だけでなく、今回の引っ越しは時間も使いすぎた。
 取りかかる前はやる気ゼロで腰が重いのだが、いったん作業を始めると集中し、途中で弁当を食べるのに10分ほど座った以外は、午前8時から午後7時まで11時間も立ちっぱなし。終わればクタクタになっているという日が何日かあった。いずれも休日だが、なんという無意味で味気ない時間の使い方だろう。せっかくの休みなのに、時間がもったいなさすぎる。
 本の多さにも、心の底からうんざりし、引っ越してから古書店に売りまくった。
 その数、段ボールで11箱。さらに、売り物にならないと判断した本は捨て、人にもあげた。本は合計で900冊ほど。DVDは80本ほど処分したことになる。
 それでも、まだ5000冊以上はある。いつの間に増殖したのだ、こんなに。  筆者はこれまで紙本原理主義だったが、今回の引っ越しで延々とつづく果てしない梱包作業に心身ともに疲弊し、これ以上は紙本の数を増やさず、電子書籍で買うことにしようと思うきっかけになった。
 お金も節約しなければ、と思っていたら、先日、パソコンが壊れた。
 ある日突然、カーソルが動かなくなり、そのままいっさいの機能が停止。うんともすんとも言わないのだから手も足も出ない。カスタマイズして注文したやつなのに。内部のパーツが劣化していたような壊れ方だった。いや、買ってまだ2年半だ。ったく、こんなポンコツを市場に出したメーカーも人間も心の底から軽蔑していたので修理には出さない。前から不具合の多いマシンだったし、愛着もないので見捨てた。
 是非もなし。そっこーで決断して、土砂降りの雨の中を買いに行く。
 駅ビルのノジマに行くと、店員がコロナにかかって営業休止との張り紙が。
 電車に乗って移動。もちろんNECのパソコンは二度と買わない。
 帰ってデータを移そうと思ったら、旧パソコンは電源すら入らなかった。大切なデータがすべて消えてしまったぜい。バックアップごと取り出せないのだから、ほんと最低のマシンだ。
 お金以上の損失である。実際、出費も痛いけれど。テレビに洗濯機にiPhoneにベッドに加えて、パソコンまで……。と思っていると、天からの啓示のように大山総裁のお言葉が。
『金を失うことは小さい事である。信用を失うことは大きな事である。勇気を失うことは自分を失う事である』
 けだし名言なり、と筆者も思った次第である。




2021.8.20

第四百四十六回 引っ越しました! 

 長らくご無沙汰しておりました。申し訳ありません……などと謝るのは傲慢かもしれない。
 なぜって、このブログを待っていてくれる方がいると考えていることになり、それ自体が思い上がりにほかならないからだ。でも、予告なしに中断するはめになったことは謹んでお詫び申し上げつつ、もちろん理由も説明しなければならないだろう。
 はい、まずは引っ越したのである。ゴールデンウィーク中に。
 移転先は同じ国分寺市内で、前の住所からほんの500メートルばかり離れたところ。理由は狭すぎて限界を超えたから。
 本当は去年引っ越したかったのだが、コロナ騒動で身動きできない状況だった。
 今年になってもコロナ禍は収束していないけれど、「もう待っていられない!」と背ビレじゃなくてシビレを切らし、「これ以上は荷物が増えないうちに」と考えて決行した次第。
 筆者は引っ越しをよくするほうで、これまでの人生で22回も経験している。父親の仕事の都合で転校もしたし、故郷を離れて関東に出てきてからも、住居が気に入らなければ、早くて半年で転居していた。思えば若く、それだけ身軽だったということだ。
 今回が23回目の引っ越しで、前回は9年前の晩秋になる。引っ越しの間隔が9年もあいたのは初めてのことで、過去のデータを元に自己分析したところ、どうも駅から近いところだと長く住む傾向にあるようだ。
 9年前ということは、このブログを始めている。確認してみると、自身の引っ越しについてはまったく触れず、何ごともなかったかのように国分寺道場20周年のパーティーに出ている。
 それに比べて今回の引っ越しはオオゴトだった。荷物が増えすぎて、今までで一番大変だった。それにお金もかかった。前回は約1・5キロの距離を移動、今回はその3分の1の500メートルばかり先への転居だったのに、料金は3倍以上だったのだ。
 そんな理不尽なことがあるか! と思ったが、なんでも物件の前の道が細くて大型トラックが入れず、中型トラック2台に分けておこなったので、作業員の人数が倍になったことが理由だった。
 9年のあいだに荷物が大量に増えていたこともある。そのほとんどが書籍だが、こうなると辟易して、いよいよこれまで敬遠していた電子書籍への移行を考えたくなった。
 さて、市内の引っ越しでも、建物が違うと新たにネットの開通工事をする必要があるらしく、それがコロナの影響で時間がかかり、当ブログを更新できなかったというわけである。
 具体的にいえば、ざっと45日間。そのあいだ、ネット回線とそれを利用するすべての機器が使用不可能に陥り、たとえば固定電話やプリンターなども機能せず、ITというのは不便なものだと痛感した次第である。
 これだけの日数のあいだ更新しなかったのは、当ブログが始まって以来、初めてのことだった。こうなると回線が開通してからも、再開するタイミングがつかめず、きっかけがないままコンニチまで至ったのである。
 なんでもコロナのせいにすれば言い訳になりそうな昨今の情勢だが、公共機関の予約などは、十分に余裕を見ておいたほうがいいのは事実のようだ。




2021.5.6

第四百四十五回 L美の場合 

 前回のU子の話で思い出したことを。
 妹の結婚式が近づいた時、前もって釘を刺されていたことがあった。
「友達にLちゃんという子がいるんだけど」と妹は言う。とても派手で目立つ娘なのだが、そのLちゃんと会っても絶対に褒め言葉を口にしないでくれ、というのだ。
 奇妙な忠告である。なんのこっちゃ、と最初は思ったが、話を聞いているうちに概要は理解できた。
 Lちゃんは自分の容姿に自信を持っており、なおかつ自慢屋なのだという。外見を褒められたことを、仲間内で得意気に話してばかりいるそうなのだ。
 だが、それを嬉しそうに自慢したらバカみたいに見えることはLちゃんもわかっている。
 でも話したい。自分に向けられた賛辞を、自分の中だけで留めておきたくない。仲間たちにも知って欲しい。
 そこで、「○○さんたらね、あたしにこんなことを言ったのよ」と、「おかしいでしょ」もしくは「困ってるのよ」みたいな辟易の口調で皆に話すのだという。
 妹はこれまでに、それをさんざん聞かされてきた。それで今回、自分の兄が社交辞令としてしゃあしゃあと調子のいい言葉を口にし、Lちゃんの自慢のネタとして吹聴されてしまうのを恐れたのである。
 果たして結婚式当日、Lちゃんはきらびやかな青いラメのチャイナドレスを着てきた。当たり前のように花嫁よりも目立とうとするのがすごい。  筆者は手招きをされてLちゃんのテーブルに行って話したが、正直に言って「手招き」で人を呼ぶというのはどうだろう、と思った。親しくない者同士の場合、失礼ではないか。
 でも、妹の結婚式に来てくれているのだから、むげにはできない。テーブルまで行って話した。名刺交換をして、Lちゃんは後で手紙をくれたが、その返事をどう書くかで筆者は迷った。
 うかつなことを書いてしまえば、それが自慢のネタになり、「物的証拠」として妹の友達に見せられるかもしれない。そう考えると社交辞令も控えなければならず、用心した挙げ句、結局は返事を書かなかった。
 前回のU子もそうだが、「人を自慢の材料にするな」と思う。
 Lちゃんは、友達を容姿で選ぶそうだ。軽んじている娘とはつき合わない。また、自分より美しい娘とは決して連れないらしい。その「中ぐらい」の引き立て役という条件を満たしているのが、妹とその仲間たちだったというなら、なんだか身も蓋もない話である。
 その後、「Lちゃん、もしかしたら浮気しているかも」という話を妹から聞いた。
 Lちゃんは既婚であり、夫に対して、妹は行動のつじつまを合わせるように頼まれていたのだが、言ってることが不審で、どうも秘密の浮気のアリバイ作りに協力をさせられている可能性があるというのだ。
 人には情熱の向けどころがある。常に注目を浴びなければ気が済まないなら、Lちゃんは芸能界に進むべきだった。そうでないと、周りが大変なのだ。




