国際空手道連盟 極真会館 東京城西国分寺支部

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もうひとつの独り言


2018.7.10

第三百八回 佐藤姉妹祝勝会 

 そもそも会場となるサンリオ・ピューロランドとはいかなる場所なのか、筆者は実際に足を運ぶまでまったく知らず、テーマパークというから屋外かもしれないと思ってカジュアルで出かけてしまった。
 しかも、その場の流れで江口師範ご夫妻、主役の佐藤姉妹とお母様、と同じテーブルにつくという恥ずかしくも図々しい状態だったことは自覚しているが、それはともかく非常に充実した祝勝会だった。主役のお二人には華があり、(お名前は出さないが)司会もVTR担当の方も企画・進行・演出も非常にすぐれていて、最初から最後まで密度の濃い時間が流れていたと思う。
 VTRで姉妹対決の決勝戦が流れたが、まず世界の頂点をめぐって姉妹で戦うなど、それ自体、そのまま格闘技漫画になってもおかしくないほど劇的である(『グラップラー刃牙』も兄弟対決だった)。しかもハイレベル。筆者は最初、VTRを早送りにしているのかと思ったほど回転が速いのだ。
 アメリカンズ・カップの試合では、軽量級の七海ちゃんが中量級の相手の動きを、なんと連打で止めていた。審判の印象を考えて終盤でラッシュをかけるという駆け引きなどなし。最初からフルスロットル。普通なら途中で勢いが落ちるのに、この子は最後まで止まらない。対戦相手の中量級チャンピオンが、なにもできないでいる。
 相手の選手も重量級を下した強豪なのに、二回りほど大きなその選手を翻弄し、圧倒していた。まるで相手ごと、いや試合そのものを呑みこんでいるような戦いぶりなのだ。
 はっきり言って、痺れた。師範が閉会のスピーチで、「異国の地で、ちがう国の選手にスタンディングオベーションが起こったのは、自分の知るかぎり初めてだ」という意味のことをおっしゃっていたが、たしかに、こんなに素晴らしくて爽快な戦い方を見せられたら、アメリカの観客も総立ちになって拍手するはずだ(一人だけ座っている人がいたが)。
 しかも試合場を下りた勝者は、穏やかでエレガントで可愛らしいのだから、いわゆる「ギャップ萌え」もあったのだろう、数人が撮影を求めていた。
 そう、ご覧のとおり、この二人は美形の姉妹である(お母様も美人)。
 空手の実力に顔は関係ないと思われるかもしれないが、これは「スター性」の条件でもある。ボクシングの井上尚弥、K1に出ていた魔沙斗、フィギュアスケートの羽生結弦もしかり。その分野で圧倒的な実力があるという前提で、そこにルックスも加わるとスターとなり、極真会館ならびに空手界の枠を飛びこえて、格闘技に興味のない人々まで広い裾野でファンを取り込めるのである。
 二人への質問コーナーでも「どうしてそんなに可愛いの?」という純粋な質問があったが、「そんなに可愛い」二人が、打撃格闘技である極真空手の世界のトップにいるのだから、話題性も十分ではないか。
 もっとメディアで大々的に取りあげられてもいいと筆者などは思うのだが、その一方で美幸先生が話されていたような悪質なストーカーの懸念も生じるかもしれない。
 そうなるとボディガードが…………あ、必要ないか。




2018.7.5

第三百七回 蝉と触れ合おう 

巷で盛りあがっているサッカーのワールドカップを、筆者も一度だけ見た。
 見た、と言えるほどの時間ではない。ほんの15分ばかりである。
 見たのは、日本対ポーランドの試合の終盤だった。筆者の周囲でもワールドカップの話題が交わされており、睡眠不足になっている人もいたし、深夜まで起きて観戦しているというサッカーファンの子もいた。
 たしかにサッカーの得点シーンの盛り上がりは、ゴカイを恐れずに言えば(釣り餌になる環形動物のゴカイを恐れているのではない)、ナショナリズムを刺激して大いに沸きかえる瞬間かもしれない。
 筆者が見たポーランド戦は、さる6月28日(猿は関係ない)の深夜で、テレビをつけたのが試合終了の15分前だった。
 その時点で、1点を先制されていた。つまり、そのままいえば負けてしまうという局面でのラスト15分だったのだ。
 果たして執念の巻き返し大逆転はあるのか、「しかと見届けよう」と思ったが、べつに鹿といっしょに見届けたわけではない(正しくは「確と」)。
 ところが不思議なことに、選手たちは前に向かって、つまりポーランド側のゴール方向にボールを蹴らないのである。
 お互いにパスし合っている。どうしたことか横方向に、あたかも練習のように悠然と。
 しかも(鹿も?)あろうことか、後ろに向けて蹴ってさえいるのである。このままだと負けは確実だというのに、だ。
 目的は明確なはずなのに、どうしていいかわからないという五里霧中(ゴリラが夢中になっているのではない)のような様相を呈していた。
 筆者は『浦島太郎』の歌詞のように、「こはいかに?」と疑問に思うことしきりであったが、もちろん「怖い蟹」は出てこない。
 必死で勝ちを狙うなら、たとえイカサマをしてでも(イカをあがめている「イカ様」ではない)勝利に執着するはずだと思うが、このアリサマ(アリをあがめている「蟻様」ではない)はどういうことだろう。
 まさか勝ちたくないわけがあろうはずがなく、サッカーに関して無知な筆者がわからないような駆け引きや思惑があったのだろう。
 でも、結局はそのままポーランドの勝ちで終わってしまったので、なんというか、「サムライ」の名に似合わぬ不甲斐なく後味の悪い印象だったのである。
 まあ、普段からサッカーを観戦していない筆者などが知らないルール上の制約があるのかもしれない。
 ルールといえば、極真も「蝉コンタクト」が話題になっているが、古コンタクトとちがってどういうものだろう。例年より早く梅雨明けしてこれから夏本番だし、蝉とコンタクトを取るのだろうな、きっと。
 さて、今回いくつ動物名のボケが出てきたでしょう。




2018.6.28

第三百六回 閑話休題 

このブログを三回分とばした。
 なんでかって、市村先生のことを書こうと思っていたら、なにも書けなくなってしまったのである。なにを書いても不謹慎になるような気がした。
 ちょうど去年の今ごろもとばしている。市村先生が亡くなったのは5月だが、筆者がそれを知ってから一年ほどになるので、それで書こうと思ったら止まってしまったのだ(これについてはお詫びをするべきなのだろうか。待ってくれている人がいる、と自分で思うこと自体、傲慢な気もするのだ)。
 そもそも筆者は、こうやって書くこと自体に一種の恐れを感じ始めている。今さらといえば今さらなのだが、校閲も何も通さず不特定多数の目に触れる文章が、あまりにも無防備に思えてきたのである。もちろんこれまでもそれは感じていたが、一種の開き直りがあった。
 意識するようになったきっかけは、最近、師範とお酒(食事)を共にさせていただく席があり、そこでどうも自分は師範に対しても、タブーにも受け取れるような内容まで話しているのではないかという気づきがあったのだ。
 師範といえば、武道の世界において雲の上の存在なのに、筆者はどうやら「ああ言えば、こう言う」ように色々と語っているらしい。
 念のために言うと、そのことで師範から責められたのではなく、あくまでも自分の主観である。そしてそれは当ブログの印象かもしれない、とも思った。
 筆者は職場でも思ったことを言うほうだ。合理的ではないシステムの不備を改善するよう、意見具申したことが何度かある。もちろん内部批判ではなく、建設的意見として改善案もセットで提示してきた。もっとも、組織というものはそう簡単に動くものではなく、状況に変化は見られないのだが。
 話は変わって、先日、敏腕税理士の友人と久しぶりに焼き鳥屋で酒を酌み交わし、その話の中でも大いに刺激を受けることがあった。会って刺激を受ける。いい友人というのはそういうものだろう。
 もう一人、別の人からも筆者の欠点と課題をズバズバ言われる経験をした。簡単に言うと、筆者が「人格者ではない」という内容だった。
 大人になるとなかなか他者からストレートに「教えられる」ことがなるなってくるので、自分でキャッチしていくしかないのだが、やはり気づかないこともあり、それだけに貴重な経験だったと思っている。
 そんなことが連続で起こると、嫌でも自分の言動について考えてしまう。このブログを読まれている方々にも、筆者は「うるさい男」と思われているのかもしれない。
 しかし、守りに入った文章ほどつまらないものはない。つまらないどころか、存在する意義すらない。なにかを発信するからには誰かを傷つける可能性もあるし、自分が叩かれる覚悟もいる。保身に努めるなら最初からなにも発信するべきではないのだ。
 ……とすると、今後このブログをどうすればいいのか、ということになる。
 結論は出ていない。ただ、6年以上もこうやって続けてきて、師範を通さず何の告知もなしにこのまま自然消滅という形で閉鎖することはできない。
 結論が出ないまま、とりあえず終了時期未定で継続することになるだろう。




2018.6.3

第三百五回 見知らぬ天井 

 世の中には、生まれた街から離れることなく、幼い頃から育った家にずっと住み続ける人がいる一方で、引っ越しをくり返している人もいる。
 筆者は後者である。数えてみると、これまでの人生で、22回も引っ越しを経験している。
 高校生までのあいだは、父親の仕事の都合、つまりは転勤に伴っての引っ越しだった。それが5回。以降、18歳で上京してからは、自分のさまざまな事情で転居しまくってきた。
 早いときで半年、長くて約6年近く。今住んでいるマンションは、かなり長い方だ。駅から近いと、やはり不便は感じないものと思われる。
 ちなみに、物件のセールスポイントとしてあげられる「南向き」というのは、筆者の場合、好条件にはならない。暑苦しいからだ。人によってはナメクジやゲジゲジのように、日だまりよりもジメジメした石の下のほうに居心地の良さを感じる輩も存在するのである(自虐)。
 初めての引っ越しは、小学校1年生の秋だった。
 当時、筆者は和歌山市に住んでおり、その市内での転居である。
 ちなみに、父の転勤とは関係ない。実家から、ほんの一キロも離れていなかったのではないだろうか。よって転校もせず、同じ小学校に通っていた。
 引っ越した原因は、家庭内の揉め事だ。詳しくは書かないが、筆者の父方の祖母というのがとにかく強烈な性格の持ち主であり、ああだこうだでバチバチやり合って、ついに父がキレたのだ。
 それで別居したのはいいが、移った先は、6畳二間のボロアパートで、風呂なしだった。
 そこに家族四人で暮らしたのである。それまで住んでいた実家は、小さな池と庭のある二階建ての一軒家だったので、居住スペースの落差は甚だしかった。
 裏の縁側に出なければならないトイレがわびしく、その縁側からは近くにあるスーパーの寮の、電気がいっぱいついた非常階段が見えて、夜は賑々しかった。
 同じようなドアが並んでいる家も初めてだったので、一度まちがえて隣のドアをあけてしまったことがある。中で横になっていたホステスさんらしい女性に微笑みかけられた。
 でも、子どもというのは変化を受け入れる。非日常はいつでも新鮮で楽しい。風呂が無いので銭湯に通ったが、湯上がりに帰る冬の夜道も楽しかった。学校は転校していないので、友達も新居を珍しがって、何人も遊びに来た。
 ただひとつ、はっきりと記憶している戦慄がある。
 それは、引っ越した翌日の朝に見た天井だ。
 布団の中で目が覚め、見あげた天井が、昨日までの部屋のものとは違っていた。
 大げさにいえば、自分はどこにいるのか、世界になにが起こったのか、という混乱と恐怖だった。
 筆者はこのとき小学一年生。泣くことはなかったが、隣の布団で寝ていた妹(幼稚園児)が、起きて泣き出したことを覚えている。筆者と同じ感覚に襲われていたことは間違いない。
 その後、宿泊先をのぞく新居の「見知らぬ天井」を20以上も経験することになったが、記憶しているのは、最初の引っ越しの翌朝に感じたあの混乱だけである。




2018.5.24

第三百四回 道場の近くに住むと 

 筆者は現在、国分寺道場から徒歩2分の距離にあるマンションに住んでいる。
 ここに引っ越した理由は、空手のためだった。つまり、よく稽古に出ていた(週5とか)ので、道場に通いやすくするためだった。それまでは国分寺と府中のちょうど中間あたりに住んでおり、道場までの連絡が不便で、昼間部の後など、いったん家によってシャワーを浴びることができなかった。
 となると、汗をかいたまま仕事に向かうしかない。その結果、夏場など道着にカビが生えるし、職場には不似合いなスポーツバッグを抱えていくことになる。自分自身も汗臭かった可能性は多分にある。
 そこで機動性を求め、頻繁に通える手段として転居に踏み切ったのである。
 と、こう書けば、そのわりに今は稽古に出ていないじゃないか、というツッコミが入ることだろう。また、「泊めてくれ」と言う人もいるかもしれない(現にいた)。
 ここであらかじめ言っておくと、どなたであってもうちに泊めることはできないのだ。
 飲み会などで深夜まで飲んで終電がなくなった場合でも、筆者は平気で見放すことにしている。その結果、たとえ冬場の冷え切った路上でその人が野垂れ死にすることになっても、お断りする。大人なのだから、自分の始末は自分でつけるべきだ。
 というのは、かつて国分寺南口から百メートルほどのところにある1Kマンションに住んでいた頃、道場の近くなのでオープンにしていたところ、あまりにも気軽に訪問してくる面々に悩まされることになったからだ。
 気軽に、というのは、気軽にお茶をしにくるのではない。
「通りかかったらトイレに行きたくなった」と言って、うちを公衆トイレ代わりに利用する(その人は、筆者のマンションの前を通るとトイレに行きたくなると言っていた)。
「立ち寄れば何か(軽食など)出してくれるから来た」と、こちらのもてなしを当てにしてくる人もいた。
 あるいは、差し入れをもってきて金を取る(これじゃ差し入れにならない。押し売りだ)など、筆者も若かったせいもあるだろうが、ひどいものだった。
「稽古の後、風呂を使わせてもらいたい」という奴もいたが、さすがに断った。「キレイにするために人の家に来る」のではなく、「キレイにしてから来る」のが礼儀ではないか。
 そんなこんなで、ついに堪忍袋の緒が切れたのだ。
 はっきり言って「知性が釣り合わない」と判断した(注・前述の例に挙げた不心得者たちは、みんなもう道場を辞めています)。現在はいっさい出入りを遮断し、排他的かつ閉鎖的に徹している。
 だが、あまり他人のことは言えない。それと近い頃、筆者だって師範ご夫妻を自宅にお招きし、鍋会をしているのだ。今から思うと、なぜそんなことができたのだろう。
 江口師範も美幸先生も、1Kの狭苦しい一室に来てくださったが、筆者はこの当時、3級か4級の緑帯だった。いったいどうして身の程を超えて師範ご夫妻を普通にお誘いできたのか、自分の気が知れないのである。




2018.5.17

第三百三回 信長 

 再来年のNHK大河ドラマ『麒麟がくる』の主役が明智光秀だという。
 大河ドラマでも戦国時代は人気があるらしい。それはそうだろう。展開がドラマチックなうえに、なんといっても登場人物のキャラクターが立ちすぎている。
 個性的な武将たちの中でも、誰か一人だけ好きな人物を、と言われたら、筆者ならダントツで織田信長をあげる。あまりにもメジャーすぎて、小学生でも知っている人物だが、知れば知るほど凄味が増してくる。戦国武将の中どころか、人類史上最大の天才ではないかと筆者は思うのだ。
 どんなところがいいのか、と訊かれても、ひと言では答えにくい。
 筆者の父はNHKの管理職だったので、就職活動の時期は新卒の面接もしていたらしいが、大河で『信長』をやっていた頃だろうか、「尊敬する人は織田信長です」と言う学生さんに「どんなところを尊敬するのか」ときくと、なかなか答えられなかったという。でも、これは無理もないだろう。一言で答えると、どうしても浅はかになってしまうのだ。
 あえて言うなら、発想が枠にとらわれていないところか。信長は「世界で初めて」のことを幾つもしている。たとえば、自由経済(楽市楽座)、政教分離、方面司令官制度、鉄甲船、鉄砲の一斉射撃……などなど。長篠の戦いにおける鉄砲の三段撃ちは、近年では「なかった」という説が有力になっているが、その真偽はともかく紀州出身の筆者としては、おそらく(というか、ほぼまちがいなく)雑賀衆が先にやっていると考える。
 とにかく信長は、よくある「泣かぬなら殺してしまえ」的なイメージの、ドラマや映画で演じる俳優さんにもありがちな激しい型の部分ではなく、目立たないところの周到さが凄まじいのだ。目的のためなら何でもやる。侮辱でも平気で受ける。そして目的を達成していく。四方八方敵だらけで、普通の精神力ならその重圧に負けて発狂しかねないところを、あくまでも合理的に乗り切っていく。
 少年時代から周囲が敵だらけという危機感を覚えていたこともあり、日常が鍛錬だった。
 信長は常に馬を駆けさせていたので、ほかの馬がバテる局面でも、贅肉をそぎ落とされていた信長の馬は長距離を走りきったという記録が残されている。
 とはいえ、ルイス・フロイス著『日本史』によると、普段は「憂鬱そうな顔をしている」と書かれているので、やはり相当な重圧はあったのだろう。後世からは快進撃のように見えても、けっして順風満帆ではなかったのだ。
 延暦寺にこもった浅井・朝倉連合軍と対峙した志賀の陣でも、『三河物語』という史料には、「天下は朝倉どのが持ち給え。私には望みがない」という弱音が記されている。もっとも『三河物語』は後年に記されたものだが、少なくとも楽勝ではなかったことが推測できる。
 一方、信長は、藤吉郎(秀吉)におしっこをひっかけて反応を見たという記録もある。
 なんというか、信じられないガキっぽさである。だが、筆者が思うに、いい男というのは、どこかに稚気を残しているものだ。非情なまでの老獪さを見せていても、一方で、幾つになっても子どもの部分がある。
 そういえば江口師範もそうだし、亡くなった市村先生にも言えるのではないか。




2018.5.10

第三百二回 泣いたナントカ 

子どものころに学校で『泣いた赤鬼』という物語を紹介された。小学校の低学年か中学年だろう。担任の先生が朗読したのかスライドで見せられたのか忘れたが、みんなして感想を求められたような気もする。
 あらすじはご存じだと思うが、「友情」をテーマにしていて、内容も長さも教材として使うにはちょうどよかったのかもしれない。
 ところで、この赤鬼はその後どうなったのだろう。
 鬼として生まれたくせに、鬼である自分を嫌い、鬼のアイデンティティを捨てて人間界への仲間入りを願う彼を、村人たちはどう受け入れたのだろうか。
 人間の仲間になりたいというのだから、「そうかそうか。うい奴じゃ」と言って歓迎してくれるかもしれない。が、そこに尊敬はあるだろうか。
 自分の背景にすら誇りを持てない者に対し、口には出さなくても、心のどこかでひそやかな軽蔑の念を抱くのではないか。
 この赤鬼のようなメンタリティーの持ち主は意外に多い。
 たとえば極真会館を離れてほかの団体に移籍したり、新しく流派を立ち上げたりする人の中にも見かける。その人にしかわからない事情や理由があるだろうから、行動自体は仕方ないにしても、自分が育った母体を臆面もなく否定しているのは恥ずかしい。
 所属していた期間は世話になっていたのだし、その期間の自分を形成する土壌になっていたのだから、悪口を言っているのを聞くと、みっともなく思えてしまう。黙って次に繋げたほうが潔い。
 国にしても、あきらかに国民を弾圧する体制のもとから亡命するような場合は別だが、たとえば、留学生が自分の祖国の悪口ばかり語っていたら、どう接すればいいのかわからなくなる。
 国分寺支部はニュージーランド支部と深い交流を持っているが、もし仮にニュージーランドから来た先生が「あんな国はダメ!」と言っていたなら(たとえば、の話です)、その人を通してニュージーランドの文化を得ることはできず、それどころか「この人は自分の国でうまくいってなかったんだな」と思うだろう。
 筆者の友人にも、かつて勤務していた会社の悪口ばかり語る人がいた。実際、ひどい会社はある。筆者自身も過去に悪辣な雇用を体験しているからわかる。でも、それをほかの人に話しても仕方ないのだ。
 往年のテレビ番組に対しても「あんなものにハマっていたなんて」と幼かったころの自分を責める友人がいた。これなどは笑い話だが、幼くても面白がっていたのだから、本気で嫌うことはない。後悔すると、その当時の楽しかった時間まで否定するようで損だ。
 さて、泣いたバカ鬼の末路がどうなったのかは知るよしもないが、青鬼がするべきだったのは、みずから悪役になって赤鬼の評価を高めるための演出ではなく、赤鬼に「鬼として生きる」とはどういうことかを教示することだったのではないだろうか。
(念のために言っておきますが今回の内容は冗談です)




2018.4.28

第三百一回 もうひとつの「大谷先生特集」 

すでにご覧になった方も多いとが思うが、『ワールド空手』223号に大谷先生の特集が組まれている。
 筆者はこれを遅れて拝読した(ので今ごろブログに書いている)。
 国分寺道場の写真も載っているし、江口師範のコメントも寄せられている。国分寺道場生は必読の記事と言えるだろう(と、遅れて読んだ人間が語る)。
 さて、国分寺道場の門下生で大谷先生を知らない人はいないと思う。八王子で教わっている生徒さんはもちろん、国分寺の選手クラスの後で、帯研にいらっしゃった際に顔を合わせる人も多いはずだ。
 大谷先生は、今でこそ筋肉隆々だが、筆者はかつてのベジタリアンだった頃の細身の頃も知っている。もうずいぶん前なのに、不思議なものでアクション俳優のようにイケメンでシャープなその頃のイメージがいまだに根強く残っているのだ。
 試合の舞台で見る技のキレもあざやかで、ほんとにフィクションの格闘をそのままでいくスターのように見えた。
 筆者は道場生の中で、大谷先生と親しくおつきあいをさせていただいたほうだと思う。
 排他的になった現在の筆者ではあり得ないことだが、過去には(大雪が降った帯研の日に)うちに泊っていただいたこともあるし、反対に筆者がサラリーマン時代に家に帰るのが面倒になって大谷先生のお宅に泊めていただいたこともある。
 八王子道場で稽古した帰りに、立川の居酒屋に寄って二人で飲んだりもした。大谷先生とお酒をご一緒するのは、かなり楽しかった。
 本家ブログを拝読してもわかるが、大谷先生は相当な博識である。とくに美術・芸術関連の造詣がハンパではない。
 今回の『ワールド空手』の記事でも、いくつか引用が出てくるが、その中で筆者が知っているものは、ただのひとつもなかった。哲学的なものや古典的なものなど、筆者にとって非日常の難しい知識が多いのだ。
 記事にあったとおり、極真会館の規定では、満50歳になると一般の大会には出場できないという規定があるらしい。ということは、大谷先生の試合を生で観戦し、応援できるのは、今年の全日本が最後だということになる。
 筆者は試合の結果も道場のHPで見るという甲斐性なしである。今回の国際親善試合では、女子の世界タイトルが佐藤七海さんと凛さんの姉妹対決で決着がついたというのも道場HPで知ったが、これも前例のない、脚色なしで格闘技漫画になるほどドラマチックな記録だと思う。
 何にせよ、会場に足を運んでいない自分に負い目がある。
 とはいっても、筆者は土日も仕事で埋まることが多いので、全日本を観戦する余裕を得ることも難しいのだが、今年は何としても大谷先生の最後の舞台を見たいものだ(と言ったら「俺はいつも見てるぞ」とアジアジに笑われた)。
 ちなみに次回の当ブログは、例によってネット環境の調わない地域にいるため、更新を休ませていただきます。