2021.4.29

第四百四十四回 U子の場合 

「今、手首を切ったの」  と言って、夜中の1時頃に電話をかけてくる女友達がいた。
 かりに名前を「U子」としておく。今回の内容はグレーゾーンかもしれない。断っておくが、ずっと前の話である。最後にU子と会ってからもう15年ぐらいになるはずだ。
 さて、どうしたものだろうか、このような電話を受けた場合。
 冷たいようだが、筆者は放っておいた。というのもU子は自傷行為の常習者で、深夜の電話も一回や二回ではなかったからだ。
 リストカットをする女性なら、筆者は学生時代にも知っていた。手首を切るといっても、死なないように重要な血管の位置を外して切っているのだから、とんでもなくはた迷惑な「かまってちゃん」なのである。
 U子も、電話を受けた筆者が深夜にタクシーを飛ばして駆けつけることを期待していたようだが、それは絶対に嫌だった。もし一回でも応じれば、くり返されることは目に見えているし、第一バカバカしい。
 後日、筆者はU子のマンションで、深夜の2時頃に、どす黒い一色の絵の具で描かれた不気味な絵を見せられたことがある。殴り描きのような線が乱雑に交差し合っている抽象画で、一見してゾッとするような、異様な気配に満ちていた。
   その絵は、なんとU子が手首を切って流した血液で描いたものだった!
 まず「そんなこと自体するなよ」と言いたい。しかもスケッチブックの片隅には、血染めの胎児が転がっていた。
 U子には堕胎の経験が三度もあったのだ。そんな気色の悪いものを、草木も眠る丑三つ時に見せられた日にゃあ……。ホラーだ、ホラーのシチュエーションだ。
 U子は文芸が趣味で、せっせと純文学風の小説を書いていた。それをまとめた冊子を作るというので「編集作業を手伝ってほしい」と頼まれたことがある。
 それはちょうど筆者の妹が結婚する日だったので、断るしかなかった。
「そうか、来てくれないか」とU子は何度も言っていたが、その日が妹の結婚式に当たっていることは彼女も知っているはずだった。話していて、どうも噛み合わない。知っていてわざと同じに日にしたようなのである。
 やがて、その理由がわかった。共通の仲間に吹聴するため……「氏村はね、妹の結婚式があったのに、あたしの頼みを聞いて作業を手伝ってくれたのよ」と、ただその自慢の一言を口にするためだけに、日取りを合わせたのだ。
 心の病というと、こちらも慎重な対応を要するが、彼女のやっていることは「悲劇じゃなくて喜劇」であり、筆者もある日とうとう「茶番につき合わせるな」と言ったことがある。悲劇のヒロイン願望は10代でないと似合わない、とも言っただろうか。
 この頃、心の病を持つという人が、筆者の周囲に複数いた。世の中には本当に苦しんでいる人も大勢いらっしゃるが、筆者の周辺にいた数人は、なかばパフォーマンスだった。  ちなみにU子が今どうしているかは、もちろん知らない。




2021.4.22

第四百四十三回 可哀想だけど、少し可笑しい 

 何年か前のある日、ある駅のプラットホームで見た光景。
 前日まで上りだったエスカレーターが、その日を境に下りに変わった。そのことは告示されていたが、習慣とはえらいもので、足を踏み入れようとする人が何人かいた。
 そして実際に乗ってしまったオヤジがいたのだ。不思議なことにエスカレーターの中程まで上がり、その位置で足踏みをつづけて、先へは進んでいない。
 いつもとちがってエスカレーターが下りになったので、階段は混み合っており、その遅々とした進みを待っている人の中からクスクスと笑いが起こった。
 エスカレーターに一人だけいるオヤジが、まだ気づかずに延々と足踏みをつづけていたのである。笑いまじりに「誰か教えてやれよ」という声が聞こえた。
 あれはどういうことだったのだろう、勢いでエスカレーターの中程まで上がったものの、それから歩調をゆるめたのか、同じところで反復運動くり返しているというのは。
(あれ、おかしいな、歩いているのに先に進まないぞ)
 ぐらいは感じたかもしれないが、一種の思考停止状態だったのだろう。
 まったく話は変わるが、筆者のサラリーマン時代の同期だったO君は、ゆきずりの女子大生に殴られるという稀有の経験をしている。
 学生時代の夕方、銭湯から出たO君は、店先の長椅子に腰かけて牛乳を飲んでいた。そこへやはり銭湯から出てきた近くの体育大学の女子大生たちが通りかかった。
 で、O君が思わず「ごっついなあ」と正直な感想をつぶやいてしまったところ、彼女たちの一人に「悪かったわね」と言って平手打ちをされたという。
 筆者はこの話を聞いた時、笑ってしまった。O君には可哀想だが、一抹の可笑しさがあるのは「悪かったわね」のひと言だ。なんというか、ごついことを「認めている」ではないか。
 それと、これは筆者が中学生の時だが、学校の帰りに道路沿いの歩道でカナヘビを見つけたことがある。友達と一緒だった。カナヘビは歩道から道路に出て、チョロ、チョロ、と断続的に道を横切ろうとしていた。
 遠くまで見通せる道路で、その時、遠くからポルシェが走ってくるのが見えた。
 カナヘビは、チョロ、チョロ、と道路の中央へと向かって進んでいく。ポルシェは思いのほか速い速度でぐんぐん近づいてくる。
 あ、このままいくと轢かれるかもしれない、と思って見ていたら、両者のタイミングがぴったりと一致して、ものの見事に轢かれてしまった。
 ヒュン、とポルシェが風のように通過した後、筆者と友達はカナヘビの死骸に駆け寄った。
 カナヘビは平面化していた。ぺったんこ。しかも、二つ折りだった。奇妙なことに体の中程で折れ曲がっていたのである。
 これはどういうことだろう、と分析してみたのだが、おそらくカナヘビはタイヤと接触する瞬間、「のけぞった」のではないだろうか。でないと、このようにはならない。
 迫ってくる巨大なタイヤからのがれようと、一瞬、反射的に身を反らせたところを、ポルシェが通過していった結果なのだろう。もちろん可哀想である。でも、ちょっと可笑しい。