2018.4.19

第三百回 あの日の「ありがとう」 

 古い名刺ホルダーを整理していて、一枚の風変わりな名刺を発見した。
 名刺自体は何の変哲もない、ある銀行員の女性のものであり、今では名称が変わってしまった当時の銀行名が印刷されている。そこに筆者がボールペンで「300円借り」と書きこんでいるのが変なのだ。
 これは、筆者が18歳の春に上京し、一人暮らしを始めたころにもらったもので、また人生で初めて受け取った名刺でもある。
 4月から新学年がスタートする日本では、春から新しい生活が始まる。
 知らない土地に一人で住み始めた筆者は、米の炊き方や公共料金の支払い方法も知らず、生活費は親から仕送りしてもらったが、まず、その仕送りを受け取る口座を作らないといけなかった。
 で、銀行に行って、窓口のお姉さんにすべて教えてもらった。
 そこで口座を作り、生まれて初めて自分の貯金通帳をもらったのだが、新規で口座を開くには最初にいくらかの金を入れる必要があるのだと聞かされた。
 筆者はそのとき、手持ちの金が一円もなかった。財布すら持たずに出かけたのだろう。そこで窓口のお姉さんが、個人的に300円を貸してくれたのである。
 その人は、いかにも銀行の窓口が似合いそうな、知的で細身の美人だったことを覚えている。くれた名刺の名前もエレガントだ。
 が、彼女から見れば、当時の筆者はTシャツにジーンズにセッタ履きで、口座のイロハも知らず、和歌山の方言を丸出しにした18歳のカッペ少年であり、もしかしたら戻ってこないことを見越して貸した300円だったのかもしれない。
 もちろん、その300円は、後日きちんと返しに行った。
 このような見知らぬ人(とくに女性)からのちょっとした親切を覚えているのは、やはり嬉しかったからだろうか。あるいは、名刺を残していなければ忘れてしまっていたのだろうか。
 10年ほど前だが、喫茶店で休んでいたとき、隣のテーブルのおばさんが、立ち去り際に「これ、あげる」と言って、ぱっと筆者のテーブルにその店の景品をおいていったことがあった。お礼を言う暇もなかったが、あれは何故だったのだろう。
 もうひとつ思い出したが、これは筆者が大学生のころ、初めて遊びに行く友達の家に、道順がわからないから迎えに来てくれるよう、駅について電話していた時だった。
 まだケイタイ電話などが普及していないころである。駅構内の公衆電話からかけていると、テレフォンカードの残り度数がなくなりかけていた。
「もうすぐ切れる」というようなことを言いながら、小銭を出そうとしたときだ。隣の電話機で話し終えた女の子(筆者より少し年下の高校生ぐらい)が、10円玉を5個ぐらい、「あげるね」と言って、筆者が使っている電話機の上にのせて去っていったのだ。
 この子も喫茶店のおばさんも、自分の親切に照れているような感じで素早く去っていったのだが、筆者としてはきちんとお礼を言いたかった。何にしても、見知らぬ人のささやかな親切が、今でもこうして心の中に残っているのである。




2018.4.12

第二百九十九回 最後の言葉 

 古典のSFで、人口過密とそれによる食糧難を描いた映画があった。筆者は原作を読んでいないが、映画のほうは絶望的かつ悲観的な内容で、見終わった後は憂鬱になってしまいそうな作品なのだ(と言いつつDVDを持っている)。
 その中で老人の安楽死が描かれており、自分の好きな曲を聴きながら静かに生を終えていくというシーンがある。
 そこで思うのだが、もしかりに、臨終の際にもっとも好きな音楽をリクエストするとしたら、読者諸兄はどんな曲を選ばれるだろうか。
 筆者なら、やはり「中村主水のテーマ」にすると思う。などと、こんなことを書いていると、もうすぐ死ぬのかもしれない。が、今回のネタは映画や音楽の話ではない。
 作家の山田風太郎氏の著作に『人間臨終図巻』という奇書があるのだ。
 奇書としかいいようがない。死亡時の年齢順に、「○○歳で死んだ人々」として古今東西の有名人が列挙されているのだから。
 徳間文庫から全四巻で出ていて、筆者はまだ1巻を読んでいるところだが、10代がもっとも少なく、八百屋お七から始まってアンネ・フランクや天草四郎など、11人。
 20代が、豊臣秀頼や沖田総司やジェームス・ディーンや石川啄木や高杉晋作、円谷幸吉、夏目雅子など33人。享年があがるほど紹介される人物が多くなり、三十代からは一歳ごとにまとめて収録されている。これが、かなり面白い。
 山田風太郎はこのような仕事が好きだったらしく、同じように古今東西の著名人の「最後の言葉」もコレクションしている。その中で一番好きなのは、勝海舟の「コレデオシマイ」だという。たしかに、「もっと光を」などと言うより、「コレデオシマイ」と言って死んだ勝海舟は傑物にちがいない。
 山田氏ご自身は、生前、自分の最後の言葉を、「死んだ」にすると決めていたそうだ。死ぬときに「死ぬ」と言うなら当たり前なので、過去形にするというのである。
 すごいと思ったのは、自宅で倒れた時、救急車を呼ぼうとする奥さんに一言、「死んだ」と口にしたというエピソードだ。
 幸いにもこの時は亡くならなかったのだが、ご高齢だった山田氏は、おそらく本当に自分が死ぬと思ったのではないだろうか。そして、かねてより決めていた最後の一言を「実行」したものと思われる。
 ユーモアのある人だから、こんなアフォリズムも残している。
「人間は管につながれて生まれ、管につながれて死んでいく」
 意味はおわかりだと思う。と、ここまで書いたところで、筆者なら最後の言葉を何にするだろう、と考えてしまった。こんなことを言っていると、もうすぐ死ぬのかもしれない。
 最後の言葉。筆者なら、やはりこれだ。
「この世には……晴らせぬ恨みを、代わって晴らしてくれる……闇の、仕事人がいると、聞いたことがあります。どうか、このお金で……(ガクッ)」
 いまわの際のこんなギャグをわかってくれるのは、江口師範だけであろう。




2018.4.5

第二百九十八回 続・こんやつらがいた 

前回のつづきである。
 授業中の例の愚行は、もともとリケムの発案ではなく、いじめグループがもちかけたものだった。リケムは彼女たちにやらされたのだと、のちに報告に来た子がいたのだ。
「リケムちゃんに罪はないんです。無理にやらされて泣いてたんですよ」と言う。
 だが、筆者が見た印象では、リケム自身ヘラヘラとしていて、悲愴感はまるで感じなかった。第一、やれと言われて、ほんとにそれを実行するだろうか。
 人は、これ以上は譲れないという一線を心の中に引いている。そしてリケムにとって、授業中にパンツをはき替えるのは、そのラインの「こちら側」、すなわち許容範囲内だったのだ。
 筆者が見たところ、リケムは「いじめられていた」というより、「バカにされていた」のである。リケム自身、それが悔しくて挑発に乗っていたように思える。
 彼女は精神面でも幼く、いじめグループがトイレに行くと、自分はまだお弁当を食べている最中なのに、「私も行く」と言って、唐揚げを頬張ったまま平気でトイレに入っていくような子だった。
 ちなみに、リケムのパンツ履き替えを筆者に知らせたのは、ほかでもない、いじめグループの女子たちである。自分らがけしかけておきながら、リケムが自主的にやったことにして楽しんでいたのだ。こっちからみると、バレバレなのだが。
 塾にはお菓子を持ってきてはいけないのだが、こいつらは、
「先生、さっきリケムが果汁グミを食べてましたよ!」
 と報告にきたこともあった。呆れたことに、報告にくるその口から、果汁グミのにおいがするのである。
(おまえもじゃねーか!)
 と言いたくなった。
 このいじめっ子グループの女子たちは、通塾するバスの中で牛丼を食い、容器をバスの中に置き去りにして、運転手さんから苦情の電話がきたこともある。
 また、性的にませていて、あるときは通りすがりの見知らぬ男子高校生に、
「シコってんじゃねーよ!」
 と言ったという。ならず者も同然だ。小学生の女子が、年上の男子高校生に、路上でセクハラしたのである。ちなみに相手からは「はあ? なに言ってんの?」と返されたらしい。
 これらの話は、今でこそネタになるが、受け持っていた当時は腹が立ったものだ。
 リケムは結局、九月ごろに塾を辞めた。退塾が確定したとき、筆者にはその後の展開の予想がついた。
 いじめっ子たちの内部分裂である。自分自身が努力して向上しようとせず、相手をおとしめることによって優越感を味わおうとするメンタリティーの持ち主にとって、リケムは格好のスケープゴートだった。それがいなくなると、べつの生け贄が選び出されるのは必然だ。
 しばらくすると、いじめグループの中で比較的おとなしい子が仲間はずれにされているような気配があった。つくづく愚かな連中だ、と思った。




2018.3.29

第二百九十七回 こんなやつらがいた 

だいぶ前の話で、登場人物たちはもう成人している賞味期限ネタである(でなければ書かない)。個人情報だから、もちろん名前もすべて仮名だ。
 どんな話かというと、小学6年のクラスで、授業中にパンツをはきかえる女子がいたのだ。教室で、椅子に座ったまま、である。
 突発的に生理がきたからではない(それならトイレに移動するだろう)。
 では、いったい何故なんだ? と思われるだろう。
 実際、このことを同僚の先生に話すと、「なんでそんなことをするんですか?」と、驚いて訊かれる。
 いや、なんでと訊かれても困るのである。こっちが教えて欲しいぐらいなのだ。
 たいした理由などない。しいていえば「スリルを味わうため」といったところか。
 この子の名前を、かりに「リケム」としておく。むろん本名とはかけ離れている。よく筒井康隆の小説に出てくる「ケメハ」というホステスのように、「ありえない人名」としての機能のみを重視した仮名である。
 このクラスには、たちの悪い女子4人組のいじめグループがいて、男子たちを圧倒し、クラスを牛耳っていた。彼女たちはいつも休憩時間にトイレでだべっていて、このときも余興のひとつのように、「あんた、やってみれば」と、リケムにもちかけたのだとか。
 リケムは、その提案にのった。まず、休憩時間にあらかじめトイレでパンツを脱いで、スカートのポケットに突っこんでおく。そして教室で、なに食わぬ顔をして授業を受け、筆者がホワイトボードに向かってマーカーで板書しているうちに、パンツをはく。しばらくたって、素早く脱いでポケットに入れる。そしてまた、板書などで筆者が背を向けている隙を狙い、こっそりとはき直す。それをくり返す。
 筆者は、不覚にも気づかなかった。もちろん目配りはしていたのだが、まさかそんなことをしているとは思わないではないか。リケムも全神経を集中していたことだろう。筆者が背を向けたタイミングを見計らって実行していたので、気づかなかった。この件を知ったのは、後で報告を受けてからだ。ほんとに不覚としかいいようがない。
 それにしても、ウソのような話だが、これは実話なのだ。もう、心底からアホかと思った。長い経歴の中でも、さすがにこれほどのアホは滅多にいるものではない。
 女性の先生に話すと「あんな可愛い子が」と驚いていたが、たしかにリケムは、顔立ちは愛らしかったかもしれない(行動は最低だが)。
 その一方で、学業の偏差値は20台だった。そして、どうやらそのギャップが、いじめグループを刺激していたようなのだ。つまり、自分たちに「劣等感を与えるもの」と「優越感を得られるもの」をリケムが併せ持ち、前者が努力によって得たものではなく、後者が能力に関するものであったことが、いじめ心を発生させたらしい。
 今回、このネタを思い出したのは、小学生の事件で、尊厳を踏みにじるほどの悪質ないじめのニュースを聞いたからである。しかし、どうして人は人をいじめるのだろう。
 この話、次回につづく。
 



2018.3.16

第二百九十六回 犬神家がふたつ 

同じ本や映画を何度もくり返し鑑賞する人もいれば、ストーリーを知っているので一回だけで十分だという人もいる。筆者は前者の方で、むろん大いに気に入った作品に限られるが、自分でもなぜ再鑑賞できるのか不思議である。
 邦画で何度も見ている映画の代表は、市川崑監督の『犬神家の一族』だ。
 よくできた映画で、もう30回以上は見ているが、それでも面白い。角川書店が本と映画のメディアミックスを打ち出した記念すべき第一作でもあり、この後、『人間の証明』、『野性の証明』、そして薬師丸ひろ子、渡辺典子、原田知世らのアイドル路線へと発展していくのだが、初期の角川映画は軽いノリではなかったのである。
『犬神家の一族』は音楽もいい。ルパン三世のテーマを作曲した大野雄二氏による「愛のバラード」がすばらしい。
 昔は春休みになると、よくテレビで放送されていた。ちなみに夏休みには、同じ横溝作品の『獄門島』、冬休みには『悪魔の手毬唄』が放送されていて、そのたびに見ていた記憶がある。
 必殺シリーズを見るようになってからは、スケキヨの母の松子(高峰三枝子)が、和服姿であるだけに、闇の中にたたずむシーンでは、鳴滝忍(必殺渡し人)と重なったものだ。ほぼそっくりなのである。でも、石坂浩二は、糸井貢(仕留人)とダブらなかった。服装も髪型も違うし、なんといっても金田一耕助の役が決まりすぎていたせいもある。
 ところで、市川崑の『犬神家の一族』は一作ではない。30年後の2006年に、なんと同じ監督、同じ主演で製作された平成版があるのだ。
 これは見に行くかどうかで迷った。76年版があまりにいいので、同じ監督・主演なら文句はないのだが、なんせ30年もあいている。金田一耕助を演じる石坂浩二は、65歳になっているのだ。
 監督と主演だけではない。大滝秀治(神主)や加藤武(等々力警部)も同じ役で出ている。同じ役ではないが、やはり前作につづき草笛光子も出ている。
 で、結局、見に行った。一種の実験作品のようなものだろうという興味もあったのだが、オープニングで、「愛のバラード」が流れ、画面にでかでかと明朝体で配役が記されたところで、やはり見に行ってよかったと思ったのだから、単純なものだ。
 この映画は、大ヒット作のリメイクとあって、キャストも豪華だった。76年度版に負けず劣らず、と言いたいところだが、あえて白黒つけるとしたら、どっちのキャストがいいだろう。
 金田一や神主や等々力警部は同じとしても、野々宮珠世を演じた島田陽子と松嶋菜々子は、評価が分かれるのではないか。それと、金田一耕助が泊る那須ホテルの愛嬌のある女中が、前作では坂口良子であったのに対し、深田恭子になっている。
 猿蔵は前作のほうがいい。ラストに一言だけセリフがあるが、ほとんど無言で、一度カッとしかけたすぐ後で、泣きそうになるシーンがある。あのあたりの演出がよかった。
 やはりキャスティングにおいても前作の勝ちだろう。決め手は那須ホテルの主人だ。
 横溝正史が出ている。
 



2018.3.16

第二百九十五回 神と悪魔と受験生 

このところ滅多にネタにはしないのだが、久しぶりに受験の話を書く。
 筆者の受け持ちのクラスに、弥生ちゃんという子がいた。中学受験をする6年生で、もちろん仮名である。
 筆者は国語や社会など文系クラスの受け持ちだが、国語の授業では毎回、漢字テストというものを実施している。これはどこの塾でも変わらないだろう。
 その漢字テストの基準は入試と同じレベルである。つまり厳しい。細部がちょっとでも違っていれば、もうバツにする。
 漢字の採点にサンカクはない。デジタルと同じで、○か×のどちらかである。
 入試で○にならない字を書いても意味がないのだ。言い換えれば、筆者の採点で○になる字を書ければ、入試で得点になるということである。
 で、その弥生ちゃんだが、驚くべきことに、なんと6年生のあいだ、すべて満点だった。
 この子は筆者の授業が好きで、クラスアップを断ったぐらいなのだ。たいていの進学塾では、習熟度や学力のレベルに合わせて所属するクラスが階層分けされていて、子どもたちは意外なほどクラス分けを気にしている。その点、この子はクラスアップする見栄よりも、自分の好きな方を選ぶ超個性派だったともいえる。
 さて、どこの進学塾でもあると思うが、入試直前に生徒を「送り出す会」というものがある。弥生ちゃんは、その「送り出す会」に来なかった。
 なぜかって、インフルエンザにかかったのだ。前日に具合が悪くなり、病院に行ってインフルエンザの診断が出たのが、「送り出す会」の当日だった。
 なんと皮肉な運命だろう。4年生5年生6年生と受験勉強をしてきて、入試の直前にインフルエンザになってしまうと、その時点で、もう「オシマイ」なのである。
 筆者は「送り出す会」の日、ほかの先生からその情報を聞いて、なんとも複雑な心境になった。
「まずいな」というのは、もちろんある。だが、同時に「あの子なら大丈夫だな。乗り越えられるだろうな」とも思った。
 矛盾しているようだが、ほぼ確信に近く、根拠もなくそう思ったのだ。
 弥生ちゃんは合格した。2月の1日と2日は、さすがに頭が朦朧として、解けなかったらしい。だが、3日、体力が消耗してフラフラの中で、第一志望校に合格した。
 こんなことがあるのだ。
 予期せぬことは起こる。そのとき、混乱の中で本来持っている実力を発揮できるかどうかの差は、きっと「普段」の姿勢の中にあるのだろう。
 筆者はさっき、この子なら大丈夫だと「根拠もなく」思った、と書いたが、あえていうなら、日ごろの様子を見ていて感じたことが根拠だともいえる。
 受験当日は誰でもがんばる。これは空手の試合でも同じだろう。だが、予想外の試練に見舞われながら実力を遺憾なく発揮するためには、それ以前の日常の積み重ねがものを言うのではないか。そう、きっと「普段」で決まっているのだ。




2018.3.9

第二百九十四回 格闘技の試合判定における不条理 

 3月1日におこなわれたWBC世界バンタム級タイトルマッチで、山中慎介選手の対戦相手、ルイス・ネリー選手が、前日の計量でバンタムの上限より3ポンドを超えていたという。
 筆者も試合は見られなかったが、ニュースで結果を知って驚いた。なにが驚きかって、まずそんな試合が行われたこと自体にだ。
 ボクシングといえば、組織もルールも厳格に完成され、わずか数キロの体重差で試合が組めない競技だと思っていたので、こんな恥も外聞もない姑息な「作戦」が実際にまかり通ってしまうことが意外だったのだ。体重超過の時点で、これはもう「バンタム級タイトルマッチ」ではないのだから。無理してバンタム級のウエイトを維持してきた山中選手が憂き目を見るなど、不条理の極みではないか。ボクシングの不条理といえば、去年の村田諒太選手の世界タイトルマッチにおける判定も記憶に新しい。
 さらにさかのぼれば、ボクシングではないが(格闘技の判定ということで)シドニー五輪の柔道無差別級、篠原信一選手の判定だ。マイナスの意味で柔道史上に語り継がれる試合であろう。篠原選手の一本が決まった瞬間、いっせいに相手に旗があがったのだから。
 筆者は見ていて、わけがわからなかった。篠原選手自身、呆気にとられていた。
 審判団がそろって旗の色を間違えるはずはないだろう。ここまでくると、「誤審」などというものではなく、あきらかに意図的な判定というしかない。ようするに、審判団は買収され、金をもらっていたのだ。もし違うなら、それはそれで、ただのアホだ。
 そのような大きな舞台で審判を務めるからには、選手としての経験もある人たちなのだろうが、一回でも試合に出たなら、選手の気持ちがわかるはずなのに。
 柔道のように選手層の厚い世界でオリンピックに出場するのだから、篠原選手は想像を絶するほどの、まさに血を吐くような厳しい稽古をこなしてきただろう。それを考えると、「参加することに意義がある」と言われるオリンピックも、「出場する価値すらない」のではないかと思えてくる。篠原選手は銀メダルを拒否してもよかったのではないかと思うが、それをしなかったのは、おそらく周囲への配慮だろう。
 ときに不可解な判定がなされる格闘技だが、中には一種のカタルシスを伴う不条理もある。
 それは極真空手の第五回世界大会での、フランシスコ・フィリォ対アンディ・フグの一戦である。「やめ」の直後に決まったフィリォの上段廻し蹴りで、アンディが失神KOとなったのだ。今のは無効だ、というアンディ側のセコンドに対し、当時ご存命だった大山総裁が「真剣勝負で、『やめ』と言われて、その瞬間に気をぬく方が悪い」と一蹴。フィリォの勝利となった。スポーツ競技ではあり得ない判定だが、そこは「総裁」の一言である。
 このエピソードは『グラップラー刃牙』の最大トーナメント編でも実名で紹介されているので、作者の板垣恵介先生も会場にいらっしゃったのだろう。
 学生だった筆者も三階の自由席で観戦しており、この強引な結末に驚きながら、競技の中に「武道」を見た爽快感を覚えたものだ。第五回世界大会というのは、技ありや一本の多い派手な大会だったが、格闘技の歴史に残る一番の語り草といえば、この「総裁判定」だったのではないかと思う。




2018.2.22

第二百九十三回 ジョディ・フォスターを追っかける 

映画の話になったついでに言うと、このところジョディ・フォスターの主演作を立て続けに見ていた。
 まず『告発の行方』。これは初めて見た。非常に重いテーマを扱った映画で、ジョディ・フォスターの体当たりの演技が、ほかの主演作品とは別人のような印象を受ける。筆者の考えとしては、この手の犯罪はもっと厳罰を下すべきで、どうにも処罰が甘いように思う。
 そして、『ブレイブ・ワン』。『告発の行方』が、危機に陥りながらあくまでも法に則って戦っていく展開であるのに対し、こちらの主人公エリカ・ベインは独力で悪を抹殺していく。大都会にはびこる社会悪を一介の市民が処刑していくという点で、『狼よさらば』にも通じるし、『エクスタミネーター』にも似ている。ただし、その処刑人は、男臭いチャールズ・ブロンソンでもなければ、ベトナムからの帰還兵でもない非力な女性なのである。
 面白かったのは、「次はドナルド・トランプか」というセリフが出てきたところ。製作が十年前(2008年)だが、大統領候補にはなっていなかったにせよ、もうすでに目立つ発言をしていたものとみえる。筆者は知らなかった。
 SF的な色彩の強い『コンタクト』も初めて見た。一風変わったストーリーの作品で、べつにジョディ・フォスターが演じなくてもいいのではないかと思ったが、ラストの法廷のシーンでは、やはり並大抵の演技力では表現できないだろう。
『白い家の少女』は『タクシー・ドライバー』と同じ14歳の頃の主演作だが、子役などと呼べるものではない。演技ではなく、素でこういう子なのではないかと思えるほどだ。
 冒頭から非常に嫌なタイプの男が出てくるのだが、主人公のリンは非力な少女ながらも最後はその男との対決を迫られて終わる。筆者は高校生の時にこの作品をテレビの洋画劇場で見て、ラストシーンで感じ入ったことを覚えている
。 『パニック・ルーム』では母親役で娘を守り抜くために侵入者と戦う。ジョディ・フォスターは、戦う女性の役が多いようだ。題名のパニック・ルームとは、いかにもアメリカらしく、有事の際に非難する部屋のこと。自宅の中にもうひとつ、避難用の部屋が設けられているのである。ニューヨークの新居に引っ越して、その初めての夜に強盗が入ってくる。
『フライト・プラン』も、やはり娘を守るために一人で戦うのだが、前半はミステリーっぽい。ウイリアム・アイリッシュの『幻の女』を思わせるが、こちらは乗客たちが本当に記憶にないのである。映画館で見たので、冒頭の憔悴した演技では、老けた印象が大画面で目立っていたが、それも演技力の故だろう。
 そして『羊たちの沈黙』。筆者はトマス・ハリスの原作も読んでいるが、原作の小説も映画もいい。ジョディが演じる主人公クラリス・スターリングはFBIの候補生で、共演の演技派アンソニー・ホプキンズは狂気を帯びた犯罪者にして天才心理学者ハンニバル・レクター。はまり役である。面白くならないわけがないのだ。
 筆者は事前に映画の情報を得ないことにしているので、続編の『ハンニバル』も当然このコンビだろうと期待して見に行ったのだが、ジョディ・フォスターは内容のえげつなさから出演を断っており、ガッカリした。意外に固い女優さんなのだ。




2018.2.16

第二百九十二回 学校から見に行った映画 

和歌山の田舎町に引っ越してから、歩いて行けるところに映画館があったので、中学校や高校から見に連れて行かれることがあった。
 これらは説教くさい教材用の映画ではなく、実際に上映されているれっきとした娯楽作品だったので、授業を受けずに映画鑑賞できるのは大歓迎だった。
 ただし、田舎町のことゆえ、普段は成人映画を上映している専門の劇場などが利用されることもあり、その日だけ余計な看板や広告は取り払われていても、無関係とは言えない痕跡が発見されて、そのほうが中高生には面白かったりもした(なんのこっちゃ)。
 学校から見に行った映画で思い出せるのは、『典子は今』、『海峡』、『エデンの東』、『この子を残して』と、あともうひとつ、マイナーなカンフー映画があるが、題名は思い出せない。
『典子は今』はフィクションではなく、見た後で主題歌のレコードを買っているので、やはり心に強い衝撃を受けていたのだろう。
 ただ、内容とは関係ないが、ラストシーンで主演の典子さんともう一人が小舟から海に飛びこんで泳ぐ場面があり、このとき海底に巨大な影が映ったのでびっくりしたことを覚えている。
 なんのことはない、正体は上空から撮影しているヘリコプターの黒い機影が海面に映っていただけなのだが、一瞬、ジンベイザメぐらいの大きさの怪物が、二人の泳ぐ海底を横切ったように見えたのである。それが二回あった。ヒヤッとしたものだ。
『海峡』は高倉健が主演で、いきなり古典の『エデンの東』は、ジェームス・ディーン主演。
『この子を残して』は戦争に関する映画だった。
 上記の中で筆者が一番面白かったのは、何といっても『海峡』だ。これはDVDも買っている。
 題名の海峡というのは津軽海峡のことで、すなわち青函トンネルの構想段階から貫通させるまでの過程を描いた物語なのである。高倉健や吉永小百合をはじめ、東宝創立50周年を記念した豪華キャストの映画なのだ。
 荒海に揺れる小舟から、海底の石を引き上げて調査するシーンが着手の段階。その後、いろいろな問題を解決しながらトンネル開通へと進んでいく。「ここを新幹線が通るんだ」というセリフもある。初期の工事にたずさわった人々は、開通を見ることなく死んでいったのだろう。そういう生き様に子どもながらも感動を覚えたのだ。
 名作には違いないが、突っ込みどころもある。数名がトンネル内を見学している時、鋼材を積んだ車両が坑内の線路を通るので、彼らは脇によけて壁に並ぶ。だが、不幸なタイミングでちょうどワイヤーが切れて鋼材が崩れてしまい、案内役の人に当たって死亡事故が起こるのである。
 でも、DVDでよく見ると、鋼材がヘルメットに当たる前、直立している時点で、その人は口から血を流していた(もちろんメイクである)。
 巻き戻してスローで確認したので間違いない。悲劇的場面であるにもかかわらず、「なんで当たる前に血を出してるんだ?」と思わず突っこんでしまった。