2021.4.15

第四百四十二回 校内暴力の時代だった 

 暴力の時代などというと『北斗の拳』みたいだが、かつて中学生や高校生の校内暴力が全国的な社会問題になっていた時代がある。
 筆者が入学した中学校はとくに最低だった。どのぐらい最低かというと、中体連(中学体育連合)とかで、西宮の公立中学校が甲子園球場に集まって組体操をするのだが、それに参加できなかったほどだ。毎年かならず他校の生徒にケンカを吹っかけて問題を起こすため、他の学校が一丸となって「おたくの学校が出るなら、私たちは参加しません」とボイコットを表明したのである。恥もいいところだろう。
「授業中、不良が黒板にナイフを投げた」
「スケ番グループが校舎裏で、一人の女子生徒のスカートをかみそりで切った」
 といった不穏なニュースも茶飯事だった。
 前にも書いたかもしれないが、授業中にひとりのヤンキーがいきなりキレてしまい、雄叫びをあげながら椅子を振りかざして、教室の窓ガラスを全部叩き割ったこともあった。
 教師はそのとき硬直したまま、「お、おい……やめろよ」とつぶやくだけだった。  一年生の時で、みんな唖然としていた。筆者は窓ガラスを割ったヤンキーよりも、むしろ不甲斐ない教師に対して納得できないものを感じた。
 騒がしい教室内で、「皆さん、どうか静かにしてください。松田聖子のマネをするから静かにしてください」と頼む教師もいた。
 筆者は不良ではなかったが、二年生になったときには、授業中に平気で教室を出て行くようになっていた。
喉が渇いたからで、単に水道のある場所まで水を飲みに行くためである。
 教師に断りを入れるわけでもなく、見つからないようにこっそりと身をかがめて教室のうしろから出ていくわけでもなく、我が家の台所を横切るように、ごく普通に席を立っていた。
 そしたら、水飲み場へ行くまでに、上級生のヤンキーが教師二人を相手に暴れているのを見かけた。そんなことが日常だったのだ。荒廃した教育現場の中でひとつ確信したのは、
「生徒は、弱い先生にはついていかない」
 という不動の事実である。そしてそのことで不幸になるのは、生徒本人なのだ。毅然として、いけないことはいけないと言い、ゆるがずに導くのは大人の役目なのである。
 2年生の一学期、まだ大学を出たばかりの新任の先生が、荒れているクラスの現状を嘆き、「僕のどこがいけないのか教えてください」と言ってアンケートを採ったことがある。
 筆者はその用紙に「このように生徒にきくところがいけない」と書いた。先生なら力強く引っ張っていけ、と思った。
 同じく2年生の一学期に、担任の教師が「好きな言葉は何か」というアンケートをとった。
 筆者は「普通」と書いて提出した。ふざけたのではなく、本気でそう思っていた。
 日々の生活環境が荒廃していること、暴力が日常的に存在することは、多感な年齢の子どもに影響を与えないわけがない。筆者はもっとアカデミックな環境で過ごしたかった。
 異常な環境に身を置いていると、「普通が一番」と思ったのだ。




2021.4.8

第四百四十一回 スケ番登場 

「スケ番」という言葉は死語だろうか。まず「番長」自体がいるかどうかわからないが、筆者らの中学生時代には「ツッパリ」という言葉があり、番長もスケ番もバリバリに健在だった。
 中学校の3年間というのは、体も心も一番成長し、それだけに顕著な差が認められる期間である。小学校からあがったばかりの新1年生にとって、髪を染めてパーマをあて、長いスカートをひきずって校内を闊歩しているスケ番たちは、上級生というより大人の女性に見えた。
 ある日、スケ番グループが中庭に集まり、給食に出た牛乳を校舎の壁にぶつけて割っているのを見た。余りにしては数が多すぎるので、給食室からケースごと新しい牛乳を奪ってきたのかもしれない。とにかく、その牛乳瓶を校舎の壁に叩きつけては爆笑しているのだ。
 コンクリートの校舎は、牛乳を浴びると、一瞬だけパッと白く染まる。そしてたちまち成分を吸収するかのようにスーッと白さが消えていき、もとの殺風景な灰色の壁に戻る。
 スケ番たちはそれが面白いのか、あるいは破壊行為そのものを楽しんでいるのか、牛乳瓶を壁に投げつけ、次々に割ってはゲラゲラ笑っているのである。
 春4月に目撃したその光景は、入学したばかりの筆者にとって大きな衝撃だった。よくもまあ、最低の環境にいたものだと思う。
 彼女たちは怖い存在だったが、一方で、なんとなく軽んじてしまう相手でもあった。だいたい(学園ドラマでも)スケ番というのは、美少女でなければサマにならないのである。
 中学校生活にも慣れだした5月頃だったか、筆者と友達は彼女たちをからかった。スケ番グループが歩いている前に二人で飛び出し、
「うわあ、スケ番やあ!」
 と、指さして逃げたのである。
「おまえら、ちょう来い」
 と、うしろからスケ番の声が聞こえた。じつに悠長な言い方で、まったく本気で相手にされていないことがわかった。
 だが、その翌日、美術の授業中のことだった。スケ番グループが教室に入ってきたのだ。
 何ごとかと思って、みんな固唾を?んでいた。いきなり勝手に入ってきたのである。美術の先生は、そのスケ番グループの担任だったが、1年生の授業中に用などないはずだ。
(しまった……復讐にきた!)
 昨日のイタズラの報復にきたとしか思えなかった。後先のことを考えずに面白がってあんなことをしてしまったが、顔を覚えられていたのだ。外に連れ出されるかもしれない。
 筆者はずっと顔を下に向けていたが、スケ番グループはみんなが絵を描いている机を「ふむふむ」という感じで見て回り、一巡して美術教室から出て行った。授業をエスケープして、こうやって各教室を巡回しているらしい。
 1年生だったみんなは「今のは何だったんだ」と呆気にとられたように沈黙していた。
 スケ番たちが入ってきてから終始無言だった美術教師が、「ほんとは、いい子たちなんやで」と、ぽつんと言った。
 どこらへんが「いい子」なのかわからなかった。




2021.4.1

第四百四十回 吾々は礼節を重んじ…… 

 時々、スーパーやデパートの出入り口などで、先に通った人がドアを押さえてくれることがある。見知らぬ人である。あとにつづく者のために、ドアが閉まらないよう手を添えてくれるのだ。そんな経験はないだろうか。
 もちろん「すみません、ありがとうございます」とお礼を言うのは当然のこと。このような見知らぬ人の親切は、他の国でもよくあることなのだろうか。
 大人だけではない。エレベーターでドアを押さえてくれる女子高生もいた。育ちのいい子なのだろう。当然、お礼を言って降りた。
 その一方、スーパーで買い物していた時のことである。ビールを買おうとしたが、売り場の前に高校生の野球部員たちがたむろしており、通りづらくて、買うのに邪魔だった。
「ごめんよ、ちょっと通してね。はい、ごめんよ」
 と言って通ったのだが、彼らは立ち話に夢中で、動こうともしない。まわりが見えていないのだ。しょうがないなあ、と筆者は思った。
 だが、ほぼ一週間後に、まったく同じシチュエーションに出会ったのだ。
 同じスーパーのビール売り場の前。先週見かけたのと同じ連中だった。どうやら彼らは部活帰りに、その場所でたむろするのが習慣になっていたらしい。
 先に言っておくが、筆者は怒ったわけではない。ただ、ちょっとしたイタズラを思いついた。で、わざとこんな演技をした。
「おう、ビール取りてえんだよ。どきな」
 と声を変えて凄み、強引に割り込んだのである。紳士的とは言えない振る舞いであり、日ごろの筆者の温厚なイメージとは異なるかもしれないが、あくまでも演技である。
 さて、彼らがどうしたかというと……。
「すみませんでした!」「すみませんでした!」「すみませんでした!」
 全員が道をあけて、頭を下げたのだ。
 彼らは筆者を覚えていないようだった。くり返すが、怒ったのではない。大人のイタズラ心であり、ちょっとした実験でもあった。
 それにしても、普通は逆だろう。丁寧に言っている時には丁寧に応じるべきであり、悪い相手にはそれなりの対し方というものがあるはずではないか。
 彼らは、まあ言ってみればサーカスの動物のようなもので、鞭が怖いだけなのだ。相手の言動から乱暴そうな大人だと思って、怒らせないよう保身に努めたにすぎない。
 先日、電車の中で、降りる時にスマホを落とした女性がいた。ほかの乗客がそれを拾って渡したのに、彼女は礼の言葉を口にせず、当たり前のように受け取っていた。
 拾ってあげた人は純粋な親切心からだろう。べつにお礼の言葉や見返りを求めているわけではないと思うが、それに対してひと言もないとは何様のつもりだろう。
 ふと見ると、その女性は切符も落としていた。筆者がそれに気づいた時、女性はさっさとホームに降りて、ドアが閉まった。改札口の手前で彼女は困ったことだろう。
 もし知らせる間があったら、筆者は知らせただろうか。自分でもわからない。