2018.2.8

第二百九十一回 今度はガンダム 

 まずは前回の内容に誤りがあったことをお詫び申し上げます。
『ゲッターロボ』の主要登場人物が、「流竜馬(ながれ・りょうま)」通称「リョウ」とハヤトとムサシであって「ジョー」という人物はどこにも出てこないのである。このご指摘は江口師範から賜ったのだが、筆者は幼年期から現在まで、ずっと間違って『ゲッターロボ』の主人公の名前を覚えていたことになる。放送当時、すでにリアルタイムで聞き間違えていたようだ。
 テレビ放送の時期も、『マジンガーZ』とかぶっていて、後ではなかった。これも完全に記憶違いである。
 ついでだからロボット物のネタを続ける。『機動戦士ガンダム』である。ただし、ここでいうのは一作目のことで、二作目以降を筆者はまったく知らない。
『ガンダム』も『ヤマト』と同じく、本放送のときはそれほど人気が出なかったらしい。再放送になってブームに火がついたのだという。
 当時、バルカン砲の弾が切れたり、ビームライフルのエネルギーがなくなったりするのが新鮮だった。当たり前だけど無尽蔵なわけがないのだ。
 シャアの評価にしても、「ザク一機で戦艦を三隻も」というあたりが現実的だと思った。なにしろ『ヤマト』では、主砲の一閃で敵の艦船がいとも呆気なく破壊されるのだから。
 セリフも「文語調」で渋かった。シャアのズゴッグが爪を振り下ろしながら「冗談じゃない」とは言わず、「冗談ではない」と言う。ランバ・ラルも「ザクとはちがうんだよ」ではなく、「ザクとはちがうのだよ、ザクとは」と言う。なんだか格調が高いのである。
 女性キャラクターの萌えも、ガンダムあたりから始まったのだろうか。しかし、なんといっても少年の視聴者を夢中にさせたのは、やはり敵側モビルスーツの造形だった。
 ザク、グフ、ドム、そしてズゴッグあたりのデザインの斬新さは今さら筆者が述べるまでもない。とくにモノ・アイなどは、これまでのロボットものには見られなかった。
 一方で、主役のガンダムには、これといって目新しさはない。こういうのは敵側の方が魅力的なのである。ガンダムはプラモデルでも見向きもされなかった。あの異様なまでのブームの中、当時中学生だった筆者たちは、狂ったようにプラモデルを集めていたのだ。
 一番安い300円のやつが、需要に対して供給が追いつかない状況で、もっとも人気のあったザクなどは極度に入手が困難だった。
 友人と二人でデパートの中にあるプラモデル屋にいたとき、ちょうど入荷のタイミングに当たって、感激したことを覚えている。それでも、あっという間に売り切れた。
 そのとき、渇望していたザク(300円)をようやく手に入れた友人は、買い逃したらしい見知らぬ小学生に、「それ、千円で売ってください」と頼まれた。もちろん、断っていた。
 これが『エヴァンゲリオン』になると、ロボットのプラモデル熱はどれほどのものだったのだろうか。もうプラモデル自体が流行らなくなっていたようにも思える。
 筆者は『エヴァ』を見たとき、主人公がウジウジグジグジして(とくに劇場版)、「ほんとに今のやつら(若いもん)が好きそうなアニメだな」という感想を持ったが、『ガンダム』がブームになっていた時も、きっと上の世代の人たちからはそう思われていたことだろう。




2018.2.1

第二百九十回 ロボットアニメの法則 

 男の子は巨大ロボが大好きだ。たぶん、そこに「力の象徴」を見るのだろう。『バビル二世』でも、三つのしもべの中でもっとも人気があったのは「ポセイドン」だった。
 筆者の世代では、『マジンガーZ』の後で、『ゲッターロボ』というのを見ていた。多数の武器を装備した単体のロボットとしては、マジンガーZが極めてしまった感がある。そこで後続のゲッターロボが売りにしたのは、「合体」だ。
「三つの心が ひとつになれば ひとつの正義は 百万パワー」という毛利元就の教えのように、ジョー、ハヤト、ムサシという安易なネーミングの三人がそれぞれのメカに乗りながら、組み合わさってひとつの巨大なロボットになる。特撮ヒーロー物では前例があったが、アニメではこの作品で「合体」という概念が視聴者に植え付けられたのではないだろうか。『釣りバカ日誌』の話ではない(念のため)。
「ゲッター」というのも「合体」をもじっているのではないか、というのは考え過ぎかもしれないが、とにかく毎回の放送が楽しみだった。
 超合金を持っていた『勇者ライディーン』はあまり覚えていないのだが、その次に楽しみだったのは『超電磁ロボ コンバトラーV』だ。
 巨大ロボの平均サイズが18メートルであることを考えれば、これも五つのメカによる合体の結果とはいえ、身長57メートル、体重550トンというデータは規格外といえる。
 ちなみに筆者は、大人気作だった『伝説巨神イデオン』を一度も見ていない。もう見る年齢ではなくなっていた、とは言えないだろう。『機動戦士ガンダム』の第一作、いわゆるファーストガンダムは見ていたのだから。
 ところで、ご存知かもしれないが、ロボットアニメのネーミングには、「ン」と「濁音」を含めればヒットするという法則があるらしい。これによって力強い感じが出るのだとか。
 なるほど、今回あげた上記の作品は、すべてその条件にあてはまっている。筆者はこの話を、ある出版社の編集者から酒の席で聞いたのだが、業界では有名な法則なのだろう。
「エヴァンゲリオンなんて、ヒットするしかないですよ」
 と、そのとき彼は言っていた(ほんとだ、濁音と「ン」が2回ずつ入っている)。
『新世紀エヴァンゲリオン』は、大人気だった時期に、世の中があんまり騒いでいるので、一挙放送した機会に録画して全部見たのだが、筆者としては緻密さに感心こそすれ、ストーリーにはあまりはまらなかった。けど、はまっているように周囲からは思われた。
 実際、劇場版の何作目かが公開されたとき、女友達と吉祥寺の映画館へ見に行っている。でも、それはどちらかというと彼女の趣味であって、筆者自身はどちらでもよく、もちろん巨大ロボの強さにあこがれる年齢はとっくに通り越していた。
 そもそも『エヴァ』のファンはロボットの戦いを見たいのではなく、とくにオタク層のあいだでは美少女キャラクターが目当てだったように思える。それまでの巨大ロボット物とは方向性が変わり、「萌え」の時代に入っていたのだ。まさに「新世紀」である。
 今はどうなのだろう。『仮面ライダー』のシリーズはつづいているようだが、巨大ロボット物は健在なのだろうか。




2018.1.25

第二百八十九回 マジンガーZ 

巷では『マジンガーZ』の新作が劇場公開されているらしい。何で今ごろ? と思いながらも興味があるのだが、見てガッカリする可能性もある。
『宇宙戦艦ヤマト 復活編』がそうだった。キャラクターデザインが大胆に変わった『サイボーグ009』は見に行かなかった。たぶん今回もあれこれ言ってるうちに上映期間が終わり、DVDで見ることになるだろう。が、『ヤマト』や『009』に比べて、『マジンガーZ』を見ていた頃の筆者は幼少だったので、あまり具体的な記憶がないのである。
 ただ、ミサイルをバカにしていたことは覚えている。もちろん現実においてミサイルが恐ろしい兵器であることは言うまでもないが、『マジンガーZ』の世界では、ミサイルといえば脇役ロボットの唯一の武器であり、なんというか、珍しくなかった。マジンガーZの装備している武器が多彩なので、よけいにそう感じたのである。
 また、女性型ロボットも出てきて、バストからミサイルが発射されるのだから、身も蓋もない(原作者が永井豪なのだ)。どっちにしても、子どもの視聴者にとっては、ロケットパンチやブレストファイアのほうが格段に上だった。
 ブレストファイアというのは胸板から放射する超高温の熱線で、『ヤマト』でいえば波動砲にあたる究極の必殺技だが、それを毎回のように惜しげもなく使っていたのだから大サービスだ。
 ロケットパンチは、あの速度では敵の装甲を貫けないと思うが、そんなことはまじめに考えなくてよろしい。
 それと、主題歌の「空に そびえる 黒金の城」というところで、誰が考えたのか、「空に そびえる クロガネヒロシ」という替え歌がはやり、実際に黒鉄ヒロシがそびえ立っている光景をイメージしては笑っていたものだ。思えば安上がりな子どもたちだった。
 しかし「スーパーロボット」と形容されているところからみて、マジンガーZは巨大ロボットもののはしりだったのだろうか(いや、『鉄人28号』があったか)。
 筆者は『鉄人28号』は一度も見たことがないが、その後も『グレートマジンガー』、『グレンダイザー』などは見ていた。でもあまりはまらなかったのは何故だろう。
 これは『ガンダム』にしても同じで、ファースト以外は見る気もせず、実際見なかった。思春期で忙しくなっていたからか、あるいはファーストの完成度が高かったので、それで十分だったからか。そういえばガンダムは、本体以外に武器を「持つ」ことが多かったが、マジンガーZの場合は、これでもかというほどの武器が本体に搭載されているのだからすごい。
 といっても若い人はアニメでも見たことがないだろう。筆者もこの前にマジンガーZの姿を見たのは道場の五階の窓口に置かれていたオモチャで、それ以来はご無沙汰しているのだ。
 マジンガーZの魅力は、「圧倒的」なところだと思う。やりたい放題に街を破壊する邪悪で強大な侵略者に対し、それ以上のパワーで叩きのめすところが爽快だった。
 兜甲児が正義の心をパイルダー・オンしてから時代が流れ、新作ではアニメの技術も進んでストーリーも緻密になっていることだと思うが、それと引き替えに圧倒的な強さによる爽快感が失われていないことを祈る。



2018.1.18

第二百八十八回 冬の公園 

仕事で利用している沿線が人身事故で運転見合わせになった。
 首都圏では珍しくもない。にしても運転「見合わせ」とはオブラートに包みすぎの言い回しではないか。立ち往生のくせに、と思う。
 筆者は早い目に職場に着いていなければ気が済まない方だ。これは道場稽古に出るときも同じで、ストレッチをする時間などを十分に取りたくなる。備えがないと落ちつかない性分なのである。
 だから電車が止まっても余裕はあるのだが、運転再開を待っていられなくてタクシー乗り場に向かうと、同じような立場の人が大勢並んでいて驚いた。が、電車が止まっているという連絡が入ったのか、やがてドンドン来るようになる。
 夕方で道路が混んでいたが、たまにはタクシーに乗るのもいい。通常とは別の目線で街を見ることができた。
 たとえば、道路ごしに見た公園。夕陽が当たってオレンジ色に染まった冬枯れの児童公園で、子どもたちが遊んでいる。
 ジャンパーを着た小学生たち。受験をしない子たちだ。時代は変わったといっても、自分の子どもの頃と同じだった。
 そうそう、小学生だった頃は、学校が終わって、家に帰って、またジャンパーを着て外に出ていったのだ。自転車を飛ばして公園へ行き、「おっ、みんな来てるな」という感じで、遊びに飛び入りしたなあ、と思い出しては、なんだか郷愁を誘われた。児童公園が、放課後の社交場のようなものだった。
 大人になって、公園のそばのマンションに住んでいるときに気づいたのだが、遊んでいる最中の子どもたちは、ときに絶叫をあげることがある。その声ときたら、もう完全にクレイジーなのだ。
 不思議なことに、遊んでいる様子を見て、姿と声が一致すれば違和感はなくなるのだが、声だけ聞いていると、この世のものとは思えない。興奮しきっていて、ギャーッと叫んでいる。なにが起こったのかと思うぐらい異常だ。発している本人は、たぶん気づいていないだろう。あのトリップ具合はすごい。
 公園ではないけれど、筆者が五、六年生の頃、まだ整備されていない裏山のようなところがあって、むき出しの土がけっこうな高さで斜面になっていた。削り取られてできた崖のようなもので、傾斜がきつい。そこを、ダンボールの切れ端に乗って滑るのが面白かった。
 たった一枚の古びたダンボールの破片が、橇になったのである。
 それで友達らと、くり返し遊んだ。ダンボールの前をちょっと折り曲げて掴み、乗っかって滑りおりる。無料のジェットコースターのようなもので、スリルがたまらない。ものすごく面白くて、何度もくり返し遊んだことを覚えている。
 思えば、安上がりな子どもだったのだ。
 それにしても、こんな遊びに無言で興じるはずがない。やはり当時の筆者も、今「クレイジー」あつかいしている子どもらのように、滑りながら叫んでいたものと思われる。




2018.1.11

第二百八十七回 屋外で迎える新年 

2018年がやってきた。先週が年始だったので、これが今年初めての更新になる。
 いささか遅れての謹賀新年だが、去年から今年へと変わる瞬間を、みなさんどのようにお過ごしになったのだろう。
 今年はともかく、一年前といえば、筆者は江口師範や本多先生とご一緒し、お寺のお手伝いにいった。
 大晦日から新年にかけて屋外で過ごすという経験は、実に約30年ぶりのことだった。
 深夜のお寺の雰囲気というのは、「厳か」の一言で、寒いけれど、静かで引きしまった感じがして良かった。
 夜空には星が瞬き、闇が深く、シンといていて、とても東京都の一郭とは思えない。まるで和歌山にいるようだった。
 10時半ごろに着き、2時半ごろまでいたと思う。
 筆者は最初、駐車場で車を誘導する係だったが、自分が日ごろ車に乗らないので、勝手がわからなかった。それに、しばらくはなかなか参拝客が訪れないので、手持ち無沙汰でもあった。
 近所をうろついてみると、まだクリスマスの電飾を残した一戸建て住宅が何軒もあり、洒落たデザインと温かそうな窓の灯がきれいだった。大晦日のその時刻といえば、たいていみんな自宅でテレビを見ているのだろう。
 紅白が終わる前から参詣の客が来て、駐車場はすぐいっぱいになった。
 筆者らは厳寒の中、かがり火を焚いて、卒塔婆を燃やしていった。
 正面の彼方に巨大な集合住宅があり、そのオレンジ色の照明が闇の中できらめくばかりに明るく、派手で、目立っていた。
 空には星が見えた。
 やがて、年が変わった。
 みんなで順番に除夜の鐘をついた。師範の撞いた音がひときわ大きく、響き方もほかの人とまったく違っていた。パワーだけでなく、体重移動やタイミングなど、当たりかたが全然ちがうようである。
 筆者が除夜の鐘を撞いたのは、記憶にあるかぎり人生で初めての経験だった。たいてい大晦日は家の中で過ごしていたから。
 終わってから、お寺の方が、椀に汁を入れてふるまってくれた。おみやげの赤飯もいただいた。無償奉仕のつもりだったので、これは意外だった。
 師範と同じ車に便乗して帰る。国分寺に着いたら3時だった。早朝起きだったので、あろうことか車の中でウトウトしてしまった。
 クリスマスの話でも書いたが、キリスト教でも仏教でも雰囲気はとても厳かで、筆者は日ごろ味わわないそういう空気が意外と好きなようである。と他人事のように記しつつ、最近「厳か」に凝っているのではないかと自分で思いながら、小学生の作文のような今回の文章をしめくくる。




2017.12.28

第二百八十六回 オリエント急行で何が起こったのか? 

 公開中の映画『オリエント急行殺人事件』を見たいのだが、この分じゃどうも行けそうにない。1月の半ばになっても上映していればいいが、そうでなきゃあきらめてDVDを買って見ることにする。
 筆者は映画を見に行くとき、できるだけ事前に情報を得ないように心がけている。そのほうが驚きがあって楽しめるからだ。仕掛けのある作品の場合、うっかりネタバレに接してしまえば最悪である。
 もっとも『オリエント急行殺人事件』については、原作を読んでいるので、犯人を知らされても困ることはない。
 原作を読んだのは中二のときで、この時点でネタバレされてしまった。
 和歌山に転校してから、西宮の友達と長距離電話で話していて、「今、『オリエント急行殺人事件』を読んでいる」ということを言うと、「ああ、それ、知ってる」と呆気なく真相を明かされてしまったのだ。
 いるのである、こういうウジ虫が。法的には処罰の対象にならないが、人の楽しみを奪うというのは、倫理的に許されない行為だと思う。しかもそいつは原作を読んでさえいなかったのだ。
 電話でなければ殴っていただろうか。いや、やはり殴らないかもしれない。ただ、冷ややかな軽蔑を抱くだけだった。ひとつ学んだのは、「推理小説を読んでいるときは人に話してはいけない」ということだ。
 もちろん、そいつとは縁を切った。世界中からゴキブリを根絶やしにすることができないならば、自分がゴキブリに近づかないことだ。
 とにかく筆者にとって『オリエント急行殺人事件』は、そういった苦い思い出のある作品なのである。それでも原作を楽しめなかったわけではない。すぐれた推理小説は、犯人を知っていても面白い。
 今さらだが、筆者は原作者アガサ・クリスティーの大ファンである。
 クリスティーが世に出した名探偵のうち、もっとも有名なのが、エルキュール・ポアロだ。
 シャーロック・ホームズがごくわずかな物的証拠を手がかりに謎を解いていくのに対し、ポアロは人の心から謎解きをする。容疑者に一人ずつ面談し、言動や性格から、その心を分析していくのである。これはミス・ジェーン・マープルも変わらない。
 ポアロを演じた俳優では、なんといってもデビッド・スーシェだろう。誰もが認めるはまり役というか、さすがはイギリスの国営放送、まるでポアロを演じるために俳優になったような人なのだ。
 筆者らが子どものころに上映された『ナイル殺人事件』や『地中海殺人事件』などのピーター・ユスチノフもコミカルでよかったが、ポアロにしては巨漢すぎるようにも思えた。
 今回の『オリエント急行殺人事件』の映画化で、筆者が知っている情報といえば、映像がきれいだという評判と、ジョニー・デップが出ているということぐらいだ。ジョニー・デップがポアロなのだろうか。




2017.12.21

第二百八十五回 聖なる夜に歌う 

 筆者は無宗教で、とくに信仰や戒律などを持たない気楽な立場なのだが、筆者の本名はキリスト教に関係してつけられたらしい。
 つけたのは親ではなく、オババである。
 日曜日の早朝に生まれたので、祖母が病院から帰る途中、教会に立ち寄ったのだという。
 そこは幼稚園から大学まである私立のミッション系の女子校で、附属の教会が日曜日の朝の礼拝をおこなっていたのである。祖母は仏教徒だったが、こういうときはあまりこだわりがなかったのだろう。
 筆者も小学生のころは、友達と暇つぶしに、その教会に入ったことが何度がある。
 入って何をしたかというと、祈りを捧げていた。正確には、祈りを捧げる真似事の遊びをしていたのだが、勝手に入っても叱られなかった。というか、神父さんをはじめ、いつ行っても誰もいなかった。教会というのは、そもそも出入り自由で、立派な建物のわりに開放されているものだと知った。
 古い教会で、木の長椅子は年代物だったし、その列をはさんで真ん中の通路に敷かれた赤いカーペットも色あせていた。が、ステンドグラスを通した光や静謐な空気が、妙に厳かな雰囲気を醸し出していたことを覚えている。
 大人になってからも、ふらりと教会に入ったことがある。たいした理由はない。
 12月24日の朝で、日曜日だった。たまたま通りかかったら礼拝をやっていて、扉が開け放たれていて……誰でも出入り自由だし、話の内容にもちょっと興味があった。
 で、集まっていた人たちと話を拝聴したのはいいが、聖歌の歌詞カードが配られて、歌まで歌わされてしまった。結局、礼拝が終わってから昼のカレーをよばれて、小さな時計までいただいた。ありがたいことである。
 ところで、筆者は中学生のころ、一時的にだが合唱部に入っていたことがある。仲の良かった女の子に誘われたのだ。
「男子の声が欲しい」とか言ってた。彼女はテニス部だったが、かけ持ちで合唱もやっていて、なんでも男の声のパートが足らないのだという。
「オンチだけど」と言うと、よほど困っていたのか、「オンチでもいい」とのことだった。気が進まなかったが、押し切られた形で、筆者は臨時の助っ人として合唱部に飛び入りした。
 で、たしかクリスマス・イヴに、(なぜか)近くの高校の礼拝堂で歌ったのだ。終わってから、皆で撮った写真が残っているので、これはまちがいない。
 賛美歌などを歌った。筆者を知る御人は、どうか想像しないで欲しい。一時的にとはいえ「合唱部の一員として聖歌を歌う筆者の姿」を。
 覚えているのは、この夜の時間がとても厳かで、いかにもクリスマス・イヴという雰囲気に満ちあふれていたことだ。礼拝堂に無数のキャンドルが並び、『諸人こぞりて』などのクリスマス・キャロルをみんなで歌い、最後は『きよしこの夜』で締めくくった。
 こんなにクリスマスらしいイヴがあるだろうか。やはりクリスマスにはキリスト教の雰囲気がよく似合う。




2017.12.14

第二百八十四回 必殺の女殺し屋たち 

 サブタイトルを見て、「またこの話題か」とうんざりする人もいれば、「好きだねえ」と呆れる人もいることだろう。
 学生時代、友人たちとの酒の席で「必殺の殺し屋の中で最強は誰か?」という話題になったことがあった。微笑ましいことこの上ないネタである。
 筆者は月並みに「中村主水だろう」と答えた。殺し技だけではなく、あの冴えない表の顔の裏側に底知れない凄味を感じていたからだ。高校生のころに買った『仕事人』のムック書籍(今でも持っている)に、藤田まことのインタビューが載っていて、「うだつはあがらないが、視聴率はあがっていく」という見出しがあり、まさにその通りだと思ったものだ。
 ちなみに、友人は「おりく」さんだと言った。根拠はない。かりに技倆が匹敵するとしても武器のリーチの差で主水だ、と筆者は言ったが、友人は自説をゆずらなかった。彼はお母さんを亡くしていたので、おりくさんの中に母性を見出していたのかもしれない。  ここで必殺に登場する女性の殺し屋を、思いつくままあげてみる。
『仕事屋』のおせい(草笛光子)は、みずから手を下すこともあったが、どちらかというと半兵衛たちに仕事を依頼する元締としての立場だった。
『からくり人』のお艶は、これも山田五十鈴で、武器も同じ三味線のバチ。特技としてドラマの中でも三味線を弾くことの多い彼女だが、曲は決まって「津軽じょんがら」である。べつに嫌いなわけではないが、山田五十鈴がなぜ「大女優」と言われるのかわからない。貫禄はあるけれど、滑舌など良くないと思うのだが。
 若手といえば、まだブレイク前のジュディ・オングが演じる「とんぼ」もいる。回転するコマを相手の眉間に投げるのだが、若すぎていささか心許ない。
 名前通りの「若」もいる。和田アキ子の唯一の出演キャラクターで、技はなんと、殴打である。ただ何度も拳で殴り殺すのだ。それも白昼。一説には、あれは「空手」という話もあるようだが、いくらなんでも空手ならもっと洗練されている。
 同じ作品の中には、「おばさん(市原悦子)」もいる。最後まで固有名詞は出てこないのか、仲間からそう呼ばれ、エンドクレジットでも「おばさん」になっている。もともと奇をてらった作品なのだ。が、この人の技がまたひどい。刃物を持っていて、相手に体当たりするようにぶつかって刺すのである。後期の中村主水との類似性もなくはないが、それにしても芸がない。このおばさんと若の技は、シリーズ中もっとも泥臭いといっても過言ではないだろう。
 逆に鮮やかなのが、『渡し人』の鳴滝忍(高峰三枝子)である。蘭学をおさめた医者で、水晶のような尖った仕掛け指輪をはめており、キラーンと光って、ひとなぎで相手の頸動脈を切る。高峰氏はもうお年でアクションには難があり、あまり体を動かさないまま手の動きだけで倒すのは、むしろ目立たなくて良かった。
 筆者にとっての一位は、京マチ子が演じる『仕舞人』の板東京山だ。『仕切人』のお国も京マチ子だが、京山のほうが、普段はおっとりとして育ちよさげなのに、殺しの時はクールで無慈悲というギャップが顕著である。これは筆者だけの意見ではなく、人気投票の結果にも表れている。