2021.3.25

第四百三十九回 さよなら物流センター 

 物流センターでの残業は、内勤のそれよりもこたえた。物品を集めたり、移転後は整理したりするような軽作業を、毎日毎日、朝から晩まで12時間以上も延々とつづけていると、さすがに飽きてくるのである。
 正論は筆者の方にあったが、会社としては面倒な社員にいてもらっては困る。ありていにいえばリストラだが、この場合、みずから呼び寄せたに等しい結果ともいえる。
 いや、レポート自体は重役の要請で書いたのだ。社内報の記事で筆が立つと思われていたので、「向こうでの経験を面白く書いてくれよ」と頼まれた。で、言われたとおりに書いた。
 レポートを提出した翌日の朝、顔を合わせると、重役は筆者にぺこりと会釈した。丁重に扱ってくれたのではない。それまでは仲間だと思っていたのが、おそらくは得体の知れない存在に思えて、急によそよそしくなったのだろう。この重役はけっして嫌な人ではなかったが。
 やがて専務にも呼び出され、「会社に対して、どういうつもりでこんなことを書いたのだ」ときかれた。どういうつもりも何も、事実をありのままに書いただけなので答えようがなかった。
 そして翌年の人事異動で葛西の物流センターへ異動になり、それに伴い引っ越しもしなければならなくなった。一人暮らしの小さな部屋だったが、帰宅すれば部屋の中だけは会社に干渉されない自分のスペースだと思っていた。しかし、引っ越しで荷物が運び出されるのを見て、サラリーマンは生活全般に会社の力が及んでいるという当たり前のことを実感した。
 いちおう新卒採用で就職し、本社勤務だったのだが、異動してみると自分のデスクがなくて名刺もない。それに倉庫内作業をしている中で二十代の社員は筆者だけだった。
 ちなみに、関西の物流センターの人たちは、それまでどおりの生活を続けていた。あれほど不平不満を口にしていたのに、そのことで何もアクションを起こさず、現状を変えようと思い立つこともなく、元の生活に戻っていた。それが普通であり、会社の構造を掴めていないほど青かったのは筆者だけだったのだ。授業料と呼ぶには大きな代償だった。
 それからほかの事情も生じて、翌年の1月に筆者は会社を辞めることになった。
 辞める直前の早朝、外で軍手をはめて作業し終えた筆者は、火を焚いたドラム缶(屋外労働者にとって冬の朝の風物詩である)で暖を取りながら、運送会社の人と話していた。
 出入りしていた運送会社のオヤッサンは、やや離れたところにいる同じ会社の若い女性を指さし、「おい、あの娘どう思う?」と筆者にきいてきた。その運送会社の鮮やかなビニールジャンパーを着てブルージーンズ姿の彼女は色白で黒髪が長く、なかなかの美形だった。が、筆者は照れもあって「ジーパンがピチピチですね」と答えた。
 その瞬間、オヤッサンは間髪をおかず「おーい、ジーパンがピチピチだってよお!」とその娘に向かって叫んだのだ。彼女はこっちを振り向いた。今から思えば、筆者は唯一の二十代だったので、オヤッサンに可愛がられていたのだろうが、このときは本気で腹が立った。
 物流センターの控え室の窓からは、大きな高架式の道路が見えた。最後に勤務した日、就業時間を終えてから、夕闇に包まれた空と、道路沿いに等間隔に立つオレンジ色の照明と、連なる車のライトを眺め、この景色を見ることはもうないのだなと思い、その通りになった。
 千葉からまた引っ越して、国分寺道場に戻ったのは、その後のことだった。




2021.3.8

第四百三十八回 秋になっても物流センター 

 ちなみに筆者はフォークリフトの免許を持っていなかった。もう時効だし、会社の命令でやっていたのだから明かしていいだろうが、職場の人に教えてもらって無免許で操縦していた。
 一度、転倒しそうになったことがある。旧センターの入口が傾斜になっていて、そこを急旋回した弾みで片側が浮きあがったのだ。ヒヤッとした。もしひっくり返っていたら大問題になっていただろう。
 物流センターも体を使った労働作業なので、2時間おきに休憩があった。そんなとき、ヤクルトの訪問販売にくるおばちゃんがいて、みんなでそれを買って飲みながら、しばらくそのおばちゃんと雑談をするというのが日課になっていた。
 不思議なもので、筆者などは甘ったるいヤクルトの味が好きではないし、そのおばちゃんも特別に美人ではなく、相当にケバケバしい厚化粧の人だったが、ほかに娯楽のない作業の合間だったせいか、毎日かならずヤクルトを買って雑談に混じっていたのだ。
 休憩時間、パレットに腰を下ろして風に涼んでいると、倉庫の床を砂粒のような黒っぽい微粒子がザーッと風に巻かれていくのが見えた。最初は何だろうと思ったが、驚いたことにそれは酷使されるフォークリフトのタイヤが摩耗して削られたゴムの滓だった。
 風呂で体を洗うと、洗面器のお湯が黒くなった。ぱっと見には気づかないが体にも付着していたらしい。マスクなどしていなかったし、吸い込んでいたら健康にいいわけがない。
 健康といえば、8月から慣れない作業を始めたので、暑い中で食欲不振になった。お盆で実家に帰省した時、法事の会食の席でとても疲労していたことを覚えている。その疲労が回復した頃、今度は新しい物流センターに職場を変え、搬入と整理に明けくれることになった。
 そして9月、信じがたい無計画な移転の結果、新センターは極端な人手不足に陥ったのである。本社からも内勤の人が回され、関東の物流センターから救援メンバーが増員、さらにアルバイトを大量雇用したが、それでも追いつかなくなった。  定時では5時の退社だが、毎日9時すぎまで残業だった。残業代は出ない。ただ働きで、しかも晩めしぬき。現在なら(いや当時でも)ありえないだろう。晩めしは仕事が終わってから各自で食ってくれということだが、食事をさせないまま9時まで拘束するというのは、あきらかに現代の感覚ではない。
 当然、みんなから不満が噴出し、夜の食事代としてひとり120円が支給されることになった。が、120円って……ジュース代だろう。
 筆者はこのころ、カーテンのない社宅を出て、西宮の実家から通勤していた。晩めしは帰宅して10時頃に食べた。筆者の人生で実家から仕事に通ったのは、この期間だけである。
 10月、本社に戻ってから、重役に「向こうでの経験をレポートにしてくれ」と言われたので、筆者はそれを実行した。どんな状況だったかを赤裸々に書いて提出した。もう洗いざらい書いた。違法であることまで書いた。勢いあまって文字数14400字、原稿用紙にして36枚、このブログの9回分におよぶ分量なので、報告レポートとしては膨大である。
 すると、専務に呼び出され、次の人事異動で本社勤務から外れ、近郊の物流センターに異動になった。早い話が、飛ばされたのである。