2017.12.7

第二百八十三回 セブン 

 特撮がいい。なにがって、円谷プロの『ウルトラセブン』である。
 子ども向けの30分番組で、これほどまでに手の込んだ特撮がおこなわれた例は、きわめて珍しいのではないだろうか。
 それも半世紀も前にだ。現在のようにCGを駆使せず、ジオラマも、乗り物や異星人の動き(ヴィラ星人の触手など)も、戦いのシーンも、あくまでも手作りの技なのである。ウルトラ警備隊の基地がある山奥の風景や、「ワンダバダワンダバダ……」といって発進するウルトラホークのロケット噴射や、破壊される街など、かなりの制作費がつぎ込まれているはずだ。
 なぜこんなことを書いているかというと、筆者はこの秋、『ウルトラセブン』のDVDを3巻まで買ったからである。前にもケーブルテレビから録画したものを見たことはあったが、あらためて市販されているものを入手した。1巻に4話収録されているので、13話まで観ることができる。なぜ13話かというと、第12話『遊星より愛をこめて』の回が欠番になっているからだ(その理由は天野ミチヒロさんの著書に詳しく載っている)。
 ともあれ、自分の好みで観たい作品(および異星人)が、この3巻の中に詰まっているので、以降の巻はもう集めないだろう。筆者は第一話のワイアール星人や第9話のチブル星人(一分しか登場しないけど)のような造形が好きなのだ。そして、もちろんエレキング。これは前も書いたように思うので触れないが、素晴らしいデザインだと思う。
 ちなみに、モロボシダンに扮する主演の森次浩司は、後年、必殺シリーズで悪役を演じている。今見ていると「こんな爽やかな青年が……」と思う。
 子どものころに何度か再放送で見ていたのだが、主題歌の歌詞を、「進め火を吐く大怪獣」「倒せ銀河の果てまでも」などと、もじって遊んでいた。「セブン、セブン、セブン」と主人公の名前を連呼する主題歌は、まるで「キチントさん」のようである。そういえばエンディングが作られていなかったのか、DVDに収録されていない。
『セブン』に出てくる異星人のいいところは、あとで巨大化する場合があっても、地球人と等身大で現れるところ。幼い頃の記憶で、夜の街中を走っていく異星人をモロボシダンが追いかけていくシーンがあって、それがどの話なのか気になっていたのだが、第6話のペガッサ星人だった。同じく子どものころ、「テレビの中にいるヴィラ星人」を友達の家で夕方に見たことを覚えているが、そういうものを今になって再確認できるのが嬉しい。
 そして、やはりメトロン星人の回だ。高度な科学を発達された文明をもつ異星人たちの中には、侵略を企みながらも、中立的立場にいると思ったダンには融和をもちかけてくる者もいるが、それが決裂すると、即座に戦いが始まるのだ。アパートが割れてしまうのだからすごい。「彼」が住んでいるボロアパートは、パッと見の築年数から察するに、戦争前から建っているものと思われる。
 そして美しい夕焼けの中での戦い。下町の工場街のシルエットを背景に、大きな夕陽を中央にすえ、ドブ川をはさんで対峙するセブンとメトロン星人。
 川面に浮かぶ細かい塵芥まで描写されている。普通ここまでやらない。実相寺監督が当時の子どもたちに見せた美学は、これほどまでに叙情的だったのだ。




2017.11.30

第二百八十二回 氏村、つづきを書く 

『新仕事人』は主題歌もいい(といきなり始まる。前回のつづきである)。
 秀さんの人気にあやかったのだろう、三田村邦彦が歌う主題歌『思い出の糸車』と、そのB面(死語だ!)の挿入歌『涙の裏側』、ともにいい。
 筆者は昭和の時代にレコードで持っていて、今はCDで持っているが、そんなことをしなくてもパソコンやスマホで聴けるのだから、いい時代になったものである。
 配役がよくて、必殺技が洗練されて、音楽もいいとなれば、もう言うことなしだが、あえて『新仕事人』のマイナス点をあげるなら、古今亭志ん朝によるオープニングナレーションだろう。
『仕置屋』の現代シーンや『仕業人』の宇崎竜童など、これまでにもオープニングナレーションで、たびたび視聴者の意表をついてきた必殺だが、あの早口言葉だけはどうかと思う。「カエルぴょこぴょこ三ぴょこぴょこ」など、こればかりは緊張感がなさ過ぎて仕事人の作品世界に合わないのである。
 だいたい「ええい、めんどくせえ、やっちまえ」とは何事か。命がけで仕事をしているというコンセプトに反するではないか。いつも引き合いに出してしまうが『剣劇人』とはちがうのだ。まあ、どれも似たり寄ったりのナレーションになっていく後期作品より、個性的という意味ではいいかもしれないが。
 筆者が必殺を見始めたころに新鮮だったのは、悪に翻弄される人たちと知り合いになりながら、仕事人たちがそれを助けてあげられないということだった。表の世界では、金も権力も持たない市井の一人でしかないのである。それは仕事人の中で唯一、体制側にいる中村主水も例外ではない。
 仕事人のうわさを聞いた非力な人々に、「ご存じだったら教えてもらえませんか」と頼まれても、「あいにくだが、知らないな」と答えるしかないのだ。もちろん自分が、その仕事人であることなど、明かせるはずもない。
 そして、とうとう死にながら頼まれる。
「この世には、晴らせぬ恨みを代わって晴らしてくれる闇の仕事人がいると聞いたことがあります。どうか、このお金で……」
 とお金を渡して、依頼人は息絶え、そこで初めて「仕事」になるのだ。
 依頼人の悲しみと無念を背負い、なおかつ自分自身がしょせんは人様の命を奪う悪人であるという意識を抱いているところがよかった。桃太郎侍ではない。仕事人が正義の味方のようになっていく後期作品が、どうも物足りなかったのも、その点が欠けていたからだ。
 後期作品による踏襲といえば、もうひとつ。この『新仕事人』から、硬派の秀と軟派の勇次、そして渋い中年の主水がシメを担当するというパターンが確立する。
 視聴率をはねあげた一種の王道パターンといえるのだが、これが村上弘明と京本政樹に引き継がれるなど、以降の作品に影響を与えすぎてしまうという弊害もあった。
 なにより、殺し屋がイケメンでなければならなくなってしまった。ジャニーズで固められた仕事人など、筆者には「全員がひかる一平」に見えてしまうのだが。




2017.11.23

第二百八十一回 氏村、仕事する 

 仕事ぐらい誰だってしている。あえて書いたのは、必殺仕事人ならぬ「必殺仕事人間」つまりワーカホリック化しているこの頃の自分に忸怩たる思いがあるからだ。やらなきゃいけないことが多すぎて、遊びらしい遊びをしていないのである。
 が、それはいい。久々の必殺ネタ、まだ触れたことのない『新 必殺仕事人』について書きたい。
 全55話、一年以上にわたる長期番組で、前作『必殺仕事人』につづいて中村主水、秀、加代がレギュラー出演している。
 殺しの担当では、畷左門に代わって、のちに超人気キャラクターになる三味線屋の勇次(中条きよし)が初登場した記念すべき作品でもある。正確には、中条きよしは必殺のスペシャル番組で、フランキー堺に、なんと逆に吊される役でゲスト出演しているのだが。
 勇次の育ての母として、おりく(山田五十鈴)が、『仕事人』の「おとわ」とは別の役で出ていることには、最初、違和感があった。
 初期は、主水・秀・加代のチームと、勇次・おりくのコンビが敵対しながらも手を組んで仕事に当たるという設定だったのだ。第一話でおりくと会った主水が「おとわの元締じゃねえか」と言わなかったのが不思議である。
 人物設定にも変化が見られる。何でも屋の加代は、はじめは守銭奴ではなかった。
 そしてそして、主水の上司の「田中様」も、登場初期は男らしかったのだ。筆者がリアルタイムで見始めたのは『Ⅲ』からなので、これは意外だった。
 やがては完全にオカマチックなキャラクターになっていく「田中様」だが、どうやら演じる山内としお氏の甲高い声と話し方によって、脚本のほうが影響を受けたとみるのが正しいかもしれない。
 華麗な殺しの代名詞となる勇次の必殺技にしても、初期の頃は制作側が試行錯誤を重ねていたようで、最初から自在に糸をあやつっていたわけではなかった。第一話では、あらかじめ輪っかにして上から落としていた。
 ちなみに、京都太秦の撮影所では、撮影現場を一般公開していたようだ。
 筆者が持っている必殺シリーズの関連書籍によると、勇次の投げた糸がポトッと落ちてしまって、見物客から笑いが起こるので、中条きよしが困っていたとか。そりゃ、あんな技を実際に使えるわけがないのだから、撮影現場を公開してしまうと白けるだろう。秘中の秘にしておくべきで、一般公開などファンサービスにならないのだ。
 それはともかく、この『新仕事人』で、必殺BGMの中でも屈指の名曲、「中村主水のテーマ」が初めて使われている。もちろん主水の殺しのシーンである。この曲は、作曲者の平尾昌晃氏ご自身もお気に入りだったとか。
 筆者も学生時代、まだテープ式の留守番電話を使っていたころ、応答メッセージのバックにこの曲を流していた。中村主水のテーマが流れて、「はい、氏村です。ただいま留守にしています」と吹き込んでいたのである。親しい人へのウケ狙いだったが、就職活動をするようになってやめた。




2017.11.16

第二百八十回 飲食店でバイト 

 筆者を知っている人からは「接客業などできるのか」と思われそうだが、学生時代の四月から七月まで、三か月間だけ飯田橋の居酒屋で働いた。
 個人でやっている小さな店で、カウンターとテーブル席が三つか四つほどだから、忙しいときでも、大きな店のようにてんてこ舞いをするほどではない。
 居酒屋は、渋谷にある大型のチェーン店でもやった。
 これはすさまじく大変だった。喫茶店だとコーヒー一杯で二時間ほどねばってくれるが、居酒屋はビールや料理の注文が後を絶たない。あちこちのテーブルからひっきりなしに追加注文が出されて、めちゃくちゃ忙しかった。しかも、自分も飲みたいのを我慢しながら働くのだから、拷問に近いのである。
 高田馬場の大きな焼肉屋でも働いた。
 飲食店でバイトする動機は、メシ代を浮かせることだった。と言ってしまうとミもフタもないが、食べ物が目的なのである。大きな焼肉屋は、その点、仕事が終わってからご馳走してくれることがあって嬉しかった。
 店長が「たまには食べていきなよ」と言って、あいているテーブル席で焼肉を出してくれるのだ。貧乏学生の身分では気軽に入れない店なので、こんな有り難いことはなかった。  店長がワインをあけるのに失敗し、コークスクリューでコルクをぐしゃぐしゃにしてしまったときも、「あけられるなら、持って帰っていいよ」と言われ、その通りアパートに持って帰って、少しずつ慎重にコルクを引き、ついにあけるのに成功した。それだけで店で出しているワインをもらえたのである。
 パン屋で働いたこともあった。売れ残ったパンを捨てても仕方ないから、バイトがもらえるのだ。
 今から思うと、なんだか浅ましいが、その当時は有り難かった。筆者は菓子パンには興味がなく、サンドイッチが好きなのだが、学生にとってはサンドイッチもけっこう高く感じられたのである。それをタダでもらえるのだから嬉しかった。
 ケンタッキー・フライドチキンでもバイトした。チキンが高いので、あまりをタダでもらうためだ。
 しかし、これはもらえなかった記憶がある。筆者は厨房の担当だったが、もしかしたら店頭で接客するバイト生がもらえて、厨房組はもらえなかったのか、そのあたりのことはあまり記憶にない。たしか、それがバカらしくなって辞めたのだ。
 そのころ『スター・ウォーズ』のシリーズが上映されていて、ケンタでは関連グッズを景品としてつけていた。
 何種類かある景品の中で、ダースベイダーの頭部が、ネジを回すとくるくる回転し、黒いヘルメットがパカッと開いて、中の脳ミソも回っている、というオモチャがあった。
 店長がバイト生の前でそれを実演してみせると、女子高生のバイト生が、回転する脳ミソを見て「かわいー」と言った。
 どこがかわいいんじゃ! と筆者は心の中で思った。
 



2017.11.16

第二百八十回 飲食店でバイト 

 筆者を知っている人からは「接客業などできるのか」と思われそうだが、学生時代の四月から七月まで、三か月間だけ飯田橋の居酒屋で働いた。
 個人でやっている小さな店で、カウンターとテーブル席が三つか四つほどだから、忙しいときでも、大きな店のようにてんてこ舞いをするほどではない。
 居酒屋は、渋谷にある大型のチェーン店でもやった。
 これはすさまじく大変だった。喫茶店だとコーヒー一杯で二時間ほどねばってくれるが、居酒屋はビールや料理の注文が後を絶たない。あちこちのテーブルからひっきりなしに追加注文が出されて、めちゃくちゃ忙しかった。しかも、自分も飲みたいのを我慢しながら働くのだから、拷問に近いのである。
 高田馬場の大きな焼肉屋でも働いた。
 飲食店でバイトする動機は、メシ代を浮かせることだった。と言ってしまうとミもフタもないが、食べ物が目的なのである。大きな焼肉屋は、その点、仕事が終わってからご馳走してくれることがあって嬉しかった。
 店長が「たまには食べていきなよ」と言って、あいているテーブル席で焼肉を出してくれるのだ。貧乏学生の身分では気軽に入れない店なので、こんな有り難いことはなかった。  店長がワインをあけるのに失敗し、コークスクリューでコルクをぐしゃぐしゃにしてしまったときも、「あけられるなら、持って帰っていいよ」と言われ、その通りアパートに持って帰って、少しずつ慎重にコルクを引き、ついにあけるのに成功した。それだけで店で出しているワインをもらえたのである。
 パン屋で働いたこともあった。売れ残ったパンを捨てても仕方ないから、バイトがもらえるのだ。
 今から思うと、なんだか浅ましいが、その当時は有り難かった。筆者は菓子パンには興味がなく、サンドイッチが好きなのだが、学生にとってはサンドイッチもけっこう高く感じられたのである。それをタダでもらえるのだから嬉しかった。
 ケンタッキー・フライドチキンでもバイトした。チキンが高いので、あまりをタダでもらうためだ。
 しかし、これはもらえなかった記憶がある。筆者は厨房の担当だったが、もしかしたら店頭で接客するバイト生がもらえて、厨房組はもらえなかったのか、そのあたりのことはあまり記憶にない。たしか、それがバカらしくなって辞めたのだ。
 そのころ『スター・ウォーズ』のシリーズが上映されていて、ケンタでは関連グッズを景品としてつけていた。
 何種類かある景品の中で、ダースベイダーの頭部が、ネジを回すとくるくる回転し、黒いヘルメットがパカッと開いて、中の脳ミソも回っている、というオモチャがあった。
 店長がバイト生の前でそれを実演してみせると、女子高生のバイト生が、回転する脳ミソを見て「かわいー」と言った。
 どこがかわいいんじゃ! と筆者は心の中で思った。
 



2017.11.9

第二百七十九回 病院でバイト 

 前回は、このブログ始まって以来、もっとも中途半端な終わり方をしたのではないだろうかと自覚している。
 ので、つづきを書く。
 ある大きな大学病院だったが、病室の各ベッドの枕元に医療ガスの噴出口が三つあり、その奥のパッキン(ゴム製の輪っか)を全部外して、新しいものに交換していくという仕事をしたのである。
 これは二日がかりだっただろうか。仕事自体はなにも難しくない。もちろん医学の知識も、医療機器の知識もいらない。
 ただの交換作業である。しかし、テキパキと作業を進めながら大病院のすべての病室を回らなければならない。
 筆者ら友人3人組のほかに、ちゃんと仕事をしているか、監視する役の人もいた。
 医療機器なので、交換していないのにやったとウソをつくようなやつがいると、もしもその医療ガスを使用するような事態になった場合、(大げさに言うと)入院患者さんの命にかかわるかもしれないのだ。
 監視役のバイトの人は、適度に距離をおいて、いっしょに筆者たちの病室巡りについてきた。交換作業よりは楽だが、バイト代はいくらぐらいなのだろうと思った。そういえば、このときの自分たちのバイト代がいくらだったのか、まったく覚えていない。
 監視役は、筆者ら三人の会話には加わらず、どことなく手持ち無沙汰な感じで、その微妙な距離感がなんともいえなかった。筆者らがギャグを話しているとき、ふとを盗み見たら、その人は笑いをこらえていた。
 さて、いささか不謹慎に聞こえるかもしれないが、作業しながら、それぞれの事情をかかえて入院している患者さんたちの様子を見ていくのは興味深かった。
 胃カメラを呑んで戻ってきた若い女性が、同室の人に「もう、二度とイヤ!」と、傷ついた表情で言うのを、たまたま聞いた。
 子どもたちの病室では、筆者らの作業を見て、「力がいる仕事なんだよ。ボクシングみたいにさ」と、ほかの子に語っている子がいたが、もちろん甚だしい誤解である。
 また、ある病室では、ベッドに寝ているおじいちゃんが、看護婦さんに「ソバが食べたい」とおねだりしていた。それも一般的な「○○ソバ」というメニューではなく、「ナントカがこうなっていて、何々がどうなっていて」と、ややこしい注文をしている。
 看護婦さんの仕事ぶりは、見るからに忙しそうだった。そんな中で無理して老人の話を聞いてあげているのが、はた目にもわかったし、ジジイの言葉には甘えもあったので、筆者の印象としては、気の毒なのは看護婦さんのほうだった。が……。
「そんなソバ、知りません!」
 看護婦さん、ついにキレた。その瞬間に立ち会ってしまった筆者としては、よほど忙しかったのだと思いたい。看護婦さんはドアの前で振り返ると、大声で言った。
「ソバ屋じゃねえんだよッ!!」




2017.11.2

第二百七十八回 アルバイトあれこれ 

   突然で恐縮だが、これまでにいくつ、そしてどんなアルバイトをしてきたか、思い出してみた。
 初めてのバイトは、単発で入ったどこか(たしか神奈川あたり)の工場だった。ベルトコンベアで流れてくる什器のケースに部品を入れていくという流れ作業で、やったのはわずか二、三回だけ。筆者は十九歳だったが、日払いでお金をもらったときは感激した。
 単純作業だから、特別な技術は必要なく、筆者のようなド素人の学生にもできる。どんどん部品が流れてくるので見逃してはいけないが、慣れてくるとじっくり考え事ができて、なかなかいい仕事だった。
 訪問販売の経験もある。これは筆者にはまったく向いていなかった。売れても嬉しくないのだから、モチベーションもなにもないのだ。
 友人の紹介で、ある大きなホテルのボーイもやった。これも苦痛でしかなく、適性がないと自覚すること甚だしかった。はたから見ても、筆者のボーイ姿は、まったく似合っていなかったと思う。
 ほかに思いつくかぎりあげていくと、交通量調査。道路脇に座ってカチカチとカウンターを押していくやつ。これは楽だった。
 筆者の高校時代の友人は、大学生のときにこの交通量調査のバイトをし、暇なので山の中に(彼は地方の大学に進んでいた)入って仲間と遊び、もどってからテキトーにカチカチ押しておいたと言うが、そんなやつに任せた雇い主も気の毒である。
 話を筆者に戻すと、道場の紹介で肉体労働も何度かやった。単発の仕事である。夕方までで七千円ほどくれるので、手に職のない学生が手っ取り早く日銭を稼ぐにはもってこいの仕事だった。
 具体的な内容は忘れてしまったが、なにか荷物を運んだ記憶がある。午後2時ごろに仕事が終わっても、規定のお金をくれたので嬉しかったことを覚えている。
 学生時代ではなく、新卒採用された企業をやめた後のプー太郎(死語か)期間でのバイトだが、なにか工場の地下で検査する仕事もした。放射線検査の部屋にも入ることになり、微量だが放射線を浴びることになるのが嫌ですぐ辞めた。
 饅頭工場でも二か月ほど働いた。これもすぐ辞めたが、若い人の少ない職場だったので、ごく数人の若者たちで集まり(当時は筆者も若者だった)、休日にカラオケに行った。
 ブラック企業の派遣会社で一か月だけ働いたことは、このブログで前に書いた。
 こうやってふり返って見ると、単発か、短い期間で色々やっていて、あまり長続きしていない。とりあえず当座の金が欲しくてバイトしていたようだ。
 長期間でいえば、家庭教師のバイトもした。いささか頭の固い女の子だったが、秀才には違いなく、現役で東大に合格した。
 変わったところでは、ある大学病院で医療機器のパッキンの交換をしたこともあった。
 友達の紹介で参加したのだ。その友達らと三人組になって、病室をすべて回っていくのである。
 



2017.10.26

第二百七十七回 ベンとオルカ 

 子どものころに観た映画が今になっても鑑賞できるというのはありがたいことだ。
『ベン』のことは久しく忘れていた。それが先月になって発売されたので買った。
 テレビの洋画劇場では、二、三回観たのを覚えているが、『ウィラード』という題名は完全に忘れていた。
『ベン』という映画で、続編が『ベン2』だと思い込んでいたのだ。実際は続編が『ベン』だった。
 ウィラードというのは主人公の名前で、ベンというのは、彼がつけたネズミの名前である。
 ウィラードは会社では上司に叱られ、家では母の小言にうんざりしている。というと、中村主水みたいだが、主水とちがってコミカルな調子では描かれない。深刻に懊悩する。
 さらに主水とちがって金で「仕事」を引き受けるのではなく、私怨で上司を殺す。
 武器はネズミである。ソクラテスと名づけて可愛がっていた白ネズミを上司に殺された復讐で、ベンとともにネズミの群れを使って、上司を襲わせるのである。
 ベンは体が大きく、人語も解する高い知能をもったネズミで、何百匹ものネズミの大群を統べるリーダーでもある。
 面白いのは、目的を果たした後、ウィラードが、ベンを邪魔に思い始めることだ。
 餌代もバカにならないし、それこそ「ネズミ算式」に増えていくので、自宅の地下室でも飼いきれなくなり、さらに「感情的に」決裂していく。
 筆者は『ウィラード』がリメイクされていることも知らなかったが、これも観た。リメイク作のほうが細かく描かれていてよかった。
 ちなみに、続編の『ベン』は、子どもが飼い主になっている。この少年は最後までベンを見捨てないところが前作のウィラードとのちがいである。
 ネズミという動物は、ハツカネズミやハムスターも含めて、小ぶりの場合は可愛らしいのだが、ペット以外で見かけるものが気持ち悪く感じるのは、やはり棲息環境が不衛生だからだろう。ドブネズミといって下水道にいるぐらいだ。
 さて、汚い話で恐縮だが、筆者が通りすがりに見た光景を。
 以前、国分寺北口のある通りで、電柱の下に酔っぱらいが残したらしい吐瀉物が干からびており、それを小さなドブネズミが夢中で齧っているのを見たことがある。
 そんなものからでも栄養を得ようとする生命力が涙ぐましいが、それを通りかかった幼児が、しゃがんで一心に見つめていた。
 幼児にとっては興味津々なのだろう。そばにいたお母さんが、「やめなさい!」とヒステリックなまでに声を荒げていたのも無理はない。自分の子どもが「汚いもの×汚いもの」に近づいていれば、誰だって離したくなる。
 そんな嫌われ者のネズミでも、ミッキーという愛称で呼ばれ、二足歩行に着衣という擬人化がほどこされると、世界規模でのアイドルになるのだから不思議である。
 それにしても、最近このブログのサブタイトルがいい加減になってきている。今回、オルカのことはまったく書かずじまいだった。