2021.3.11

第四百三十七回 物流センターの長い夏 

 脱サラの話を少し前に書いたが、筆者の場合、最後にいた部署は物流センターだった。
 物流センターというのは、メーカーが製造した商品を保管し、出荷するところである。がっちりとしたコンクリート製の巨大な建物で、在庫に余裕を持たせるために内部は広大、フォークリフトが動き回れるように天井も高い。そのため都市部ではなく近隣の県にあることが多い。
 ある年、関西の物流センターを移転し、大規模に改造するというので、その助っ人として筆者は地方へ出向することになった。本社勤務だったのだが、現場での仕事を覚える機会でもあるという。移動したのは7月31日で、それから約2カ月、夏のあいだを向こうで過ごした。
 社命で滞在するのだから、住居は会社が用意してくれた。これがしかしボロボロのマンションで、築年数は見当もつかない。贅沢は望まないが、カーテンがないのには困った。部屋の中が外から丸見えなのである。
 それに部屋自体、長いあいだ使われていなかったらしく、水道の蛇口をひねると、コーラのような茶色の水が出た。なんてことか、水道管の中が錆びついていたのだ。
 ひどい住居もあったものである。ムカッときた。というのは嘘で、若い頃というのは、あまり気にしない。こんなもんだろうと思って受け入れていた。
 筆者も現在より衛生面で鈍感だったことは確かだ。数分間水を出しっぱなしにしておくという知恵もなく、錆の臭いのする水をかまわず飲み、味噌汁まで作った。どうかしている。
 救いようのないボロマンションだが、職場から近いことだけは良かった。勤務地まで徒歩10分ほどなのだ。歩いて通えるなんて東京の住宅事情では考えられない。
 電気代やガス代などの光熱費と電話代は、もちろん会社持ちだったので、エアコンのタイマーを帰宅する一時間前にセットした。真夏の暑い中、倉庫の中で作業して、帰ったら部屋の中は冷えているようにしておいた。それに夜は、関西と東京との遠距離で、何度も長電話をした。錆の混じった水を飲まされているのだから、これぐらい遠慮はいらない。
 仕事は意外と面白かった。発注のあった商品を集めて、日に2回、出入りの運送会社の便にのせる。やり出すと、これが意外と飽きなかった。それにフォークリフトを操縦できた。
 人力ではとうてい持ちあげられないほど商品を山積みしたパレットでも、フォークリフトなら運べる。パレットの底に、長く伸びた二本の鉄の爪を差しこむのだが、その位置を正確に測ることに情熱を燃やした。筆者も二十代だった。
 が、二十代の若者が、知り合いのいない環境で過ごすのだから、暇を持てあましてしまう。単身赴任とはこういうものだろうかと思った。いったん東京に戻ったこともあったが、ほとんどの土日は大阪や神戸の街に出て、映画を観まくった。よってこの年の夏に上映していた映画は、かなり観ている。
 映画だけでなく、テレビ番組もよく観た。在宅時に放送されているものは片っ端から観た。『セーラームーンなんとか』まで観た。そんな中『必殺仕業人』が放送されていたのは感涙ものだった。職場の人とも仲良くなり、仕事が終わってから飲みに行くようになった。
 日の明るいうちに定時で帰れるのだから、本社勤務から考えると夢のようだ。しかし早く帰れば、それだけ夜の時間が長いということでもあった。




2021.3.4

第四百三十六回 冬のアイス 

『鬼滅の刃』を11巻まで、つまり遊郭編まで読んだ。
 前に4巻まで買っていたのだが、去年の劇場版の盛り上がりで品切れ状態になり、手に入らなくなってしまった。で、2月にふと書店で見かけて、5巻以降を購入。時間があいたときを狙って読んでいるのだが、これが面白い。
 ストーリーが緻密である。連載漫画には唐突な展開も珍しくないが、16ページの漫画を週刊連載すること自体、神業のようなもなので、少しばかり強引になるのも無理はないだろう。が、『鬼滅』は描き下ろしではないかと思うほど先の先まで練り込まれている。作者には武道の経験(剣道か伝統の空手か)があるのではないかとも思う。
 長々と続かず、23巻できっちり完結しているのもありがたい。最終巻の表紙では禰豆子の口から青竹が外れているので、ハッピーエンドが予想されるが、その前に炭治郎は柱になるのだろうか。無惨のような強敵に、どうやって勝つのだろうか。
 ……そんな話の前に、前回このブログを更新しなかったことについて。
 いや、いちおうは書いたのである。筆者の特殊な経験を。
 だが、直前になって提出を控えた。やはり客観視して危ない内容ではないかと迷った結果で、つまるところ安全策を採ったにすぎない。ようするに自分のわがままである。
 では、無難な話題はなにかというと、まず食べもののことだろう(それと必殺)。
 今日、久々にロッテの「雪見だいふく」を口にして思ったのだ。これはいったい、どなた様のアイデアだろうか、と。
 西洋の発明であるバニラアイスを、日本の大福の皮で包むことを思いついた人は、ただ者ではないな。こんなにすばらしく美味しいものになるとは。
 同じことは「アイスもなか」にもいえるし、もっというなら「あんパン」もそうだが、とにかく食品における和洋折衷の大成功例といえる。
 雪見だいふくは、名称もいい。また筆者が初めて冬にアイスを買った商品でもある。伊藤つかさがCMに出ていて、筆者が住んでいた田舎町の小さなスーパーの入口にも、つかさちゃんのポスターが貼られていた(シャンプーのポスターだったかもしれない)。
 とにかく筆者は、そのスーパーへ買いにいった。
 冬にアイスを買うことなど、現在なら珍しくもない。とくにハーゲンダッツなどの高級品は冬こそ似合うように思える。しかし、当時はそうではなかった気がする。筆者は初めてだったし、アイスの入れ物の内部にはボワボワした白い綿のような氷(昔の冷凍庫に発生したやつ)がこびりついていたところをみても、あまり買われていたとは思えない。
 レジに持っていくと、
「はァ、あんた、冬なのにアイス買うの」
 とレジ係のおばちゃんが、袋に入れながら意外そうに言った。まったくもって余計なお世話だが、田舎のおばちゃんは、こういうことを言うのである。
「冬なのにアイス売ってるの」
 と、中学生だった筆者は答えた。これはこれで生意気なオスガキだと思われたことだろう。
 



2021.2.18

第四百三十五回 すっかり忘れてたお話 

 大人には仕事がある。仕事として報酬を得るからには責任が伴う。好きでやっている仕事でも、この点が趣味とは一線を画すところである。自分だけの気まぐれでは済まない。責任を背負って、ついあくせくとした日々を送ってしまう。
 渡辺典子が歌う角川映画版『少年ケニヤ』の主題歌で「大人たち、思い出してね、すっかり忘れてたお話」という歌詞があるが、たしかに子どものころに熱愛していたこの作品のことを、筆者もすっかり忘れていた。
 もっとも、仕事中心の日々で、好きなフィクションのことを常に考えているわけにもいかない(といいつつ、必殺のことはけっこう考えている)。
 ちなみに映画版『少年ケニヤ』は、去年お亡くなりになった大林宣彦が監督である。
 ワタルは最初、ひ弱な少年で、病気で倒れているゼガに薬草を採ってくることを頼まれる。その草は、滝が落ちる崖っぷちの危険なところにあり、勇気を出してそれを採って帰ってきたことで、ゼガに性根を見込まれる。そのあたりの場面も描かれていたし、原作の絵を大事にしてくれているところも嬉しかった。
 主題歌は宇崎竜童の作曲でノリがいい。演出に不満がまったくないわけではないが、そのそもあの壮大な冒険物語を2時間枠に凝縮することは不可能だし、原作者の山川惣治先生が特別出演していることも考えると、ソフトを買ってもいいかと思えるほどだ。
 大河作品にふさわしく、映画も原作も、みんな幸せになって終わる。長い旅のあいだにとっくに戦争が終わっていることを知り、ワタルは晴れて家族と再会する。幼いころ誘拐されてきたケートも、探していたイギリス人の両親と無事に出会い、祖国に帰っていく。ゼガはマサイ族を若酋長の息子にまかせて悠々自適の生活に入る。申し分のないハッピーエンドである。
 だが……筆者は、その後のワタルのことが気になった。
 果たして彼は幸せになったのだろうか?
 日本に帰ったワタルは、ごく普通に中学生としての生活を送ることになるだろう。体育の時間はもちろんスーパースターだ。まじめでやさしく、友達も多くて女子にもモテるだろう。
 充実した学校生活を送り、委員長などもこなして、やがてはどこかの会社に就職し、父親と同じように商社マンになるのかもしれない。いずれにしても立派な社会人になるだろうが、原作の熱心だった読者としては、そんな生活が彼には似合わないと思えて仕方がなかった。
 せわしない日常の中で、ワタルはアフリカで過ごした日々を思い出すことはないだろうか?
 地下鉄の満員電車にゆられている途中、ふと、マサイ族の酋長を師とし、豹の毛皮をまとった金髪碧眼の美少女をつれて旅をし、大蛇や巨象を友として広大なサバンナを駆け巡っていた日々が、胸中に去来することはないだろうか。
 普通の小学生だった筆者が、学校生活を送りながら、ときを忘れて読んだお話をすっかり忘れていたように、ワタルもそうなってしまわないだろうか。
 だとしたら、あのめくるめく冒険は何だったのだろう。
 しかしケニヤに「還った」ところで、ふたたびワタルの活躍する場があるとはかぎらない。だからこそ「少年」ケニヤであり、かの大地は遠い想い出。……きっとそれでいいのだ。




2021.2.12

第四百三十四回 ダーナとナンター 

 引きつづき『少年ケニヤ』の話を。
 この作品、もとは新聞連載だったというから驚きで、ブームの最盛期は筆者たちの世代よりもかなり前だったらしい。故郷の書店では全10巻の大判サイズの本が売られつづけていたのだが、転校先ではとんと見かけなかった。
 子ども時代のある日、筆者は自転車で書店に出かけて、この作品の6巻を買い、帰る途中に通りかかった公園でみんなが遊んでいるのを見かけて、飛び入りで参加した。
 そのとき、友達の一人が、筆者の自転車のカゴに入っている『少年ケニヤ』を見て、「これ、ぼくも読んだ」と言った。読んでいたのは彼だけで、あとの子は知らなかった。よって話題にできる相手はほとんどなく、筆者は自分ひとりの楽しみとして熱中していたのである。
 同好の仲間がいるのも楽しいが、真に夢中になっていると、ひとりでも十分だった。この「ひとりでも十分」という楽しさは、また格別のものである。
 なにが面白いかって、もう全編、めくるめく冒険。作画とあるように文字だけではなく、すべての回が絵とセットになっており、その絵がまた精緻で惹きつけられた。
 次々に襲いくる猛獣の中には、巨大なカエルやオオサンショウウオ、吸血の蔦植物や吸血コウモリ、はては恐竜にまでいたり、1ページたりとも飽きさせないのである。
 朝食を取ってから、学校に行く直前まで読んでいて、「いいところなのに」と思いながら本を閉じて登校しなければいけなかったことを、今でも覚えている。
 主人公のワタルは猛獣にも臆さず、身体能力に長けていてとても強いのだが、彼の師でもあるマサイ族の老人ゼガは、それに輪を掛けてめちゃくちゃ強い。だが、そんなふたりをもってしても、悪い部族に囲まれると、多勢に無勢でどうにもならないときがある。
 そんなとき、巨象ナンターが助けにきてくれるのだ。ナンターはアフリカ象の群れのリーダーで、底なし沼を渡ろうとしたところ、ワタルが危険を教え、それ以来、強力な味方になった。
 が、ナンターは自分の群れを率いなければならないし、いつもいっしょに行動しているわけではない。ゼガと二人でも絶体絶命という、もうどうしようもない最終局面で登場するのが、大蛇ダーナなのである。
 ダーナは全長数十メートルもあるニシキヘビで、全編を通じて最強の生物だ。はてはTレックスとも戦う。なんでTレックスがいるのかというと、地中の世界に落ちるとそこはジュラ紀のままで、Tレックスがケートを気に入ってしまい(「キングコング症候群」とでも名づけようか)地上まで追ってきたのである。
 今から思うと、原住民の悪役が残酷で、けっこう人が死んでいるし、猛獣なども現在なら保護しなければならない稀少な野生動物になっている。
 しかし、破天荒な冒険物語が、子どもにとって面白くないわけがない。筆者の場合、最初は親が買ってくれていたのだが、そのうち自分のこづかいで買うとみずから主張した。
 殊勝な心がけではなく、それは所有欲からであった。『少年ケニヤ』に関することはすべて自分が手中にしたいという作品愛に発展していたのである。それほどまで子どもに思わせる物語、現在でも発売されていていいと思うのだが。