2017.10.19

第二百七十六回 オルカとベン 

 前回から派生して、また(人間以外の)動物の感情の話である。
 以前、筆者は動物パニック映画が好きだということを書いたが、その中でも異色なのが、『オルカ』と『ベン』だ。
 通常、『ジョーズ』や『グリズリー』などの動物パニック映画では、動物が人間を襲い、それに恐怖したり戦いを挑んだりする人間側の視点で描かれている。
『オルカ』はなにが異色かといって、シャチの視点も入っているのだ。
 ただ食うために人を襲うのではなく、妻と子どもを殺された雄のシャチが、かたきの人間に復讐する過程を描いた物語なのである。げんに最後、かたきに対して、シャチは噛むことさえせず復讐を遂げる。
 筆者は中学生の頃、テレビの洋画劇場でこの映画を観て好きになったが、ビデオのソフトなどは発売されていなかったので、一回観ただけで我慢するしかなかった。
 それでも映画のパンフレットを手に入れ、サントラのレコードを買い、図書館で小説版を借りて読み、映画の場面の絵を二枚描いて「進研ゼミ」の表紙募集に送った(そして二枚ともボツになった)という過去がある。それほど好きな映画だった。
 大人になってからは、DVDを買おうと思っていたのだが、ジャケットの写真が悪すぎた。なにを考えてこんなシーンを使っているのかと疑うほどで、購入をためらっていた。
 が、三か月ほど前に新装の廉価版が発売され、それがポスターやパンフレットと同じデザインだったので、ここぞとばかりに購入して、ようやく鑑賞できたのである。
 観るのは中学生のころ以来だった。はじめのほうで、シャチという生きものの説明がうまくまとめられている。大脳のしわが人間より多く、胎児には(ヒレになる前に)五本の指もあるというあたりは、中学生のころにもショックだったことを覚えている。
 海の中の食物連鎖で頂点に立つシャチだが、黒と白の色合いが愛らしく、知能も高くて人になつくので、酷薄な印象のホオジロザメとは対照的である。
 ちなみに、二、三か月ほど前のニュースだが、南太平洋でシャチがホオジロザメを襲いだしているという記事を見た。クジラを相手にするよりも危険だと思うが、サメの肉の味を覚えたのかもしれない。
 映画の『オルカ』に話を戻すと、まず音楽がいい。冒頭、夕焼けの海でシャチがジャンプするシーンをはじめ、何度か流れる叙情的なメロディーが、この作品が普通のパニックものではないことを表している。実際、観客が感情移入するのは、ノーラン(人間)ではなく、主人公(?)のシャチのほうだろう。
 水族館にシャチを売ろうとして銛を放ち、雌を殺してしまったノーランが、雄のシャチに追いつめられていくくだりもいい。銛がかすめて欠けた雄の背びれが、行く先々で現れる。陸上にいれば安全だろうと思いきや、シャチは丘の上のガスタンクまで爆発させる。ノーランは町の人々から顰蹙を買い、海に出なければならないように迫られていくのだ。
 これはオールタイム・ベストに入る筆者の偏愛の映画だが、サブタイトルであげた『ベン』については書けなくなってしまった。




2017.10.12

第二百七十五回 動物たちの感情 

 前回書いた「メロン」の男気で思ったのだが、小鳥の脳などというものは、あの頭の大きさからもわかるように、ひいき目に見ても、ほんの大豆ぐらいのサイズでしかないだろう。
 しかし、小鳥はなつく。可愛がられていることを感じ取って、それに反応する。
 意地悪な言い方をするなら、それは「ほかに考えることがない」からだ。
 小鳥に「哲学」はない。人生の目標や、受験や恋の悩みや、形而上の思索などはない。本能のおもむくまま、餌の心配をするほか考えることはないだろう。
 だからこそ、純粋だともいえる。飼い主に対して一途である。
 ペットというのは、飼い主がすべてなのだ。飼い主が学校や会社にいっている間、彼らは孤独にその帰りを待っている。
 動物にとって、飼い主が自分に声をかけてくれたり、いっしょに遊んでくれたりする交流の時間が、宝物のように貴重なのである。家にいる飼い主が、本を読んだりテレビを見ていたりする時間も、自分にかまって欲しいにちがいない。
「愛の反対は、憎しみではなく、無関心だ」というのはマザー・テレサの言葉だが、無関心というのは、生きものに対して絶対にやってはいけないことだ。飼われている主人に関心を向けられないペットほど不幸な動物はない。
 そこで思うのは、いったいどの程度の生物まで、感情を持っているのだろうか、ということだ。程度というのは、身体の構造の複雑さについてである。
 哺乳類や鳥類には確認できた。あの無表情な爬虫類にも、どうやらあるようだ。好奇心まで持っているのだから、なんとなく愛らしい。
 両生類は確かめていないが、前に読んだ生物の本の著者が、感情は「腸」から発生するという面白い意見を発表していた。それが真実だとすると、カエルやサンショウウオにもあることになる。
 昆虫は、機械みたく動いているだけのように思えるが、スズメバチなどは巣に近づいた者に歯を鳴らして威嚇するし、樹液にたかる邪魔なカナブンを吹っ飛ばしていたりするので、怒りの感情は垣間見える。
 カブトムシも怒っているのを見たことがある。どうやら大型の昆虫には感情があるらしい。悲しみや楽しみなど、さらに発達した情緒までは知らないが、少なくとも「怒り」や「恐怖」といった、種の保存に直結する感情はあるようだ。
 もっと小さくなって、アリンコなどはわからない。あるとしたら、怒りぐらいではないか。
 どのみち、筆者がここで書いていることは、なんら科学的な裏付けがあるわけでなく、自分の観察と考察を根拠にしているにすぎない。
 余談だが、筆者が帰省したとき、妹が、オムライスをおおっている玉子に、ケチャップで「メロン」と書いていた。
「死んだ鳥の名前を書いてどうする」
 と言うと、妹は怒った。
 そう、人間こそ感情の動物である。
 



2017.10.5

第二百七十四回 メロンが消えた日 

 メロンというのは果物のことではなく、ずっと昔、うちで飼っていた小鳥の名前、つまりセキセイインコの固有名詞である。
 筆者が中学生だった頃だ。妹は小学生だった。その妹の誕生日プレゼントとして小鳥が求められ、買われ、飼われたのだ。
 買いに行ったとき、妹はいなかった。筆者と母でペットショップに行った。金網の鳥かごの中でたくさんひしめき合って鳴きまくっているインコたちの中で、その一羽だけが、ひときわ目立っていた。
 色が特別だったのだ。頭だけ黄色っぽく、あとは果物のメロンの果肉を想わせる淡い緑色で、顔に斑点はない。その薄緑がほかに見たことのない、きれいなパステル調だったので、
「あれがいい」
 と言って、筆者が選んだ。
 ただし、「メロン」という名前は妹がつけた。色が似ているという、そのまんまの理由だろう。
 黒い目が愛らしいメロンは、母と妹によく可愛がられた。
 うちに来たときはまだ幼かったが、3度の引っ越しにもついてきて、14、5年ほど共に暮らしていた。これはセキセイインコの寿命としては、平均の倍で、ほぼ最高齢といっていい。
 その間に筆者は上京して大学生になり、さらに社会人になった。
 ある日、留守番電話に、妹から一言だけメッセージが入っていた。
「メロン……逃げた」
 声をつまらせたような一言だった。
 かけ直して詳細を聞いてみると、メロンは鳥かごから脱出して、マンションのベランダから道路をはさんだ林の中へ飛び去ったらしい。
 妹がベランダからメロンの名を呼ぶと、そのたびに、林から「ピーッ」という鳴き声が返ってくるという。そのくせ我が家に戻っては来ないのだ。
 思うに、メロンは自分の死が近いことを知っていたのだ。まもなく寿命が尽きることがわかっていた。
 そして、死んだ姿を、どうしても母や妹に見せたくなかったのではないか。なぜって、これまで可愛がられていたから。
 だから無理してでも、かごから脱出した。死骸を見せて妹たちを悲しませないために。
 メロンは羽根を処理されて、自由に飛べるわけではなかった。かごから出した時も、ホバリングしていたのを覚えている。その不自由な羽根で道路の上を飛びこえていったのだ。
 ずっと飼われていた鳥だから、逃げたところで餌など自分で得られないだろうし、得るつもりもなかったのかもしれない。誰にも見られていないところで、ひっそりと死にたかったのだろう。
 このような、べつの種の生きものが、飼い主に対して最後に決死の覚悟で見せる優しさや男気(メスだったが)は、たしかに存在する。




2017.9.28

第二百七十三回 わからない飲み方 

もうずいぶん前のことになるが、渋谷の一風変わった店で、高校時代の友人と飲んでいたことがあった。
 どのように変わっているかというと、二階が座敷になっていて、仕切りも椅子もなく、畳の上に座って鍋をつついて飲むのである。十畳ほどの広さのアットホームな座敷で、客は九組ほど入れたと思う。
 筆者らは、話が大いに盛りあがっていた。ネタは忘れたが面白い話をしていたことは覚えている。が、ふと周囲が静かになっていることに気づいた。
「ちょっと待って」と言って、筆者は試しに口を閉ざし、相手にも黙ってもらった。すると思ったとおり座敷全体がシーンとなった。つまり、そこにいたほかの客たちが、みんな筆者らの話を聞いていたのである。ちなみに声量は平均的なものだったと自覚している。
 沈黙に気づいて、ほかの人たちも徐々に話し始めたのだが、筆者はこれがわからないのだ。自分たちで飲みに来ていながら、なぜ他人の話に聞き入っているのだろう。
 一人ならわかる。店でほかの客の話を聞いてしまうことは筆者もある。しかし、親しい仲間といっしょに飲みに来たのなら、自分たちで会話すればいいじゃないか。
 以前、ファミレスで若い男性二人が黙り合っていて、互いに気まずくなったのか、片方が「なにか話せよ」と言うのを聞いたことがある。
 面白い言葉だと思った。筆者も多弁なほうではないが、誰かと店に入ったら話はする。が、その二人は、とくに話すこともないのに連れているらしい。一人で食事していると「ぼっち」だと思われないか、不安なのかもしれない。
 だから、とにかく誰かといっしょにいたがる。そのくせ、どちらも発信するものを持っていないから、間が持たないのだろう。
 筆者がサラリーマンだった頃、同僚に誘われて飲みに行った店で、マスターが延々と話しているのを聞いたこともあった。同僚はそこの常連客になっているらしい。
 おかしな状態である。自分たちで飲んでいるのに、その時間はマスターが主体なのだ。まるで寄席でも聞きに行っているようではないか。サラリーマンの飲み方では珍しくないのだろうか(筆者は二度と行かなかったが)。
 これも会社勤めをしていた頃、筆者と同僚の男性一名、女性一名の三人で焼肉を食べに行ったときのことだ。そこの店長が筆者らのテーブルに来て、肉を焼いたり説明をしたりしながら、ずっと会話に入ってくるのである。
 なかなか立ち去りそうにないので、筆者は、自分たちだけで食事したいから参加しないでくれという意味のことをハッキリと言うと去っていったが、その人にとっては、それが「サービス」のつもりだったのかもしれない。
 筆者はそのような店側の出しゃばり方が嫌いだし、おとなしく話を拝聴している同僚たちの感覚も理解できなかった。
 あるいは、それが一般的で、筆者が排他的なのだろうか。とにかく、世の中、「受け」側の人の方が多いことはわかった。
 



2017.9.21

第二百七十二回 思い出の地方CM 

「ぐっと噛みしめてごらん。マーマの温かい心がぁ」
 いきなりテレビの画面に赤ん坊の顔が大アップで映って、もの悲しいメロディーが。
「お口の中に、しみ通るよー。……パールナス」
 チャララララ、ズッポンポン、ズッポンポン(間奏。ここでメロディーが変わる)。
「甘いお菓子の、お国、のたより」と切り絵調のアニメーションが展開し、「おとぎーの国のローシアのー、夢のお橇ぃがー運んでくれたー」
 ロシアは「おとぎの国」だったのかと思っていると、
「パールナス、パールナス、モースクワー、の味」
 あとはメーカー名の「パルナス」を連呼。
 筆者が子どもだった頃の日曜日の朝、『いなかっぺ大将』などの朗らかな番組を見ていて、その合間に流れる、この哀調を帯びた旋律のコマーシャルは異様だった。
 しかも長い。1分ぐらいある。その長さとメロディーと切り絵のアニメによって、相当にインパクトのあるCMとなり、記憶に残ることになった。たぶん一生忘れないだろう。
 この『パルナス』のCMは、関西圏にかぎられた放送だったらしい。
 筆者は小学生時代、和歌山から西宮へ引っ越しているが、西宮や神戸などの阪神地域では、サンテレビという地方局があり、偶然にも「サン」という店のCMがよく流れていた。
「雨が降ってもサンサンサンー、風が吹いてもサンサンサンー」
 これもアニメーションを使ったCMで、サラリーマン風の男性が、雨にも負けず傘を差して進み、逆風の中でもやはりある方向に目的意識を持って向かっている。思わず注目していると、
「ブルーライトさー、ミッドナイトさー。あなたは、わたしの宝」
 さっきのアニメのおっさんが女性とおどっていた。なんのCMかと思ったら、大阪のキャバレーだったのである。ようするに、アニメのおっさんは、雨の日も風の日もキャバレー「サン」に通っているということらしい。
 子どもが見る夕方の時間帯でも、サンテレビでは、十三の「お姉ちゃん」や京橋の「グランシャトー」など、よくキャバレーのCMが流れていた。
 一方、テレビ和歌山では、アニメどころか不動画像のCMが多かった。予算の都合だろう。よく覚えているのは、なにかの信用金庫で、
「銀行よりは、高いです。でも、銀行と同じくらい、信用ができます」
 と、ゆっくり語るCMがあり、子どもゴコロに考えたものだ。
(銀行よりも高い。銀行と同じぐらいの信用。……それなら銀行のほうがいいのでは)
 それと、これもテレビ和歌山で、和歌山の銘菓「那智黒」という飴のローカルCMがあった。
 もともと那智黒というのは、紀州南部の那智で取れる黒曜石のことだが、ここでは黒糖を使った同名の飴をさしている。そのCMで、老婆と黒人男性が並んでおどっていた。
 和服姿の老婆が「いえい、いえい、なちぐろ!」と言い、その横で黒人男性がリズムを取りながら、「HEY! NACHIGUーRO!」と言う。
 このCMは、やがて放送禁止になった。




2017.9.14

第二百七十一回 和歌山ラーメンの店 

外食産業でラーメンの店は人気だ。うどんやそばの店より、あちこちにある。それだけ客が入るのだろう。カロリーが高いほうが人気が高いということか。
 マスコミが取りあげる有名店もあり、たいてい店の人が手ぬぐいを頭に巻いて、腕組みなどしている写真が、お決まりといっていいほどよく使われている。
 ラーメンのベースとなるスープの中では、筆者なら醤油味が一番好きで、二番目が塩味だろうか。喜多方ラーメンなどが好みだ。
 そう、喜多方とか札幌とか、博多ならとんこつとか、地方で食されている有名なラーメンがあるが、和歌山ラーメンというのはいつ頃から言われ始めたのだろう。
 筆者は和歌山市の生まれだが、正直、聞いたことがなかった。もちろん、ラーメン屋さん自体はあちこちにあった。
 地元で暮らしていたのは、小学4年生までだ。が、少なくともその時点では、和歌山ラーメンなど知られていなかったはずである(メディアに取りあげられなかったという意味)。それが今ではインスタントラーメンにまでなっているのだ。
 スープはどうやら「とんこつ醤油」味らしい。
 で、興味が出て、帰省時に一度食べに行ったことがある。
 検索してみると、店名に「丸」の字がつく店が多かった。なぜ、ラーメンだと「丸」なのだろう。
 これは和歌山にかぎらない。東京でも国立に「丸信」という店があった。もうつぶれてしまったけど、正統派の中華そばという感じで好きだった店だ。
 話はそれたが、和歌山ラーメンで有名なある店は、その昔、スープの使い回しをしていたことを従業員が告発して世間に知られてしまったという過去がある。今でも行列ができているそうだが、むろんそんな店には行かない。店の名前は出さないが、行ったのは「丸」がつくべつの店だ。
 筆者は、どれほど美味しくても、行列に並んでまで食べたいとは思わない。戦時中の配給じゃあるまいし、行列に並ぶぐらいなら一食ぬくほうがマシだと思っている。
 だから混んでいない時間、正確には開店してすぐの11時20分に店に着いたのだが、驚いたことに、駐車場にはもう何台も車が止まっていた。
 メニューはシンプルで、中華そばとチャーシュー麺だけ。あとは、その大盛り。メニューが少ないのは、むしろいいことだと思う。テーブルには、ゆで玉子と寿司があった。
 店内は客席より調理場のほうが広く、仕事はしやすいだろう。ただ、とんこつの湯気がもうもうと立ちこめていて、においが凄まじかった。
 味は、最初は美味しいと思ったが、やがて濃すぎにも感じられた。麺は細い。濃い正統派という感じで、美味しいことは美味しいが、そんなに有名になるほどとは思わなかった。
 11時台なのに、客はひっきりなしにきていた。昼時はもっと混んで、行列ができるらしい。
 よく「行列ができる○○」という言葉があるが、あれは宣伝文句になるのだろうか。筆者などは、「じゃあ、やめておこう」と逆に引いてしまうのだがな。




2017.9.7

第二百七十回 映画『忍びの国』と『関ヶ原』 

この夏に公開した映画、『忍びの国』と『関ヶ原』を観てきた。
 同じ時代劇とはいえ、系統のちがう映画を比べるのはナンセンスだが、それを承知でいうなら、『忍びの国』はアタリで、『関ヶ原』はハズレだった。
『忍びの国』は、仕事で会議があり、それが予定より早く終わって、夕方までの時間をつぶすために近くの映画館に入って観た。つまり最初から観に行くつもりではなかった。ちょうど時間的に合っていたのが、ジブリの『エミリと魔女の花』と『忍びの国』だったのだ。
 当然、前者を選ぶはずもなく『忍びの国』を観たのだが、これが問答無用に面白かった。スタイリッシュで斬新で、息つく暇もなく、時代劇になれていない観客でも楽しめると思う。
 ただひとつ難点だったのは、主演のふっくらした俳優さんで、もっとカッコいいキャスティングがあったのではないか、と思った。
 筆者は知らなかったが、後になって彼がアイドルグループ「嵐」のメンバーであることがわかったのだが、現在の必殺シリーズにしてもジャニーズが介入することで引いてしまう筆者は、それだけが納得できない点であった。
 一方、『関ヶ原』だが、脚本でいえばこれは格段に落ちる。
 まず、堅苦しい。加えて合戦にいたるまでの家康と三成・両者の思惑や葛藤、政治的な駆け引きなどがほとんど描かれていないので、クライマックスの合戦シーンが活きないのだ。
 これでは、なぜ戦うことになったのか、わけがわからないだろう。関ヶ原の戦いを描きながら、物語の中でそれを伝えられていない映画は駄作と言われても仕方がない。
 それに、小早川が徳川軍の発砲を受けて寝返るという、関ヶ原の合戦でもっとも盛りあがるシーンがなく、三成が死ぬ前の有名なセリフもなかった。
 監督が自分の個性を出そうとするにしても、歴史モノなのだから、押さえるべき史実は押さえるべきだ。
 だいたいにおいて、セリフが早回しである。セリフとセリフの間隔も短い。なにを言ってるのか聞き取りにくいところもあった。現実の会話なら、もっと「間」があるはずだ。二時間半におよぶ長尺の映画だが、それでも詰めこみたい情報量が多すぎたのかもしれない。
 それでなくとも、脚本は稚拙だったと思う。家康を暗殺しようとする刺客が、わざわざ「殿ッ」と呼びかけ、自分の存在に気づかせてから、刃物を差し向けて突っ込んでいくのだ。現実の暗殺者なら、ひっそりと近づいて、ズブリといくだろう。
 三成の視点に立った映画だから、家康が悪者に描かれているのはわかるとしても、東軍についた加藤清正や福島正則などの強い武将にも貧相な俳優さんがあてがわれているのがあざとく、そのくせ島左近の凄味も出ていない。
 それから、「叫ぶ演出」が連発するのも白けた。なにかことあるごとに、もう叫ぶ叫ぶ。現実の世界では、そんな感情的でうっとうしい人間は、まず相手にされないはずだ。
 ほかの人は知らないが、筆者などは叫ばれると、かえって鼻白んでしまう。本当に重要な主張なら、語調の勢いで圧倒しようとするのではなく、できれば「論理」で納得させて欲しいものだ。
 



2017.8.24

第二百六十九回 ハワイへ行ったのだ 

 そうだ、ハワイへ行ったことがあったのだ、と前回の終わりのところを書きながら思った。
 筆者は、これまでに3回しか海外に出たことがない。たった3回である。これは世間の平均よりも目立って少ないのではないかと思う。
 ハワイはその数少ない経験の一回で、しかも社員旅行だった。サラリーマン時代に、給料から自動的に積み立てられていた金で、同じ会社の人たちと行ったのである。
 当時、筆者は二十代の半ば。行動は、ほとんど同期のメンバーと共にした。同じように若い同期入社の男女とワイワイ言いながら、南の島で遊ぶのは面白かった。
 日本とアメリカのほぼ中間点、太平洋のド真ん中に位置している島は、偏西風の影響で、暑いけれどジメジメしていなくて、気候も快適だった。
 アメリカに行った人は感じることだと思うが、食べ物のサイズが大きく、たとえばホットドッグなんかでも、太いソーセージがパンの中に収まりきらず、端からはみ出しているのである。
 食べ物だけでなく、魚も大きい。街中を流れる放水路のようなところに、三十センチほどの魚影を見かけ、同期の一人が「なに、あれ!」と騒いだので驚いて潜っていったが、それはなんとハリセンボンだった。
 ワイキキの海は、有名なわりにそれほどきれいではなかったが、それでもウミガメがいた。
 海に潜っていた筆者は、水面に顔を出したタイミングで、ウミガメとはち合わせた。目の前の海面が盛りあがったかと思うと、真正面からウミガメが顔を出したのだ。これには驚いた。
「おい、ウミガメがいるぞ!」
 と、浜辺に戻って、日に焼いている同期のメンバーたちに知らせた。
 そのあわてた顔がおかしかったのだろう。地元のおばさんが横を通りながら筆者を指さし、
「His face is funny.ho-ho-ho!」
 と笑って通りすぎていったので、同期のみんなも爆笑した。
 ちなみに爆笑していた一人は、それから地元の男性に海を指さしながら話しかけられ、英語の意味は理解できないものの、ウミガメのことを言われていることだけはわかり、外国人の抑揚を真似て「おお、ウゥーミガァーメ!」と答えていた。まごうことなき日本語である。
 夜、「ロブスターでも食いにいこう」と言って、晩飯に出かけた店でも、筆者が食後に、普段は飲まない「チチ」という白いカクテルを注文すると、ウエイトレスが「Hann!」と鼻を鳴らしたので、みんな笑った。チチをたのむというのは恥ずかしいことなのだろうか。ちなみに、ハワイだからブルーハワイも飲んでみたけれど、薬っぽい味で意外なほど美味しくなかった。
 それにしても、ハワイは地元の人たちがのんびりしていて、いいところだった。たとえば一人乗りでドアのない可愛らしいパトカーを見かけたので、カメラを向けると、サングラスをかけたお巡りさんがピースをしたりする。日本ではあり得ないだろう。
 ホテルの向かいにある高層マンションでは、夕方、老夫婦がバルコニーでテーブルを挟んでビールを飲んでいた。なんかいい。余裕のようなものを感じるのだ。
 そういえば、長らく旅行をしていない。自然の中に行っていない。夏だというのに、ビルに囲まれて日々を送っている。いかん、何とかしなければ。というわけで何とかする。




2017.8.17

第二百六十八回 ダイバーズウオッチを買った日 

 高校生のころ、親が腕時計を買ってくれた。それまで使っていたものがあまりに貧弱で、でもそれはそれで筆者は気に入っていたのだが、ほとんど玩具と変わらない簡易な時計だったので、見かねたのかもしれない。
 金をもらって時計屋さんへ行った筆者は、ダイバーズウオッチを選んだ。
 3万5千円するゴテゴテした銀色の腕時計だった。値段を覚えているのは、それが大きな買い物だったからだ。
 ついでに、時計屋のおじさんが「揉み手」していたことも覚えている。両の掌を上下に合わせてモミモミするやつである。ドラマの中だけの演出だと思っていたので、「揉み手って、実際にあるんだ」という驚きがあった。
 とにかく新しいダイバーズウオッチを左手首に巻くのは嬉しかった。
 時計の好みは、小さめの小綺麗なものや、大きめのゴテゴテしたものなど、人によって分かれるところだが、筆者などは後者で、それもアナログにかぎられる。
 で、買ったその日に、友達に声をかけて川へ泳ぎに行った。なにしろダイバーズウオッチである。生活防水ではなく、水中に潜っても大丈夫な完全防水なので、さっそく腕時計をしたまま水に潜ってみたかった。
 向かった先は、奇絶峡(きぜっきょう)という場所。
 和歌山南部だから、海に出る方がはるかに近いのだが、この日はなぜか自転車を飛ばして川をさかのぼっていった。
 その名も恐ろしげな「奇絶峡」は、市街地から、およそ10キロほど山に入ったあたりにある。
 いちおう、観光地ということになっているらしいが、いつ行っても観光客など見かけたことはない。今だと、当時よりも開けているのだろうか。
 あるいは、筆者たち地元の少年が遊んでいたのは、なにかを「観光」するようなスポットではなく、ただ水遊びを楽しむだけの岩場だったので、そんなところに足を運ぶ観光客はいなかったのかもしれない。
 川遊びは面白かった。奇絶峡は、たしかに奇観で、山を流れる渓流が幾多の巨岩によって阻まれ、その巨岩を縫ってきれいな水がほとばしっている。この流れを下っていくと、市街を流れる会津川という川になって、太平洋に注ぎ込むのだ。
 巨岩は、乗用車やトラックほどのものが、まるで放り散らかされたように無造作に重なっており、その隙間をごうごうと流れ落ちる清流は、けっこうな勢いがあって、長い時間遊んでも飽きなかった。
 水に潜って、水中メガネごしにのぞくと、澄みきった清流の水を透かして、この日に買ったばかりのダイバーズウオッチの文字盤がはっきりと見えた。
 高校2年の夏だった。それから、このダイバーズウオッチをつけたまま、白浜や日置や湯浅や都津井など、和歌山のいろんな海で潜りまくった。ときには九十九里浜やハワイでも。
 だけど、買ったその日に潜った奇絶峡での感激は忘れられない。




2017.8.10

第二百六十七回 怪奇、見世物小屋の夜! 

  夏といえば、お化け屋敷である。子どもは、あの中に本当にお化けがいると思っているようだ。「絶対いるよぉ」と真顔で言うのを聞いたことがある。あえて否定はしなかった。
 ところで、お化け屋敷に入ったことのある人は多いと思うが、見世物小屋はどうなのだろう。
 筆者は一度だけ入ったことがある。それも一人で。
 入った小屋は「牛女」だった。場所は和歌山県南部の町。そのとき筆者は中学二年生。夏祭りの夜で、まず看板のグロテスクな絵に目が釘付けになった。
 牧場のような場所に「顔が人間で体が牛」という生きものが描かれている。男(雄)と女(雌)の二頭で、ごく普通の中年夫婦といった顔なのに、体は牛。しかも男は髪を七三に分け、女は軽くパーマをあてている。その体で、どこでどうやってパーマをあてられるのだ?
 こう書くとギャグのようだが、これが異様に怖かった。不条理でナンセンスで論理が破綻しているだけに怖かった。
 小屋は横並びにもう一つ「蛇女」があった。こっちの絵も不気味で、姿かたちは隠されているのだが、おそらく誕生した場面なのだろう、医者たちが恐怖におののいている顔が陰湿なタッチで描かれている。想像力をかきたてられて、それだけに怖い。
 ちなみに、この二つの小屋を見るのは初めてではなく、その年の正月に、西宮の神社でも見ていた。巡業してきたのだろう。同じ年に、二度も出会うことになるとは思わなかった。
 中2だった筆者は、見世物小屋の前で悩んだ。入るべきか。入るとしたら、どっちだ。
 小屋は祭の喧噪からやや離れたところにひっそりと建っている。本当にいるのだろうか。この小屋の中に、あんな恐ろしいものが。入ればそれを目撃することになるのだろうか。
 入場料は小づかいで足りた。でも一人だ。夏休みのあいだに転校してきたので、いっしょに入って恐怖を共有してくれる友達はいない。正直言って怖かった。
 が、結局、好奇心に負けて入った。選んだのは「牛女」のほうだ。
 中では、竹の柵の向こうで、レオタードを着た小太りのおばさんが、四つん這いになってクネクネと動いていた。
 その動きが異様なのだ。関節が、カクッカクッと、ありえない向きに曲がっている。おばさんは、四肢の付け根から関節転回を自在におこなえるらしい。
 その意味では、たしかに普通ではなかった。でも、これが牛女? 看板とは全然ちがう。
 粗末な小屋の中、裸電球のもとで、ニコニコしながら無言の動きをくり返しているおばさんを眺めているのは、子どもながらにもひどく悪趣味に思え、早々に小屋を出た。
 出口には、ヤクザふうのおじさんが「文句は言わせないぞ」というように、デンと座っていた。インチキだと言って文句をつける客を牽制しているのだろう。
 だが、インチキなら、まだいいのだ。人権保護のゆきとどかなかった時代では、先天的な奇形の子どもを見せたり、もっとひどい場合は、身体を故意に破損させて奇形として見世物にし、芸をさせて客を集めたという。
 筆者も、期待はずれでありながら、一方で、どこかホッとしていたのも事実だった。  中2の夏の夜。ひとりぼっちの祭での経験である。



       
2017.8.3

第二百六十六回 梅酒のない夏 

今年も梅酒を造らなかった。
 子どものころは、夏といえばカルピスや麦茶を愛飲していたが、大人になるとこれがビールになる。筆者でいえば、梅酒もそうだ。
 梅酒といえば、亡くなった祖父母を思い出す。
 和歌山県有田郡の小さな町に、母方の祖父母は住んでいた。
 その家は築60年にもなる木造の二階建てで、家庭菜園や鉢を並べている庭もあった。
 祖父母は晩年まで缶詰工場で働いていた。何の缶詰かというと、果物である。和歌山だから、主にミカンやモモなど。サクランボの入ったあんみつも見たことがある。
 工場は歩いて十分もかからないところにあって、昼食などは家に帰って取っていたようだ。通勤の苦労がないという点では羨ましい。
 ただ、夏場の暑さはひどかった。祖母のいた製造の場は釜などを使っており、大変な高温になる。夏休みの暑い盛りの時期に見に行ったことがあるが、ただでさえ暑いのに、こんな作業をしていたら倒れてしまうのではないかと心配になるぐらいだった。
 祖父のほうはボイラーの免許をもっていたので、それほどではなかったが、それでもボイラーは屋外にあるため、当然だが夏場は暑く、冬場は寒いだろう。
 祖父は持ち場で一人きりだった。いつ訪ねてもボイラーのそばにいた。ボイラーのわきの部屋に、夏は大型の扇風機が置かれていたのを見た。冬に訪ねたことはないので知らないが、達磨ストーブぐらいはつけっぱなしにしてあったのではないだろうか。
「ある朝、ボイラーの蓋を開けたら、フクロウの死骸があった」
 という話を、祖父から聞いたことがある。
 ボイラーの上は煙突になっており、おそらくは煙突のふちにとまっていたフクロウが下からの有毒なガスにあたって落ちたのだろう、と言っていた。山も海も近いので、フクロウぐらいは飛んでくる。
 たまにそんなことはあっても、あとは毎日ほとんど変わることのない、単調にして悠久の日々を同じ持ち場ですごしてきたのだ、祖父も祖母も。そして定時に家に帰って、夕食を取ってテレビを見て寝る。そんな生活を何十年も変わらず送っていた。とても健全だと思う。
 訃報を聞いたときは、こちらから恩返しらしいことを、結局最後までしていないままだったことに気づいた。不義理な孫だったと思う。
 訃報といえば、必殺シリーズのBGMを担当されていた音楽家の平尾昌晃氏も、先月お亡くなりになった。筆者はBGMをすべて持っているほどのファンなので、このニュースの衝撃は大きかった。
 いや、そもそも亡くなった人を偲んで感傷的になっているのは、『ワールド空手』最新号に、市村先生の追悼特集が載っていたせいかもしれない(江口師範のインタビューも載っています)。
 祖父母が亡くなって久しく、家も取り壊されて、今は別の家が新しく建っている。こうなると紀南にはもう帰るところがないとさえ感じ、梅酒のない夏のようにもの足りない。




2017.7.27

第二百六十五回 ブラック企業に入ったら 

 また前回の内容に触れるが、入社してしまった会社が(いわゆる)ブラック企業と呼ばれる悪辣な雇用体系の会社だったら、どうするのだろう。
 ふつうの会社なら、黙々と成果を出していれば、まずは評価や報酬をあげてくれる。が、そうはいかないのがブラック企業なのである。そんな時どうするのか。
 筆者はソッコーで辞めたが、文句を言いながらそこに居続ける人もけっこういたのである。
 むろん、辞めるとなると、また新しい働き口を探さなくてはならないから、手間ではある。履歴書を書いて、面接を受けて、それで通ったら研修をして……と、一からスタートしなければならない。でも正社員ではなく、アルバイトだったら、何をためらうことがあるのだろう。
 辞めないのは、たぶん若いからだと思う。社会のシステムがわかってくると、やっていられないことでも、若者はこういうものだと思って無償奉仕できるし、雇う側だっていくらでも若者の労働力を使い捨てにできる。
 ところで筆者は、このブラック企業(名称も忘れた)で働いた一か月のあいだ、なんと派遣社員として登録した人たちの面接をしたこともあった。前の回で書いた女子社員が、会議室で筆者に模擬実演をさせ、その結果できると判断してくれたからだが、しかし研修などは一切なかった。入社して一か月もたたないアルバイトに採用面接を任せるのだから、いかにずさんな運営をしているかがわかるというものだ。
 はるか年上の、けっこうなオジサンの面接をしたこともある。
 どんな事情があるのだろう。リストラにあったのだろうか。妻や子もいることだろう。……などと考えると、自分の判断でこの人の採用・不採用を決めてしまうのが、大げさに言うと人生に影響しているようで(大げさに言わなくてもそうだ)、一存で不採用にしていいのだろうかと最初は思った。
 が、相手から見ると、当時の筆者は若造だと思われたらしい。面接なのに口の利き方がぞんざいで、腕組みしてデーンと椅子にふんぞり返っているのだ。その人は不採用にした。
 履歴書もたくさん見た。住所や電話番号や家族関係まで、アルバイトが自由に閲覧できるのだから、個人情報の管理という面で、ゾッとするほどずさんだ。
 だが、会社も会社なら、登録している人も変で、履歴書に貼り付けられている本人の写真には、首をかしげたくなるものもあった。スナップを貼っている人もいたのだ。
 パッと見ると、お花畑の写真があった。真正面からとらえたバストアップの証明写真ではなく、あの小さなサイズの四角の中に花が満ちている。が、よく見ると、片隅におばさんがいて、あらぬ方を眺めてたたずんでいるのである。これは、たぶん「お花畑にいる自分」を見て欲しかったのだと思う。
「すみません(ゴーゴーゴーという風を切る音)。ハアハア。今そちらに向かってるんですが(ゴーゴーゴー)少し遅れます。ハアハア」
 これは女子大生の場合。遅れるという連絡を電話でしてきたのだが、なぜ息を切らしているのだ? それに、この奇妙なBGMの正体は何なのだろう。
 やがて彼女はやってきた。キックボードを片手に。
 



2017.7.20

第二百六十四回 キングギドラと競演 

 前回、ちょっとだけキングギドラの名前を出したが、かの怪獣を目撃することが、大人になってから妙な形で「実現」した。
 勤めていた会社を辞めたつなぎの期間に、派遣社員のアルバイトをしていた頃の話だ。
 新宿西口の超高層ビルのひとつが職場だった。正確な題名は覚えていないが、ちょうどゴジラかモスラかのシリーズで、キングギドラが登場する映画が制作中であり、映画会社の人がオフィスに来て、我々にもエキストラとしての出演が募られたのである。
 ところで、その職場は今でいうブラック企業だった。アルバイトなのに残業は当たり前で、しかも一か月で100時間を超えた。その100時間分の報酬が払われないのだ。
 時給換算のアルバイトの立場で、ちょっとこれは馬鹿らしくてやってられない。同僚たちは愚痴をこぼしながらこのブラック企業に尽くしていたが、なぜ辞めないのか不思議であった。
 筆者の辞めそうな気配が伝わったのか、一人の女子社員にとめられた。彼女は変わった女の子で、年下なのに、筆者の下の名前を呼び捨てで呼ぶ。オフィスの中では名字で呼んでいたが、たとえば昼に四、五人で食事に行って、定食のご飯が多かったりすると、「○○○」と下の名前で呼んで、「これ食べられる?」と、ご飯を分けてくれるのである。
 トゲトゲした職場で、陰険な管理者が目を光らせており、もちろんオフィスで彼女とゆっくり話すことはできない。そんな中で、彼女は自分のデスクの向かいの席に筆者を座らせ、「内線」を使って話した。
 なるほど、これだと二人は外部の人と電話で話しているように管理者からは見える。実際は、向かいの席で、互いに相手の顔を見ないようにして、内線で話しているのである。
「辞めようと思ってるの?」
「思ってる。これ以上、タダ働きしてられない。ほかのことに時間を使いたい」
 もちろん小声で話さないとバレてしまう。筆者はもうソッコーで辞めるつもりだったし、この後、本当に辞めた。結局、この職場にいたのは、わずか一か月だけだった。
 でも、彼女はとても親切ないい子だったので、このまま縁が切れるのは惜しかった。筆者も若かった。最後の出勤の後が、キングギドラと競演するモブシーン撮影の日であり、その日に彼女をデートに誘おうと考えた。ケイタイ電話が普及し始めた頃で、筆者はまだ持っていなかったが、個人的な連絡先もその日に聞くつもりだった。
 ところが当日、彼女は熱を出して休んだのである。同僚の女子社員は、「今日の撮影を楽しみにしてたのにね」と言っていた。なにか運命的ですらある縁の無さであった。
 職場近くの新宿西口を、筆者は走った。映画制作側からの指示はたった二つ。
「絶対に笑わないでください。それと、時々うしろを振り返って、空を仰ぎ見てください」
 筆者は群衆の中を笑わずに走り、たまに後方の空を仰いでは、架空のキングギドラを見上げて恐怖した。
 エキストラとしての報酬は、テレフォンカードと映画のチケット一人分だった。
 公開されると筆者は一人でその映画を見に行き、キングギドラの新宿来襲シーンで、逃げ惑う群衆の中に自分の姿を探した。が、見つからなかった。




2017.7.13

第二百六十三回 怪獣映画と恐竜映画 

昨年公開されたゴジラの最新作『シン・ゴジラ』を、今ごろになってようやく観た。
 これまでのゴジラとは違う仕掛けがあるので、観ていない人のためにネタバレは避けるが、「ゴジラ」(←あえてカギカッコつき)の顔が、禍々しくなっている。過去のゴジラは黒目がちで愛敬があったのが三白眼になり、歯(牙)並びも乱杭歯である。ただ破壊力においては、歴代最強かもしれない。ゴジラも新作が作られるたび、変わっていくのだ。
 筆者が子どものころは、夏休みや春休みになると怪獣映画がリバイバル上映され、学校の正門前でチケットの割引券が配られていた。これをタダ券と勘違いして喜んだものだ。
 怪獣たちは、ほとんどが魅力的だった。「ほとんど」というのは、「ミニラ」のような例外もあるからだが、中でも金色の鱗に覆われ、巨大な翼を持った三つ首の竜というキングギドラのデザインは異色だった。
 マッハ3の速度で飛ぶ巨大蛾モスラにしても、あれだけ巨大な幼虫が這っているなら壮観だろう。
 怪獣だけにかぎらない。和製の「恐竜映画」というのもあった。
 といっても『ジュラシック・パーク』のシリーズのような精巧なものではなかった。
 知る人ぞ知る『恐竜怪鳥の伝説』である。
 DVDを持っているのは筆者(と、もしかしたら天野さん)ぐらいだろう。
 恐竜好きの小学生のころに観て、それでも面白くなかったのだから、もちろん映画としてはひどい出来だった。
 首長竜のプレシオサウルス(ネッシーみたいなやつ)と翼竜のランフォリンクス(プテラノドンみたいなやつ)が戦うのだが、まず、なぜその両者が戦わなければならないのか、よくわからない。生活圏が異なるではないか。もし戦うことがあっても、プレシオサウルスがランフォリンクスを捕食するという一方的な形になるのではないかと思う。
 しかも、93分の映画で、73分になってもランフォリンクスが出てこないのだ。
 そもそも二つの個体とも、単体で生息しているというのがおかしい。どうやって白亜紀から現代まで種が維持されてきたのだろう。
 終盤のクライマックスで、ついにこの二頭が戦うのだが、その舞台というのが富士山麓の樹海の中なのである。
 つまり、プレシオサウルスがわざわざ湖から這い上がり、ランフォリンクスは超低空飛行で滑空し、時には地上に「立って」いたりする。首長竜と翼竜が、なぜか互いに不便な「陸上」で戦いをくり広げるのである。
 主役の男女二人(男は渡瀬恒彦)も、森の中なのに、なぜか全身をウエットスーツに包んだまま活動している。かりに脱ぐ暇がなかったとしても、頭にまでいつまでもウエットスーツをかぶっている必然性はまったくない。
 そこに富士山が爆発するのだから、もうメチャメチャだ。早く逃げればいいのに、枝にぶら下がったりしてモタモタしているうちに、映画は断ち切られるようにいきなり終わった。これは、まあ、友人同士で笑いながら見て、B級ぶりを楽しむ作品なのだろう。




2017.7.6

第二百六十二回 「ガムやるわ」 

 学生時代のある日、アパートに帰って郵便受けをあけると、ミカンが入っていた。
 想像してほしい。外皮に油性のペンで住所と名前が書かれ、切手まで貼られたミカンが一個、郵便受けに入っている様子を。
 前回のホヅミの仕業である。ハガキの魔術師だったのが、発展して「物体」そのものを送ってくるようになった。ポストには入らないから、郵便局の窓口にミカンを出したはずだが、相手方のリアクションはどんな感じだったのだろう。
 スリッパが入っていたこともある。
 一瞬イタズラかと思った。そりゃそうだ。郵便受けにスリッパが片方だけ入っていたら、普通は送ってこられる心当たりなどあるものではない。
 よく見ると、スリッパにはホズミの通っている大学の名前が記されており、裏返すと底の面にやはり筆者の宛先が油性ペンで書かれ、切手が貼られていた。
 やつが提出する郵便局の窓口もそうだが、筆者のアパートに配達する人も「いつもいつも、この部屋には変なものばかり届くなあ」と呆れていたにちがいない。
 ハガキにガムが貼られていた時は驚いた。パッと裏返すと、ロッテのガム(現物)が貼り付けられていたのだ。まったく、どこまでも個性的な野郎だ。
 横にただ一言だけ、さりげなく「ガムやるわ」とある。ハガキで「ガムやるわ」はないだろう。遊びに来た友人に見せると爆笑していた。ホズミのハガキは今でも保管しているが、これだけはガムが経年に耐えられず腐ってしまい、惜しくも捨てざるを得なかった。
 宛先の住所や名前を「文章」で記載していたこともある。もちろん町名や番地は正確だが、それを「ファミマの角の曲がった」とか「公園のとなりにある」といった記述に挿入しつつ、郵便屋さんがすべて読まなければ配達できないように書いているのだ。
 もっと迷惑だったのは、ポスターだろう。
 四つ折りにしたポスターの白い裏面に「1円切手」がびっしりと並んでいたのである。
 すべて1円切手。郵便制度を確立した前島密の肖像が、選挙のポスター以上の暑苦しさで並んでいる。普通のサイズではないから100枚以上あったと思う。
 郵便局のスタンプは、切手のどこかにかかるように押さなければならないから、局員にとっては面倒で手間取る作業だったにちがいない。それで何のポスターかと思い、広げてみると、どこで手に入れたのか『鳥羽一郎 海の香りのおっかさん』という演歌の宣伝だった。
「何なんだよ!」と思った。
 ちなみに筆者と彼の間で、鳥羽一郎が話題に出たことは一度もない。
 そんな彼の郵便道楽も、大学一年の秋になって筆者がそのアパートを脱出することで終了した。電話が通じなくなり、ハガキの裏面にただ一言「どうしたんな」と殴り書きして、電話番号が書かれていた。「電話がつながらないけど、いったい何があったんだ。この番号にかけてこい」という意味だろう。
 ホズミは現在、意外なことにお役所で仕事をしており、いつか筆者の試合の前日に上京してきて飲んだことがある(タイミングが悪いこと、この上ないのだ)。



2017.6.29

第二百六十一回 字のないハガキ 

大学入学と同時に上京した筆者が、四畳半一間のアパートで一人暮らしを始めたころの話である。
 高校時代の同級生だったホズミ君(仮名)から毎日ハガキが届いた。
 毎日のように、ではなく、毎日である。家に帰ると、いつも届いている。なぜそんなことをするのか、もちろん理由はない。ウケ狙いである。筆者も奇をてらったハガキを見る日課が楽しみになったことは確かだ。
 たとえば、高校のクラスで一番まじめだった男子の小さな証明写真が、ハガキの真ん中にポツンと貼られていたりする。文面はいっさい無し。「何なんだよ」と苦笑しながら思った。
 買い物してもらったレシートが、ただ闇雲に貼られていたこともあった。これも文はなく、何を買ったかもわからないレシートだけが貼られている。
 あるときは、テレビ雑誌についてあったのか、『愛少女ポリアンナ物語』という縦長のシールが、これも真ん中にひとすじ貼られていた。「だから何なんだ!」と思った。
 裏面に一言「今、アパートに帰ってきたんか」と書いて送ってきたこともある。
 筆者は大学から帰って、郵便受けを開け、ハガキを取り出し、裏返してそれを読んだ。悔しいが、その通り「今、アパートに帰ってきた」タイミングであった。
 もともと年賀状などでも、自作の四コマ漫画などを(3枚も)送ってくる芸達者な奴だったが、この連日のハガキも、筆者のリアクションを想像していたに違いない。
 カラフルな絵の具を塗りたくるポップアート風のハガキもあった。
 白い修正液で短い文面を書くという「読みにくさ」を狙ってきた時もあった。
 ジーンズなどについている「VAN」のカードをぴったり同じサイズに切り抜いてハガキに嵌め込むという高等テクニックを披露したこともある。横に接着剤を塗ったとしても、ハガキの紙の幅だから、ほんのわずかな量だろう。よくこんなに完全に切れたものだと感心した。
 そういえばホズミは、カッターを使うのがうまかった。彫刻がうまい。いや、うまいどころではなく、玄人はだしなのである。
 使う道具は彫刻刀ではなく、ただの市販のカッターで、彫るのは大きめの消しゴムなのだが、当時はやっていた『AKIRA』の登場人物を、そっくりに再現する。
 プロの作品と言っても通用する腕前だった。とても高校生が片手間にカッターで消しゴムを刻んで彫ったとは思えない。彼は自分の「作品」を五、六個、惜しげもなく筆者にくれたが、それは今でも保存している。
 ところで、ご存じの方もいるだろうが、向田邦子さんの随筆に『字のないハガキ』という作品がある。学童疎開する幼い妹に、頑固で厳しいが実は子ども思いのお父さんが、あらかじめ宛先を書いたハガキの束を渡す。妹は幼くてまだ字が書けないので、元気だったら○を書いて毎日送ることで安否を確認するという内容である。
 それとはまったく関係ないが、ホズミがやったことも、そういえば「字のないハガキ」という点では一致しているな、とふと気づいた。ちなみに、アンデルセンには『絵のない絵本』という作品がある。もちろん何の関係もない。