2021.2.4

第四百三十三回 口うつしにメルヘンいらない 

本が好きになるかどうかは、単純至極、面白い本に出会ったかどうかだと思う。早いうちに面白い本に出会えれば、本好きの子どもになるというように。
 絵入りでもいい。作画・山川惣治先生による『少年ケニヤ』。小学生のころに、この血湧き肉躍る物語に出会えたことを、筆者は幸運だと感じている。
 題名どおり、舞台はアフリカのケニヤ(現ケニア共和国)で、主人公の少年は村上ワタル。物語は1941年の12月から始まる。すなわち、日本が第二次世界大戦に加わったことで、当地に駐留していた村上父子の運命も翻弄されていくのである。
 当時のケニヤはイギリス領だったので、現地人のガイドたちが、英米と交戦することになった日本人との関わりを恐れ、村上親子はケニヤに置き去りにされてしまうのだ。
 さらに、その直後、思わぬサイの襲撃を受けてワタルは父と離ればなれになってしまい、父を探してアフリカを旅するというのが、物語の大まかなすじといえる。
 ワタルは心優しいふつうの少年だったが、マサイ族の大酋長ゼガと知り合い、ゼガに鍛えられてたくましく成長していく。
 ある日、ワタルは豹の毛皮をまとった碧眼金髪の美少女ケートと出会う。イギリス人だが、幼いころに誘拐され、悪い呪術師に「白い神様」として利用されてきたケートは、ワタルたちに助け出され、そこから最終巻まで3人で旅をつづけていく。
 ちなみに、この作品、角川映画になっている。筆者が小学生の頃だったら、親にたのみこんで映画館に連れていってもらっただろうが、もう部活で忙しい年齢になっていた。
 ただテレビCMなどで、渡辺典子が「口うつしにメルヘンください」と歌う主題歌と共に、横たわったケートに、ワタルが上からチューしようとしているカットが流れたのを見ると、それだけで「ちがう、ちがう!」と思った。この二人はそんなんじゃないのだ。
 映画ではケートの肢体が女っぽく描かれ、偶然組み敷く体勢になったワタルがドキッとする場面がある。原作では12歳から14歳ぐらいの設定で、まあ言ってしまえば足手まといの役なのだが、彼女がいなければ物語は殺伐とするだろう。そしてワタルとケートは兄と妹のような関係だった。原作ファンとしては、あまり彼らを「男女の仲」として描かないで欲しいのだ。
 ケートをわざわざスコットランド人という設定に変える必要もない。日本とイギリスが戦争をしているさなかに、日本人(ワタル)とイギリス人(ケート)とアフリカ人(ゼガ)が助け合って旅を続ける物語であり、そこに原作者のメッセージが隠されていると思うのだが。
 ところで、渡辺典子が歌う主題歌のサビの部分「口うつしにメルヘンください」というところを、筆者が学校で歌っていると、それを聞いた友達がなにげなく、
「誰がやるかあ」
 と言った。
「んなもん、いるかあ」
 と筆者は返した。
 男の友達から「口うつしにメルヘン」をもらうなど、冗談じゃない。そりゃもう、考えただけで御免こうむりたいことは言うまでもないのである。




2021.1.28

第四百三十二回 サラリーマンの辞めどき 

 何度か書いているが、筆者には一般の企業に勤務していたサラリーマンの経験がある。
 そして現在そうじゃないということは、脱サラしたのである。
 ようするに辞めたのだが、せっかくまっとうな企業に入社しているのに、サラリーマン生活で得られる安定や福利厚生を捨てて会社を辞めるからには、決意がいる。
 拘束があるからといって、会社を辞めたところで自由にはならず、むしろ以前にまして制約を課されることの方が多いだろう。
 詳しくは書かないが、筆者の場合はどうしようもなくなっていた。辞めたのは、ちょうど今頃の時期で(だから思い出した)、最後は有休を消化する形になった。
 係長だった上司は、「辞めたら爽快だろうなあ」と言っていた。
「人に頭を下げたくない」という。だが、サラリーマンの場合は、どの業種でも何らかの形で人に頭を下げることになる。サラリーマンでなくても社会生活とはそういうもの。どんな仕事でも相互に世話になっているのだから。
 誰にも頭を下げないでいるような存在は、接客にまったく頓着しない自営業の人(その代わり売りあげに影響する)か、封建時代の領主ぐらいではないか。
 そもそも人に頭を下げたくないという退職の理由は、いかにも青臭い。なんというか、そういう人は、敵に回しても怖くない。たとえば、戦国武将たちは、敵の目をあざむくためなら衆人環視の中で罵倒されても内心でほくそ笑んでいるだろう。むろん頭を下げるなど何でもない。そして何食わぬ顔で寝首を掻くのだ。そのほうが余程したたかで恐ろしい。
「会社に辞表を叩きつけたら、爽快だろうなあ」という上司の気持ちはわかる。実際、筆者も辞めたときには相当な解放感があった。
 いつもなら目覚ましのベルとともに起床しなければならないが、寝ていられるのだ。誰でも一度ぐらい夢見たことがあるのではないか。「あと5分」どころではない。好きなだけ布団の中にいても許される。冬だったので、朝の布団の恋しさは尚更で、極楽だと思ったものだ。
 寝床にしていたロフトの小さな窓から、冬枯れの街路を歩いてゆくサラリーマンや学生の姿が見えた。昨日まで自分もその中にいた朝の出勤や登校の風景である。
 しかし、自分は布団の中にいる。「こんな寒い日に、ご苦労さんだねえ」と他人事ならではの解放感を味わい、布団の中でしばらく本を読んで、いつもは見たことのないNHKの朝の連続テレビ小説を見ながら朝食を取った。くつろぎの時間だった。
 だが、「自由」を満喫しながら思ったのだ。これから自分はどうなるのだろう……と。
 それは、とてつもない不安だった。会社を辞めてしまった以上、自分は社会の中でどこにも帰属していない身なのである。組織の後ろ盾がない。30歳を目前にしているのに何者でもなくなった。収入のあてもない。ホームレスになる可能性もある。自由といっても「野垂れ死にをする自由」に他ならない。思えば向こう見ずなことをしたものである。
 ちなみに「辞表を叩きつけたら爽快だろうなあ」と語っていた上司は今どうしているのだろうと思い、その会社のHPを閲覧してみると(筆者も意地悪だ)、果たして彼の名前はしっかりと載っていた。堅実にも現在まで「爽快」な選択をしなかったらしい。賢明な判断といえる。




2021.1.21

第四百三十一回 魔人列伝 

 またかと顰蹙を買うことを覚悟しつつ、もう本当にこれが最後の『バロム1』ネタ。
 この作品の最大の売りであるグロテスクなドルゲ魔人たちを列挙したい。
 筆者の子ども時代の記憶で、造形的に強烈な印象を残した魔人のベスト3は、クチビルゲ、ウデゲルゲ、トゲゲルゲである。知らない人のために言うと、クチビルゲは頭部が巨大な口になっていて、それで人にかぶりつき、呑みこんでしまう食欲の化身なのだ。
 ウデゲルゲは、正確には「腕」ではなく、手首から先の魔人で、上半身がやはり巨大な右の掌になっている。しかも人差し指の先に目玉がついているのだから、このうえなく怪奇的で、かつ美しいバケモノだ。ちなみに発するうめき声は「アーム、アーム」ではなく、なぜか「フィンガー、フィンガー」である。
 トゲゲルゲは野茨の化身で、前面が合わせ貝のように開閉式になっており、そこにはさまれた人は、「鋼鉄の処女」のように巨大な棘を顔に打ち込まれてしまう。それが痛そうで、犠牲者の中には子どももいるのだから、容赦がない(ただしトゲゲルゲが倒されると元に戻る)。
 興味のある人は、検索すると見ることができるが、ほかにもノウゲルゲといって、上半身が肌色でしわだらけの脳みそという魔人や、ヒャクメルゲといって目玉だらけのバケモノもいるのだから、人体魔人シリーズは特撮ヒーロー史の中でも特筆に値すると思う。なお、ヒャクメルゲの造形には、子どもの頃には気づかなかったが大人になってわかるスタッフの「お遊び」があるのではなかろうか。人間の姿のときは女性なのだから、多分わざとだ。
 前にも書いたが、筆者は(子どもの頃は見られなかったが)イカゲルゲも好きで、これは『ロボコン』でいえば「ロボクイ」が好きだったのと同じく、あざやかな原色を全面に押し出したデザインに惹かれたのだろう。ほかにも、キノコルゲやナマコルゲなどが人気の敵キャラではないかと思われる。
 DVDの特典映像には、高野浩幸氏(白鳥健太郎役)のインタビューが収録されていたが、子どもの頃の撮影時はウミウシゲがとても気持ち悪かったのだという。なるほど醜い。ちなみに、このウミウシゲ、かの『スター・ウォーズ』エピソードⅣに出てくるタトゥーインの酒場で、ハンソロに殺される賞金稼ぎのエイリアンに酷似しているのだ。偶然とは思えないほどだが、ジョージ・ルーカスが『バロム1』を知っているとも思えない。なぜだろう。
 バロム1を追いつめた強敵といえば、筆者の子ども時代の記憶では、なんといってもアンモナイルゲだった。ヒーローが死にかけるほど苦しむ姿が衝撃だったのだ。
 しかし、DVDで全話を通して見ると、アリゲルゲでも苦戦しているし、トゲゲルゲにもかなり苦しめられている。バロム1の広い大胸筋に大きなトゲが刺さっているシーンはいかにも痛々しい。
 ウロコルゲも厄介な強敵で、次々に投げてくる「ダイヤモンドより硬い」というウロコ状の手裏剣に刺され、一度は倒されてしまう。ウロコルゲはそれで首領のドルゲにも褒められていた。
 そして思ったのは、バロム1が数々の危機を切り抜けるのにもっとも有効だったのは、「バロムドリラー」という回転技ではなかったか、と。『コンバトラーV』でも、決め技が超電磁スピンだったように、やはり回転する動きは強いのだと、『バロム1』を通して思ったのである。