2017.6.22

第二百六十回 雨の日 

『あらいぐまラスカル』の主題歌の歌詞に、
「6月の風がわたる道を ロックリバーへ遠のりしよう」
 というくだりがあり、小学生だった筆者は「さわやかな感じの歌なのに、なんであえてジメジメした季節を選ぶんだろう。5月のほうがいいのに」
 と思ったものだった(もっとも、5月にしたら音数律が合わないのだが)。
 この疑問に対する答は明白だ。『ラスカル』の舞台がどこか知らないが、とにかく西洋なら梅雨というものがないからだ。なるほど、雨期の影響を受けないなら、今ごろの季節はさぞさわやかなものにちがいない。
 と、ここまでのところで(また世界名作劇場の話か)と思われたかもしれないが、そうではない。
 話は変わるが、今年の梅雨は降水量が少なく、空梅雨と言われているようだ。
 梅雨といえばカレンダーなどでも、6月はたいてい雨の場面かアジサイが描かれたり写されたりしている。アジサイの色は土壌が酸性かアルカリ性かでちがってくると聞いたことがあるが、赤系になるか青系になるかはリトマス試験紙の反応とは逆らしい。
 筆者は紫色のやつが好きだ。国分寺の北口で、真っ白なアジサイを見たのだが、あれはどういう条件でそうなるのだろう。
 話は変わるが、子どもたちは長靴でわざと水たまりを歩いてはしゃいでいる。筆者も記憶があるが、通学中、わざと水たまりを選んで歩いたのは、その防水機能を味わいたかったからだろうか。そういえば長靴というものを履かなくなって久しい。
 学生時代は、夏場はいつもゴム草履を履いていた。雨の日など、水たまりの中を平気でビシャビシャと歩き、風呂なしのアパートに帰って、その足を洗いもせず布団に入っていた。平均よりも神経質だと自覚している今の筆者では考えられないことだ。若い頃というのは、不衛生でも平気だったらしい。
 今はゴム草履も履かなくなった。和歌山で過ごした夏の名残りで、暑い季節は靴が窮屈に感じ、開放的な履き物を好んでいたのだが、最近はなれてしまったようである。
 また話は変わるが、よく雨の日の会合の挨拶などで「本日はお足元の悪い中、お集まりいただき」というのを聞くが、あれはやはり雨で歩道がぬかるんでいた時代、すなわち道路が広く舗装される前の年代(昭和三十年代以前?)あたりに語られた挨拶の名残りだろうか。
 話は変わってばかりだが、数年前まで筆者が履いていたサンダルは、底の素材が異様に滑りやすく、地面が濡れていると難儀した。とくに黒地のタイルなどの上ではよく滑るサンダルだった。
 ある雨の日、銀行に入った途端、ツルリと足を滑らせ、ものの見事に尻もちをついてしまったことがあった。皆が見ている中で、恥ずかしいことである。そのとき、
「大丈夫ですか」
 と、すぐ近くから声がした。
 江口師範だった。



2017.6.16

第二百五十九回 糞害に憤慨 

いくつになっても初めての体験ということはある。
 二週間ほど前だったか、国分寺駅北口の階段(左側)を降りる手前で、ハトの糞害に遭った。
 肩口に妙な刺激を感じたので、見上げると、胸をふくらませた「平和の象徴」が梁に居座っているではないか。つまり、上から落ちてきたハトの糞に当たってしまったのである。
「運がついた」と自分に言い聞かせたが、ワイシャツには染みが残った。
 面白いことに(べつに面白くないが)同じような出来事はつづくらしい。先週、やはり同じ場所を通りすぎようとして、地面に糞が落ちていることに気づき、
(そういえば、ここで糞害に遭ったんだよな)
 と、一瞬足を止めて警戒した瞬間、上からポトリと糞が。
 危うかった。足を止めなければ直撃していただろう。まるでわざと狙っていたようなタイミングだった。
 見上げると、梁には丸っこくふくらんだハトが素知らぬ顔でとまっている。前と同じハトだ。BB弾で撃ちたくなるほど悠然たる姿だった。ちなみにこのハトは駅職員に退去させられたのか、今はいなくなっている。
 ハトは、あの間の抜けた鳴き声と、ぶしつけに近寄ってくるところから、極度に毛嫌いしている人を、筆者は何人か知っている。
 一方で、仕草が愛らしく、よくなつくので、愛好して飼育される鳥でもある。筆者自身はどちらでもないが、母方の祖父は手品が趣味だったので、白いハトを飼って可愛がっていた。江戸川乱歩『宇宙怪人』のメイントリックにも貢献したところからみると、怪人二十面相もハトの愛好家だったにちがいない。
 ツバメやハヤブサなどに比べ、飛ぶのに適性のなさそうな体型をしているが、あれは長距離を飛ぶこともあるので脂肪が必要なのだろうか。詳しいことまで筆者は知らない。
 そういえば、ある私鉄沿線の駅のホームにハトが何羽もいて、発車待ちの時間、一羽が電車の中に入ってきたのを見たことがある。夜更けの閑散とした車内を、そのハトはしばらくうろつき回り、スマホで写真を撮っている人もいた。ドアが閉まったらよその駅まで運ばれてしまうだろう、と思って見ていたら、発車の前に出ていった。
 ……とハトの話を書いてきたが、そんなことはどうでもいいのである。
 先週、このブログを提出しなかったのは、市村先生の訃報を聞いたからだ。
 まったく知らずにチャラけたことを書いていた、と思うと、なにも書けなくなった。でも、今まで通りでいいのだとも感じた。
 市村先生にまつわる幾つかのエピソードについて、筆者は市村先生ご本人から文章にすることを禁じられていた。
「常識にとらわれない発想を」とエライ人たちは言うが、市村先生は俗世間の常識から超越された方で、脚色なしに書いても驚愕する実話が多々あるのだが、とうとう許可をいただけずじまいだった。いや、かりに許可をいただいたとしても、やはり公表できないか。



2017.6.1

第二百五十八回 昭和のアニソン 

サブタイトルを見て「またその話題か」とお嘆きの貴兄もいらっしゃることだろう。
 ちなみに、この「お嘆きの貴兄」というフレーズは、往年の菊正宗のCM、「まだ甘口の酒が多いとお嘆きの貴兄に」からきている。筆者が引っぱってくる元ネタは古いのである。
 さて、前回のネタで取りあげた『キューティー・ハニー』だが、「このごろはやりの」で始まるあのアップテンポな主題歌は、多くの歌い手にカバーされており、若い人にも知られているらしい。
 その一番の歌詞で、いとこ姉妹が該当しなかった「おしりの小さな女の子は」のところが、二番では「ぷくっとボインの女の子は」になっており、「だってなんだか だってだってなんだもん」という、こう書いているだけでこそばゆくなってくるような意味不明の部分もあるのだが、作詞をしたのは他でもない、原作者の永井豪先生なのだ。
 ところで、この曲には英語版もある。むろん歌詞はまったくちがう。日本語の訳ではない。それはそうだろう、「だってなんだか だってだってなんだもん」のところなど、どう訳せばいいのだ。
 英語版の歌詞には「強いことは美しい」というお国柄が表れているのか、
「the danger we will face you don,t have time to cry wipe your tears away」
「she,s the one,she,s the key to our pesce.」
「you know that,s the only way to save our precious world」
「l need you,we need you, now is the time to change.」(以上、大文字を入れると文字サイズがデコボコしてしまうため、すべて半角で打っています)
 などなど、日本語の歌詞のように、おしりがどうのボインがどうのと言わない。筆者としては、こっちのほうがいいと思う。
 昔のアニメの主題歌は『キューティー・ハニー』にかぎらず、松本零士作品でもタイムボカンシリーズでも少女マンガのアニメ化でも、凝って気合いが入っており、旋律が飽きさせないという意味で非常にすぐれていたと思う。
 そんな中で、ひとつ異色の主題歌を思い出す。
『宇宙船サジタリウス』である。
 なにやらムーミンのような下ぶくれのキャラクター(人間ではないらしい)たちが主人公のスペースオペラであるようだが、オープニングの主題歌を聴いてチャンネルを変えていたので、詳しいストーリーは知らない。もしかしたら、ものすごく面白かったのかもしれない。
 ただ、その主題歌というのが、「危機一髪も救えない」とか「拍手をするほど働かない」とか「ご期待通りに現れない」、「子どもの夢にも出てこない」、「大人が懐かしがることもない」などと、マイナスの要因をこれでもかというばかりに列挙していくのである。
 その後で「だからといってダメじゃない」とつづくのだが、ここまで悪いことを挙げられると、正直、フォローできないほど「ダメなんじゃないのか」と思えるほどだった。
 それにしても、タイトルに使われる「宇宙戦艦」とか「機動戦士」といった固有名詞の前につく言葉が、ただの「宇宙船」って……。ほかになにかしらの特質がなかったのだろうか。



2017.5.25

第二百五十七回 教育上よくない 

 友ガ島→ラピュタ→宮崎アニメ→世界名作劇場→とネタが展開し、今度は『フランダースの犬』に触れたい。若い人は知らないと思うが、『フランダースの犬』といえば、アニメ史上の伝説ともなったあの最終回が有名である。幼かった筆者はこれをリアルタイムで見た。
 となりで見ていた母と祖母は、ラストシーンでぼろぼろ泣いていた。
 たぶん、あの夜、日本中が泣いたことだろう。が、これは大人の感性である。
 筆者も大人になってから、総集編のDVDで『フランダースの犬』を見て、やはり最後のシーンで涙した。90分の総集編でもそうなのだから、一年間の放送を毎週ずっと見てきたら、なおさらネロへの感情移入が大きく、ショックだったことだろう。
 なんの罪もない純真な少年ネロが、祖父を失い、火付けの犯人にされ、家を追われ、ガールフレンドとの交際を禁じられ、賞をもらえるはずだった絵のコンクールで有権者の息子にそれを奪われ、それでも人のために尽くした挙げ句、あのラストなのだ。
 こうなるとネロの死は、世の中が彼を拒絶したのではなく、逆にネロの純粋な魂が、けがれた世の中に愛想を尽かした結果であるようにさえ思えてくる。
 だが、幼年時に見た時はちがった。筆者は、あの天使が気持ち悪くて、怖いと思った。得体の知れぬ生きものが教会の天井から舞い降りてくるのを見て、ゾッとしたのを覚えている。ああいうのが寄ってきたら、自分なら振り払うだろう、とそのとき思った(もっとも、そんなことを思っているやつのところに天使は来ないだろう)。
 筆者の友人は、「あの天使、パンツはいてなかった」という感想を述べた。これに対しては「どこを見ているんだ」、「天使用のパンツがどこに売られているんだ」とツッコミはさまざまだろう。オスガキの感覚など、こんなものなのだ。
 ところで、筆者には神戸にいとこの姉妹がいるが、そのお母さん(筆者にとって伯母)は教育にきびしく、情操をはぐくむのに不適切だと判断した番組は、いっさい娘たちに見せなかったという。その禁じられた番組の中に『フランダースの犬』の最終回も入っていた。無垢なる少年の苦労が報われず、あまりに悲劇的だからという理由だ。
 これはアリだろうか。いとこ姉妹がどう感じたかはわからないが、少なくとも筆者なら、連続したドラマとして一年間見てきて、最終回だけ視聴が許されないというのは納得がいかない。「死ぬなら死ぬでその最期をしかと見届けようじゃないか」という気になるのだが。
 ちなみに、幼稚園ぐらいのころだったか、筆者の家は、この神戸のいとこ姉妹の家に泊まりで遊びに行ったことがあった。その夜、筆者は毎週見ていた『キューティー・ハニー』を見たがったらしい。いとこ姉妹にも、ぜひいっしょに見ようと誘ったという。
 伯母は、その題名からして、はたして娘たちに見せてよい番組なのかどうか、身構えていたのだと思う。なにしろ『フランダースの犬』でもダメなぐらいなのだ。
 オープニングが始まり、『このごろはやりの女の子は おしりの小さな女の子は』のところで、早くもアウト。「これ、あなたたちダメだわ」と言って、娘二人に席を外させてしまった。
『このごろはやりの女の子は おしりの小さな女の子は』→「これ、あなたたちダメだわ」
 このやり取りを聞いて、幼かった筆者は、いとこ姉妹は「おしりが大きいんだな」と思った。



2017.5.18

第二百五十六回 宮崎アニメと世界名作劇場 

前回、ラピュタの名前を出して、久しぶりに『天空の城ラピュタ』を見ようと思ったのだが、途中でやめてしまった。昔は好きだったのに、もう受けつけなくなっている。
 ちなみに『ラピュタ』は劇場で見た。若いころはよく宮崎作品も見に行ったものだった。
 最後の監督作品と言われている『風立ちぬ』は姪っ子らを連れていった。『もののけ姫』はデートで見た。『魔女の宅急便』は男二人で(!)見に行った。『ハウルの動く城』は一人で見た。『ルパン三世 カリオストロの城』はテレビから録画していたが、カットされたシーンが気になって、リバイバル上映を見にいった。DVDが発売される前のころだ。
 大人気作の『となりのトトロ』は昔レンタルして見たはずだが、あまり覚えていない。『千と千尋の神隠し』は十年以上前にテレビでやった時に、ほかのことをしながらダラダラと集中せずに見たので、これもあまり記憶にない。『ポニョ』は一度も見ていない。
 それにしても、『ラピュタ』に飽き、受けつけなくなったのは意外だった。オープニングに原画のようなタッチで出てくる機械や航空機のデザインなどは非常にいいと思うのだが、どうも人物が苦手なのだ。悪役ではなく、主人公の少年少女たちのほうである。
 そのわりに、絵柄が似ている「世界名作劇場」なら大丈夫なのはなぜだろう。
 世界名作劇場は、いつごろまで見ていたのかというと、同世代では『小公女セーラ』で打ち止めにしている者が多い。筆者も『ふしぎな島のフローネ』までは見ていた。ところがその次の『ルーシー』があまりに退屈で、いったん見なくなった。幼少期から習慣的に見ていた連続番組を見なくなるぐらいだから、本当につまらなかったのだ。そして久しぶりにメジャーな原作の『小公女』になると、まわりが大勢見ており、学校でも話題になるほどだったので、筆者も夏ごろから視聴するようになった。
 当時まだ記憶に新しい『おしん』の影響もあってか、主人公が院長先生やいじわるな優等生や料理番の夫婦などに、めちゃくちゃいじめられる。それにまた、健気にひたすら耐える。
 だが、故人である父とインドでダイヤモンド鉱山を共同経営していた大富豪がセーラ(主人公)を捜しており、養女として引き取りたいと考えている。その大富豪は、セーラの寄宿する女学院のとなりに住んでおり、二人は互いの身の上を知らずに手紙などで交流する。……という設定なのである。いじめにあう日々の中で、「救い主がすぐ近くにいるのに」と多くの視聴者がヤキモキしたにちがいない。人気が出ないはずがないのである。
『フランダースの犬』の純真無垢な少年、ネロは最後まで報われなかった。大好きなルーベンスの絵を見たことに唯一の幸せを覚えつつ天に召された。……それに対して『小公女セーラ』は、最後に大逆転して幸せになる。
 この作品は、主題歌のイントロからしてゴージャスな雰囲気を出していたが、そういえば『赤毛のアン』のオープニングもエンディングも、やはりアンの個性を表し、奔放かつ型破りなものだった。
 だが、やがて主題歌をアイドルが歌うようになる。さらに、ストーリー偏重からヒロインの美少女化という路線にはしって、視聴者は白けてしまったのではないだろうか。なんとなく、必殺シリーズの衰退ぶりに似ているように思う。



2017.5.11

第二百五十五回 ラピュタの島へ行く 

和歌山市の北、加太という小さな町の沖(というほどではない。すぐ前に見えている)に友ガ島という無人島がある。無人島というだけあって、何もない島である。それが、近年にわかに観光地化されてきたのは、じつは何もなかったわけではなくて、明治に築かれた旧帝国海軍の砲台の跡があったからだ。
 もっとも、砲台跡など昔からあり、観光地としてはマイナーすぎただろう。でも、いつしか赤茶色のレンガで固められたややエキゾチックな景観が口コミで広まり、「ラピュタの島」などと言われるようになって、今では若者たちも大勢やってくるようになった。宮崎駿監督のアニメ『天空の城ラピュタ』に出てくる風景を連想させるというのである。ちなみに、こういう「ラピュタ似」の観光地はほかにもあるそうだ。
 筆者は、和歌山市に住んでいた小学二年生の時に、学校の遠足で友ガ島に渡っている。その時に覚えているのは、船着き場へ向かう加太の魚屋さんで、店頭にアンコウがぶら下げられていたこと。加太は和歌山市より北なのに、妙に南国のムードがあるのだ。
 そして、船に乗るとき、桟橋から海を見下ろして、「インスタントラーメンが捨てられている!」と思ったことだ。
 澄みきった水を透して、浅い海の底に、色も形も大きさも、即席ラーメンに酷似した麺状の物体が、あちこちに沈んでいたのだ。なんで海の底にラーメンがあるのだろう、と思っていたら、「あれはアメフラシの卵よ」と先生が教えてくれて驚いた。それが一番の思い出で、肝心の島の施設の記憶はまったくない。
 今回、数十余年の歳月を隔ててふたたび渡航した。船の前の席では、『救命胴衣は椅子の下へ有ります』という表示があった。思わず赤ペンで添削したくなった。
 島に着くと、桟橋から見下ろした海には、おびただしい数のクラゲが漂っていた。無毒のミズクラゲと猛毒の赤クラゲが、海面にひしめき合うほど、ウジャウジャ浮かんでいる。海岸に打ちあげられて死につつある赤クラゲも多数見かけた。
 もちろん、ラピュタ似の砲台跡も見てきた。オブジェでいいから大砲を備えておいたほうが観光地としては売りになるのではないかと思った。日本で八番目に造られたという友ガ島灯台も見てきた。……「八番目」というのが、また微妙ではないか。
 明治のニッポンは西洋の文明に追いつくことに懸命で、この島の砲台なども、当時は侵略や分割統治をくり返していた列強諸国に備えてのものだった(昨今は隣の国が理由もなくミサイルを発射してくるが、それに対しての備えはどうなっているのだろう)。
 その旧帝国海軍の施設跡で、現在はコスプレをした十代の少女たちが写真を撮るようになっているのだ。興味のある人は検索してみると、この砲台跡の写真が見られます。
 帰りの船は定員オーバーとのことで乗れず、15分ほどして臨時の船がやってきた。その名も「ラピュタ号」。すぐ前に見えている島なのに、乗船時間は20分ほどかかる。
 海風を受け、白い波しぶきを立てて進む船の上で、そういえばこの海は、戦国時代、雑賀衆が外へ出て行くコースだったのだ、と思った。ほとんど海賊も同然だった彼らは、信長軍との海戦や他国との貿易に、この海を渡っていったのだ。



2017.4.28

第二百五十四回 四国の難所について 

4月といえば、筆者が四国路をひたすら歩いていた月である。3月の下旬から5月の初旬までかけて約40日ほど歩いたので、その年の4月はまるまる収まっている。
 この季節にお遍路することを「花遍路」といい、桜が咲き誇る山道や名所のお寺を巡ることができるのだが、まだ気温差の激しい時期で、凍えるように冷え込む夜もあれば、日中は激しく日焼けして腕に水ぶくれができてしまうほど暑い日もあった。
 筆者にお遍路することを勧めてくれた税理士の友人は、真夏におこなったという。室戸岬に向かって果てしなく海岸道路のつづく国道55号線など、炎天下のもとでは鉄板状態ではなかろうかと思うのだが、よく歩いたものだ。彼が言うには、衣服が汗ばんだら、川に入ってザブザブ洗い、その後、背負ったリュックに紐で吊して歩いたそうだ。高い気温のもとで、リュックにぶら下げた衣類はすぐに乾いたという。それもまた夏遍路の一興かもしれない。
 さて、遍路道には難所がある。たとえば、その名もすさまじい「遍路ころがし」。
 これから歩き遍路の旅に出ようとする者にとって、地図上にその名を認めるだに、待ち受ける峻険なる行程が予想され、覚悟のほどを問われる名称である。21世紀とは思えない土の山道を一日中踏破して抜けるのだが、困るのは飲み水の確保が難しいことだ。
 事前に十分な飲料水を用意しておかないと、水が尽きても、途中で自販機や商店など見かけない。そしてそのことを、前もって誰も教えてくれないのだ。
 途中、空海が出したと言われる泉があった。山中の湧き水だから、考えてみれば都会の水道水よりもきれいなのだが、中で蛙の鳴き声がした。
 読者なら、これをお飲みになるだろうか(筆者は飲んだ)。
 遍路ころがしより、筆者としては上に書いた国道55号線のほうがきつかった。地図で見ると、室戸岬は四国の南東の端に位置している。視界の果てまで延々と続く海岸道路のはるか彼方に、岬の影が四つほど層になって、墨絵のように淡く霞み、突きだしている。あの重なり見える岬の一番奥の先まで、今日中に歩かなきゃいけないのかと思うと、絶望的になった。
 前に書いたが、三原村という、筆者が折悪しく山の中で食あたりになり、一晩に九回の嘔吐と水不足で脱水症状になった場所も忘れられない。歩かなければ山中で死ぬから歩いたが、人がいる農家を見かけただけで、とりあえず野垂れ死には防げるのでホッとした。
 真縦(まったて)という難所もある。お寺はたいてい山上にあるが、ここは山がソフトクリームのように上に行くほど尖っており、頂上付近の傾斜が45度にもなるという。45度の坂といえば、ほとんど垂直のように見えるところから、つけられた異名が「真縦」なのだそうだ。
 ここに参った帰り道、筆者が坂を下っていくと、障害を持った若者とそのお母さんの二人連れが上ってくるのと出会い、すれ違うとき、苦しそうに「まだまだ先ですか」ときかれた。
「もうすぐですよ」と答えるしかなかった。かたわらを、ツアーで参詣する人たちのバスや車が次々と追いこしていく。歩き遍路はヒーヒー言いながら上るのだ。この若者は、登り切るのに、筆者より苦労するかもしれないが、たどりついた時の喜びや達成感は、筆者よりも大きいのではないか、と思った。ちょうど筆者が、車で上る人たちよりもそうであったように。
 人生のほかのことでも、同じことが言えるのかもしれない。
 


2017.4.11

第二百五十三回 時をかける手紙 

 時をかけるのは少女ばかりではない。
 手紙だってそうだ。
 何のことかというと、去年の一月、5年生の最後の授業で、受験生に贈る手紙を書かせたのである。
 受験本番を目前にした6年生の先輩へ、応援の手紙を書く。今の自分より一年も多く勉強した先輩は、いよいよ第一志望校の入試を間近にひかえて、今どんな緊張感に包まれ、どんな気持ちでいるのか、それを想像してエールを送るという試みだ。
 署名して、封筒に入れて、一人ずつ集めた。6年生に届けると言って。
 ところが、それは方便だった。
 実は筆者が一年間それを保管していたのだ。
 そして6年生の最後の授業で、みんなにその手紙を返した。
「一年前の自分からの手紙だよ」
 そう言って配った。
 子どもたちにとってはサプライズである。5年生だった自分から、入試を直前に迎えた今の自分へ、応援の言葉が届けられたのだ。
 中学受験生にとって、6年生の期間は、これまでの人生の中でもっともたくさん勉強した一年間である(でなきゃ落ちる)。学力的にも精神的にも成長が甚だしい(はずだ)。その濃密な日々を経て、5年生だった一年前の自分は、ひどく幼く思えるのではないだろうか。
 中には、この一年のあいだに辞めてしまった子もいる。それにクラスが変わって、一年前は別のクラスだった子は、この「時をかける手紙」をもらえない。
 うらやましい、自分も欲しかった、という子がいて、その子の発案で、最後の授業から二ヶ月後の自分への手紙を書くことにした。
 どこの塾でもそうだと思うが、3月にみんなで集まって合格祝賀会というのをやる。
 受験が終わって、入学を待つだけの楽しい春休み。もう叱られることもなく、ジュースとお菓子を出されて、おしゃべりやゲームをする集まりである。その日の自分への手紙だ。
 受験直前の、おそらくは人生で初めての大一番をひかえた緊張に包まれた心境を書きつづり、受験を終えた春休みの自分へ届けるのである。
 全員の分を回収して読んだが、これが胸を打つのだ。本気の決意がにじみ出ている。
 また、書いているうちに覚悟が据わってきているのもわかる。書かせて正解だった。みんなの青春を共有させてもらっているような気分になる。
 ちなみに、祝賀会で怒られている奴を見たこともある。
 もう受験は終わっているのだから、怒られることなんてまずないのだが、そいつは不合格で参加した子に向かって「やーい、落ちたのに来てやんの」と言ってからかったのである。
 からかわれたのは気の強い子で、「うるさい!」と気丈に言い返していたが、言った奴はほかの先生にえらく怒られていた。
 祝賀に招かれて怒られる、という珍しいバカもあったものである。
 