2021.1.14

第四百三十回 木造校舎のおばけストーブ 

転校生というものは、新しいクラスメイトの登場という意味で、迎える側にとってもひとつの事件だが、転校する当人にとってはもちろん大事件だ。周りのみんなはこれまでと同じ日常をすごしていくのに、自分だけが、まったく異なる街や学校の中に飛び込んでいくのだから。
 小5のときに転校してきた女子は、緊張のあまり泣いていた。新しい環境に適応できるか、そこで友達ができるか、不安だったのだろう。
 筆者も小4で転校した。金曜日に和歌山市を出て家族で神戸のホテルに泊まり(今から思えば『新必殺仕置人』第33話「幽霊無用」を放送した夜だ)、翌日の土曜日に新居に入った。その新居のマンションに向かう国鉄(JR)の電車の窓から、これから通うことになる学校がすぐ下に見え、おおぜいの子どもたちが運動場で遊んでいた。「これから、ここに通うのか」と思った。
 土日に引っ越し後の片づけをし、月曜日から学校に通った。
 筆者が編入された学級は、その学校に残る最後の木造校舎の中にあった。
 これは幸運だったと思っている。木造校舎で授業を受けるなど、なかなかできない経験だったから。木造校舎は季節感が豊かで、大掃除をしてワックスをかけた後などの、木の廊下や床のしっとりした潤いも味わい深かった。
 それに、その学校は、SF作家の小松左京の出身校でもあった。後年、筆者は小松左京の大ファンになるが、小松先生が学んだ可能性のあるのは、その学校の中で唯一残っている木造校舎でしかないのだから。
 六甲おろしの吹きすさぶその街の冬は寒かった。木造校舎は尚さらコンクリートほど風を防がない。そのためなのか、冬になると、ほかでは見たことのない巨大なストーブが教室に備えられた。
 ブリキ製で、灰色の煙突が曲がりくねりって外へとつながっているのである。生徒がむやみに触ってヤケドをしないためか、周囲を網で囲まれていた。なんとも存在感の強い、古強者といったおばけストーブなのだ。
 誰が始めたのか知らないが、そのストーブで給食のパンを焼くことが流行った。
 ストーブの天蓋に、コッペパンを載せるのである。パンは少し手でつぶして平たくすると、焼ける面積が大きく、焦げ目がついたそれにマーガリンをぬって食べると、普通に食べるより格段に美味しかった。
 洗浄されていない、むき出しの天蓋に載せるのだから不潔なのだが、衛生観念の発達していないオスガキの頃は気にしない。まるで人類が火を使うことを覚えたような新発見で、次のステージへの進化にも似た一種のカルチャーショックがあり、そのときの楽しさは記憶に残っている。
 担任の先生は、定年間際のおばあちゃんで、厳しいがいい先生だった。この先生は、翌年に退職し、筆者らは最後の生徒になった。いや、担任の先生だけではない。
 木造校舎にとっても、筆者らは最後の生徒だった。5年になる前の春休みに取り壊され、校舎はすべてコンクリート製のものになった。そして、おばけストーブも翌年からは姿を消した。




2021.1.7

第四百二十九回 十年一日のごとし 

 これまでの人生をふり返って、去年ほどたくさん手を洗った一年はなかった。筆者にかぎらないだろう。無論、コロナのせいだ。
 前回、次に非常事態宣言が出されるとしたら云々……ということを書いたが、えらいもので2月を待たずに、もう発令が決まり、今日はその方針が決定するという。筆者の予想は外れっぱなしである。
 そんなこんなの世間の喧噪に振りまわされることなく、人里離れた山の中で世捨て人のように十年一日の孤独な生活を送りたいと考えているこの頃である。こんなことを書いていると、もうすぐ死ぬのかもしれない(実際に死んだら死期を予感していたと思われるが)。
 人の一生は短いものである。若い人には実感がないだろうが、あっという間に10年がすぎてしまう。毎年いろいろなことが起こって、いろいろ感じていても、時の流れの早さには驚かされるばかりだ。
 30歳をこえた頃には、100年前が、それほど昔には思えなくなっていた。1000年前はさすがに昔だと思うが、明治維新や、まして第二次大戦など、それほど古い時代の出来事だと感じなくなっていたことを覚えている。
 去年の年末、20年前に住んでいた街へ行き、よく昼食を食べに通っていたパスタ屋さんに入ったのだが、この店が当時のままだった。
 ちょうど10年前にも足を運んでいる。そのときも変わっていなかった。
 いや、もちろん過ぎた年月の分だけ古くなっている。ただお店の応対やメニューなどは同じ。古びたクリスマスツリー(これも当時のままだろう)の置かれた窓際の席、ほうれん草とベーコンのカルボナーラ、店内に流れているのはジョージ・ウインストン。まさしく十年一日のごとしである。
「いつかの店の、いつかの椅子で ひとり眺める想い出の街」
 とくれば、これは往年の刑事ドラマ『Gメン75』の主題歌『面影』だが、その歌詞のとおり、20年前に通っていた店の同じ席で、同じメニューの料理を食していると、世間の時間の流れが夢のようであった。
 お店のご夫婦は、あまり愛想がよくない。が、それでいい。筆者は店の人に介入されるのが嫌なので、放っておいて欲しいから。
 あまり流行っておらず、店内に客は筆者一人だけ。これも20年前からだった。静けさを愛する筆者はこのほうがいい。
 10年といえば、人生はこんな年月を(平均寿命として)7、8回くり返すだけなのか。人生100年時代というのが本当だとしても、10回程度ということだ。そう考えると、なにやら仏教的無常観に浸ってしまう。
 そういえば、国分寺道場の記念パーティーも、前回は2012年だったから、もう9年になるが、本来は「1」の年だから、30周年のパーティーは今年おこなわれることになる。コロナ騒動がつづくようなら延期になるかもしれないが。
 筆者が次にまたあの店に行くのは、(生きていたとして)やはり10年後だろうか。