2017.3.31

第二百五十二回 夜光虫はいつ現れる 

  子どもの頃に好きだった科目は、理科だった。
 実験ができたことも大きいが、分野でいえば「生物」がもっとも好きだった。自然の中で生きものを捕まえていた体験があったからだろう。そのせいか、読む本や図鑑も生物関係のものを好み、映画も動物や昆虫など人間以外の生きものを題材にした作品が好きだった。
 中学生ぐらいの頃、書店で『夜光虫』という題名の小説を見つけ、その場で購入した。科学の読み物ではなく、小説である。夜光虫が重要な鍵を握っている物語なのだろうと思った。
 ところが、まったくちがった。エロいのだ。
(なんだこりゃ。エロい、エロいぞっ!)
 夜光虫など一向に出てこない。
 もうおわかりだと思うが、海洋プランクトンの夜光虫をテーマにした物語ではなく、夜に妖しく光るという比喩になぞらえた官能小説だったのだ。
 同じタイトルの小説が横溝正史をはじめ複数あるようだが、筆者が手にしたのは、現在検索して出てくるどれでもない。作者名も忘れた。純然たる官能作家による純然たる官能小説だった。
 ひとつ強調しておきたいのは、中学生の筆者は、そうと知らずに読んだのである。前に「正しい家族計画を」といって売られているものをタロットカードだと勘違いした経験を書いたが、我ながらこのあたりは抜けていると思う。リードも読まずに、ぱっと買っていた。そして、
(いつになったら夜光虫が出てくるんだ……)  と思いながら読んでいた。
 結局、夜光虫は一匹も登場せず、最後までエロいままだった。
 よく考えてみると、表紙が女性の顔だった。その時点でおかしいと思うべきだったのだ。
 その頃に通っていた本屋さんでは、レジのお姉さんといつも一言二言ちょっとした会話を交わしていたのだが、その『夜光虫』の件以来、彼女は口を利いてくれなくなった。お姉さんは大人だったから、表紙と題名だけで一目で内容を見抜いたのだ。そして「子どものくせに、こんな本を読みたがるなんて……。しかも、女性の私がいるレジに平気で持ってくるなんて」と、顰蹙を買ったのだろう。
 これと似た経験に、小学生時代の冬休み、新聞のテレビ欄に『ザ・スパイダースの大進撃』という映画を見つけ、クモの大群が進撃してくる動物パニック映画だと思ってワクワクしながら見ていたことがある。
 ところが、クモなどまったく出てこない。当時からみても古い映画で、日本の若者たちが悩み、傷つき、葛藤の中で成長しているようだが、一匹もクモが進撃してくる気配はない。ちなみに主演は堺正章だった。
(いったい、いつになったらクモが襲ってくるんだ!)
 と焦れているうちに真相に気づいた。
『JAWS』を皮切りに動物パニック映画が流行した時代があったが、その昔、グループサウンズが隆盛を極めた時代もあったのである。



2017.3.31

第二百五十一回 武蔵の実像 

 では実際の宮本武蔵とは、どのような人物だったのだろうか(前回からつづいている)。
 剣の技倆については語れない。想像を絶するレベルにあり、筆者の知識では形容できるものではないからだ。ノーベル賞の業績が具体的すぎて、ある程度その研究にたずさわった人でないとよくわからないのと同じである。
 伝えられる逸話としては、弟子の額に米粒をつけ、一刀でその米粒だけを両断したとか。弟子の額には傷痕ひとつ残さずに、である。
 箸で蠅をつまんだというエピソードにしても、本体ではなく羽だけをつまんで捨てていたというから、動体視力が尋常ではなかったのだろう。
 青竹を握りつぶしたという話もある。鉄砲の弾丸よけに使われるほど繊維が強靱で、現代でも半分に切ったものに乗って「青竹踏み」の健康運動に使うあの青竹だ。その人間離れしたパワーゆえ、二刀を自在に操れたのだろう。
 身体能力だけでなく、頭脳も抜きんでていることは『五輪書』を読めばわかる。文章は端正で、きわめて論理的である。
 絵を描けば国宝級の作品として残されているから、芸術の才能も非凡などという形容を超えている。とくに『古木鳴鵙図』の構図はどうだろう。これだけでも超一流の天才画家だと思うのだが。
 こうなると、何でもできる超人としか言いようがない。剣術も、十三歳で大人の武芸者を打ち殺しているほどだから、最初から強かったはずだ。人類の長い歴史の中には、ごく稀に、最初からできてしまう天才がいるのである。その天才が修行を怠らないのだから、歴史に燦然と名を残すことになる。
 ただ人格的には相当に癖が強く、とっつきにくかったのではないかと思う。
 人間界の恒星なのである。遠く離れたところまで影響を及ぼす強烈な自我の持ち主は、近い距離ではその熱と引力に、周囲が参ってしまう。自己評価も高かったようだが、これは無理もなく、客観的評価でもあり、後世の我々から見ても絶対的評価と言える。
 これほどの人物だから、映像化された作品は数多くあれど、宮本武蔵を演じきれるほどの存在感を放つ俳優を探すのは難しいだろう。
 フィクションの中では、山田風太郎の『魔界転生』に登場する武蔵が、筆者のイメージに最も近い。ようするに魔人である。
 武蔵の実像を研究する最大の資料が、著作の『五輪書』であり、あの有名な自画像であろう。『五輪書』には、読んでいても謎のくだりがあったのだが、アジアジに薦められて読んだ高岡英夫先生の『宮本武蔵は、なぜ強かったのか?』では、かつてない解釈でわかりやすく説明されている。
 筆者の想像だが、おそらく刃牙シリーズの作者である板垣恵介先生も、この作品をお読みになっているのではないかと、『刃牙道』に登場する武蔵の表情を見て思う。
 おそらく宮本武蔵は、武芸において人類史上誰もたどり着いたことのない境地に、60歳までに到達した唯一の人物ではないか。やはりその実像は計り知れない。



2017.3.23

第二百五十回 『宮本武蔵』に三度目の挑戦 

世間的には評価が高いのに、自分としてはそれほどいいとは思えない作品がある。作品というのは、文芸(文学)、映画、漫画などの、芸術のことである。
 これは相性の問題であり、人それぞれだから、べつに良さがわからなかったとしてもそれだけのことだ。
 たとえば筆者は、推理小説では、松本清張の面白さがわからない。有名な『点と線』など、「まさかこういう手段を用いたんじゃないだろうな」と思っていたら、結局それがメイントリックだったので驚いた。それがトリックとして通用すること自体に驚いたのである。作品の中では刑事が靴底をすり減らして苦心していたが、これがもし本当の警察官なら、その可能性を疑わないわけがなく、たちどころに解決しているだろう。
 社会派ミステリーでなくても、西村京太郎、山村美紗、内田康夫といった売れ線の、どこら辺が面白いのかわからないのだ。ファンの人は怒るかもしれないが、筆者の感覚のほうがマイノリティというだけのことである。
 何年か前に大多数の子どもが観ていた『アナと雪の女王』も、そして先ごろ流行った『君の名は』も(これは映画を観ておらず、生徒に貸された本を読んだだけだが)、なぜこれほどヒットするのかわからなかった。
 そして(前置きが長くなったが)吉川英治もそうなのだ。
 とくに代表作といわれる『宮本武蔵』は、筆者の友人も好きだし、江口師範も好意的な評価をされていたし、大山総裁の愛読書でもあったことは知られている。門下生が唱えている極真会館の道場訓も、大山総裁が吉川英治の元に持ち寄り、監修を受けたことは有名だ。
 面白いと思えないのは、相性が合わないから、としか言いようがない。『三国志』にしても、いちおう読んだが、主要登場人物がいつ死んだのかもわからなかったので、よほど作品世界に入れなかったのだろう。
『宮本武蔵』も、たしかに文体は流麗である。修辞にも富んでいる。作者には漢文の素養があるのではないかとも思った。でも、どこかぬるい。
 おつうさんという美女に言い寄られて逃げるのに、待ち合わせていた橋の欄干に「ゆるしてたもれ ゆるしてたもれ」などと彫ったりしているし、沢庵和尚に痛めつけられ、どうだ痛いかときかれて、「ウーム。痛い」などと、平気で言ったりする。
 剣術の戦いが描かれ、若年の武蔵が暴れん坊であったと書かれていても、そんな鬼気迫る迫力を感じないのだ。この表現においては、井上雄彦の『バガボンド』のほうが成功していると思う。
 とは言いながら、過去に二回最後まで読んでいるのだが、どうにも気になって、この春、三度目の挑戦を試みた。が、3巻で挫折。読みやすいのに、読むのがしんどかった。
 おそらく作者の吉川英治先生は人格者なのだろう。よくいえば気品がありすぎる。きれいすぎる。だからこそ国民的に受け入れられている。みんなが安心して読めるのだと思う。
 作品世界は、表か裏かといえば表であり、光か闇かといえば光なのである。その光が、筆者にはまぶしすぎるのだ。



2017.3.16

第二百四十九回 ライフラインを守れ 

 現在は馬車馬のように働いている筆者だが、学生時代はグータラだった。
 短期的にアルバイトをくり返し、金が少々入ると辞めて、なにもせずのうのうと暮らした。当然、すぐに金は尽きる。仕送りだけでは生活が苦しくなる。そして……。
 こんなことを打ち明けるのは恥以外のなにものでもないが、料金の滞納によって、電話はもちろん、電気・水道・ガスといったライフラインまで断たれたことがあるのだ。いっせいにではない(念のため)。
 上京した最初の年、高校の同級生だった女友達と東京・京都間で何度か電話した結果、一か月の電話代が6万を超えて、とても払いきれなくなった。わけあってちょうどアパートを引き払うタイミングであり、料金は未納のまま引っ越した。引っ越し代がないから、友人の車で荷物を運んだ。18歳のときだ。未払いの料金は、あとで請求が実家に回って、えらく親に怒られた。
 その後も、電気・ガス・水道と、筆者はすべて供給停止を経験しているが、その中でもっとも早く止められたのは、電気だった。逆に一番待ってくれたのは、水道だ。これは生命維持に直結するかどうかの判断だろう。
 ガスを止められたとき、どうしてもコーヒーを飲みたくなって、炊飯器で湯を沸かしたことがある。コンロが使えないから、電力によって水に熱を加える手段として、炊飯器を用いたのである。
 白米を入れず、水だけでスイッチを押したのだが、たぶん読者の中でやったことがある人はいないだろう。ゴポゴポと巨大なあぶくがひっきりなしに炊飯器の内側で発生し、それが尋常成らざる様相で、気色悪くて仕方がなかった。
 そのころは京王線の千歳烏山(給田)にあるアパートに住んでいた。六畳一間の風呂なしで、家賃は3万7千円だったことを覚えている。風呂は銭湯に通っていた。
 当時で銭湯代は320円ぐらいだったように思う。その小銭を節約するために、ずっと人に会わず、アパートに引きこもった。金を節約するため、と書いたが、本当はこういうことをすればどうなるのだろう、という好奇心からくる実験的な試みでもあった。
 11日間、風呂に入らなかった。ちなみに冬場である。風呂なしアパートだから、むろんシャワーもない。部屋着のスエットも垢じみてくる。不潔にしていると精神衛生にも悪く、体よりも頭皮の脂っぽさが耐え難くなる。12日目でついに限界に達し、銭湯に行った。爽快で、清潔にするってなんて素晴らしいのだろうと思った。
 そんな中で、あるとき、滅多に開かない漢和辞典の中から3万円が出てきて驚嘆した。
 アルバイト代を稼いだとき、「いつか金に困ったときのために」と考えてページの間に挟んでいたのだ。完全に忘れていたので、とても驚き、喜んだ。その勢いで友人を誘って、烏山駅近くの居酒屋へ飲みに行ったことを覚えている。
 それにしても、あの引きこもりの期間、筆者はアパートの部屋で勉強をしていたわけでも、本をむさぼり読んでいたわけでもない。ただ無為にグータラと過ごしていたとしか思えないのだが、ほんとに何をしていたのだろう。今から思うと、羨ましいぐらいである。



2017.3.9

第二百四十八回 必殺仕舞人 

必殺ネタがつづく。
 第16作『必殺仕舞人』である。ファンの間では、必殺シリーズの顔ともいうべき中村主水が出演していない作品に対し「非主水シリーズ」という呼び方があるらしい。『仕舞人』もそのひとつで、若い娘ばかりで結成された華やかな踊りの一座が、各地を巡業しながらその地の悪を「仕舞」していく、という物語。たしかに中村主水の出る幕はなさそうだ。
 メンバーは、座長であり、踊りの師匠であり、仕舞人の元締でもある板東京山(ばんどう・きょうざん)に京マチ子。酸いも甘いも噛み分けたベテランの殺し屋・晋松に高橋悦史、博徒志願だった飛び入りの若者・直次郎に本田博太郎。いずれも必殺シリーズには初出演となる三人で結成されている(京山は『仕事人』のスペシャル番組に友情出演)。
 加えて、情報担当に西崎みどりがいる。西崎が演じる「おはな」は一座の踊り子だが、第6話で京山の殺しを目撃してしまい、あやうく晋松に殺されるところだったのを、京山が自分の預かりという形で仲間に加えるのだ。ほかの踊り子たちは裏稼業を知らない。
 この『仕舞人』、旅ものなので、全編がロケという豪華さである。映画用のフィルムを惜しげもなく使い、照明と撮影の妙で渋く深みのある映像美を醸し出している。この映像に慣れてしまうと、デジタルクリアビジョンなど軽薄すぎて物足りなくなってくる。
 人気作で視聴率も悪くなかったことを考えると、13話で終わったのは予算の都合かもしれない。金をかけ過ぎているのだ。いつも引き合いに出してしまうが『剣劇人』などとは違う。
 ストーリーも濃い。第四話『江差追分 親子の別れ』など、娘が依頼人、悪女である母が標的という設定なのだが、海べりの悲しい場面を背景に葛藤が描かれ、結局は哀れむべき立場でもあった母を娘は憎みきれず、京山たちは「仕舞」せずに終わるのである。
 その板東京山、必殺ファン1000人を対象に行われたアンケートによると、必殺シリーズの殺し屋の中で、人気が第一位だったらしい。
 わかる気がする。これはもちろん京マチ子の魅力だが、仕切人のお国ではダメなのだ。
「これは業だ。あたしの業なんだ。業ならいっそ、阿修羅に成り代わって、この世で晴らせぬ恨みつらみを晴らせてみせよう」
 悪辣な男の手によって我が子を亡くした過去を持つ彼女が、第一話ではこういうセリフを口にして、ふたたび修羅の世界へ舞い戻るのだ。
 必殺シリーズには数々の女殺し屋が登場するが、板東京山の魅力は(見かけも一番べっぴんさんだが)、何といっても殺しの場面における普段とのギャップだろう。
 いつもは一座の座長として厳しくも優しく、おっとりとした育ちのいい話し方をする彼女が、いざ「仕舞」となると忍者のような黒装束に身を包み、切れ長の目が別人のように冷たく、長かんざしで悪人の延髄を容赦なく一突きにする。ときには体の柔らかさと合気道を駆使したアクションを見せることもある。
 そして「仕舞」が終わると、また可愛らしい笑顔に戻る。実際こんな可愛らしいおばさんは見たことがない。そういえば中村主水も、殺しのシーンの凄味とズッコケた日常とのギャップが極端だった。人気作になる所以はこのあたりにあるのかもしれない。



2017.3.2

第二百四十七回 秀さんの歌 

『必殺仕事人』には、のちに中村主水とならんで仕事人の主要キャラクターになる飾り職人の秀(三田村邦彦)が初登場している。
 秀は最初、血の気の多い若者という役どころだった。駆け出しの仕事人で、自分たちの仕事の意味と重さがわかっておらず、感情で依頼を引き受けようとするところもあった。ベテランのクールさを見せる後年とは大違いである。
 翳りのある美貌と、現代の髪型、銀のブレスレット、ジーンズを貼り合わせた衣、といった時代劇とは思えないスタイルが受けたのか、これまで必殺シリーズの視聴者層ではなかった女子高生のファンが急増し、視聴率もどんどん上がっていったらしい。
 そして、ついに作中で挿入歌『いま走れ!いま生きる!』を歌うことになる。歌に合わせて秀だけをとらえたショットが続くなど、アイドル化されていることがわかる。これまでも市松や又右衛門など、美形の殺し屋はいたが、このような扱いは初めてだろう。
 ちなみに『いま走れ!いま生きる!』は、歌詞がどうもおかしい。というのは、曲にきっちりと合っておらず、あまり歌謡曲に使われないような表現もまじっているのだ。と思っていたら、作詞が三田村邦彦だった。「秀さん」自身による作詞なのである。素人くさい歌詞といえばその通りだが、かえってそれが駆け出しの仕事人の青い感じと合っていてよかった。
 ちなみに三田村邦彦は歌がうまい。仕事人の続編である『新 必殺仕事人』では、主題歌の『思い出の糸車』、そして挿入歌『涙の裏側』も歌っている。筆者はこれを「レコード」で持っていたが、シングルのA面とB面だった。
『仕事人Ⅲ』の二時間スペシャル番組、現代版『仕事人VS暴走族』では、主題歌の『冬の花』を、主水、秀、勇次、加代の四人がカラオケで歌う場面があった。中条きよしは言うまでもなく、三田村はわざと下手な歌い方を演じ、藤田まことも俳優だけに演技力に通じるような歌唱力を見せ、その三人で『冬の花』を持ち歌にしている鮎川いずみを食っていた。
 筆者は高校生の時、カラオケで『自惚れ』を歌ったことがある。父に連れられていったスナックだった。そこのママさんが「この歌、難しいよ。みんな途中で歌えなくなるもの」と言っていたが、理由は明らかだ。『自惚れ』は『仕事人Ⅳ』の挿入歌で、番組内ではいつも仕事人たちが殺しに向かう前に流れるのだが、メロディが三段階で変わり、その二段階までの部分しか流れないのである。筆者はこれもレコードで持っていたから、曲の流れを知っていたが、途中で歌えなくなった人たちは、たぶんテレビで『仕事人Ⅳ』を観ていて、全部を通して聴いたことがなかったのだろう。
 サラリーマンの頃、同僚と入った居酒屋で『涙の裏側』が流れていた。
 懐かしくなって、思わず同僚に「これ、仕事人の挿入歌だよ。知ってる?」ときくと、近くにいた店員のお姉さんが、「お客さん、よくご存じですね。でも、これ主題歌ですよ」と言って話に入った。思わぬところで同好の士に会ったものだ。
 実際は『思い出の糸車』が主題歌で、『涙の裏側』は挿入歌なのだが、雰囲気が似ているし、番組内で流れるので耳に残っていたのだと思う。
 あのお姉さんも、かつて秀さんのファンの「女子高生」だったのだろうか。



2017.2.23

第二百四十六回 必殺仕事人を見た 

  必殺シリーズ第15作『必殺仕事人』を、ついに全部見終えた。おととしの5月からテレビ放映と同じように毎週見続けてきて、先月の末、とうとう最終回に行き着いたのである。
 なにしろ全84話におよぶシリーズ最長作品だ(ちなみに最短は『必殺剣劇人』で、たったの8話。10分の1以下である。江口師範も筆者もこれを「必殺」だとは認めていない)。
 最後まで骨太な作りであったが、長期作品だけに、途中で元締や必殺技の変化もあった。
 元締は最初、鹿蔵(中村雁治郎)だったのだ。『新・仕置人』の元締が「虎」だったことを考えると、同じく動物の名前が入っていることで、この作品に投じられた気合いがわかる。いい味を出していたのだが、惜しくも降板。
 その後、元締の役が山田五十鈴に変わるのだが、後のシリーズで殺しを担当する「おりく」さんではなく、別人物の「おとわ」であるところがややこしい。その山田五十鈴も降板し、六蔵(木村功)という影の薄い人物が元締になる。外見の特徴に乏しいうえ、木更津にいるという設定で、ほとんど出てこないのだ。
 情報担当で、加代(鮎川いずみ)がここから登場し、三島ゆり子も「おしま」という、そのまんまの役名で最終回まで出演。『仕留人』では「なりませぬ」だった口癖が、『仕事人』では、ほぼ毎回口にする「許せないわあ」に変わっている。これは世の悪に対する義憤からくるものではなく、自身が年増などとからかわれたことへの私的な憤りの言葉である。
 必殺シリーズの最終回は、悲劇的なものが多く、たいてい裏稼業が世間に知られてしまうのだが、解散して江戸を離れるのは穏当なほうで、レギュラー殺し屋が殉職する作品も珍しくない。
『仕事人』では、殺し屋は死なないが、仕事人の一人、畷左門(伊吹吾郎)の妻・凉(小林かおり)が悪の手によって殺害され、そのショックで娘が記憶喪失となる。左門は仕事人を引退し、すべてを忘れてしまった娘を連れて、白装束で巡礼の旅に出るのである。
 この妻・凉を演じた小林かおりの演技がよかった。
「よかった、あなたがご無事で……」と、死ぬ間際に駆けつけた夫の左門に言う。
「心配でした。……お出かけのたびに」
 そう言って息絶えるのだ。仕事人でありながら良き夫でもある左門の蔭で、彼女はけっして出しゃばることなく裏で支えるような妻であった。だが、夫がなにか危険な仕事をしていることには気づいていたのである。
 いや、逆に、狭い長屋での暮らしで、夫の異状に気づいていなければバカだろう。屋台の稼ぎだけで食べているわけではないのだから。左門だけでなく、となりの秀も、その危険な仕事の仲間であることに感づいていたのではないか、とまで思わせ、これまで脇役然として目立たなかった凉のキャラクターが、一気に実存的に浮き上がってくるのである。
 ストーリーの展開からすると、幼い娘の美鈴(この子は、たぶん筆者と同い年ぐらいだろう)も殺害されていたほうが自然なのだが、それだと残酷すぎるし、左門が旅立っていくラストにもつながらない。
 そんなわけで全話見終え、今は第16作『必殺仕舞人』にはまっている。
 


2017.2.16

第二百四十五回 B級ホラー万歳! 

バレンタインデーで思い出したが、その昔、『血のバレンタイン』というホラー映画があった。いわゆるB級ホラーに分類されるタイプの作品(では「A級ホラー」って何だろう)だが、27年後に『ブラッディ・バレンタイン』という作品としてリメイクされているからには、愛好するファンもそこそこいたのだろう。かく言う筆者も、その一人である。
 B級というのは、言い換えれば「洗練されていない」ことであるように思える。
『血のバレンタイン』でいうと、いわくのあるバレンタインデーに、炭鉱夫の姿をしたシリアルキラーが、つるはしを武器に人々を襲っていくのだが、ここでの2月14日というのは『ハロウィン』の10月31日や、『13日の金曜日』の13日の金曜日と同じで、忌まわしい出来事のあった日として、新たな惨劇が行われる特定の日付が欲しかっただけである。炭鉱夫の格好をして顔をガスマスクで隠しているのも、やはりブギーマンのハロウィンマスクやジェイソンのアイスホッケーマスクと同じように、キャラクター造形として従来の作品の手法に乗っ取ったわけで、とくに新しさはない。
 だが、それがいいのだ。その一種の泥臭さが魅力なのである。ところが、リメイクされた『ブラッディ・バレンタイン』は、B級どころか、殺人鬼(犯人)の正体まで謎としてラストまで引っ張り、ホラーファンが求める要素を惜しげもなく詰めこんだ特級作品だった。
 ほかにもB級ホラーといえば、一度テレビ放送で観て、「なんじゃ、こりゃ」と思った『血に飢えた白い砂浜』というのがある。海水浴客で賑わう砂浜に、蟻地獄のような漏斗状の窪みができ、人が吸い込まれる事件が多発するのだが、その原因というのが、地下に棲む未知の怪物だったのである。
 子どものころ映画館で観た『地獄のモーテル』も、まさに堂々たるB級作品だ。自家製の美味しい加工肉で知られるモーテルの経営者が、実は裏の畑で「人間栽培」をして肉を作っていたという話だが、これは本編よりも、ポスターのほうが怖かった。実写の映像より、絵のほうが気色悪いということは、ままある。
 B級B級と言いながら、これまでのところで挙げた四つの作品を、筆者は市販のDVDで持っているのだが、まだ購入していないものに、『地獄の謝肉祭』がある。タイトルから想像できるようにゾンビもので、これも本編よりポスターのほうが怖い。
 ほかにも、DVDが欲しいと思いながら入手していないものに、『ファンタズム』と『バーニング』がある。
『ファンタズム』をご存じだろうか。続編もできているようだが、筆者がここで書いているのは、第一作の、刃物がついた鉄の球が飛んでくるやつである。ずっと昔にテレビで一度観たきりだが、B級とは言えないほど新感覚だった記憶がある。
『バーニング』もテレビで一度観ただけなので、また観てみたい。カヌーの場面が印象的だった。これも大バサミを振りかざす殺人鬼が出てくるのだが、宣伝では「バンボロ」という名前だったのに、本編ではその名前が使われていなかったのはなぜだろう。
 筆者はシングルレコードで、そのサントラを持っていた。映画を観てもいなかったのに、つまり曲も知らないのに買ったのだ。80年代とは、それほどホラーに浮かされた時代だった。



2017.2.9

第二百四十四回 共通点がある 

 綺麗事ではない。教える側が、「生徒から学ぶことがある」というのは事実なのだ。
 一年や二年の間、面倒を見ながら観察することをくり返していれば、どんな子が合格してどんな子が不合格になるのか、そこに普遍的な法則を見出せる。もちろん、しっかり勉強するという当たり前の大前提は別として。
 これは空手にも当てはまるし、ほかの習い事や、その他なんでも個人が向上したいことに通じており、応用が可能であると思われる。
 その具体的な内容を数え上げれば、今回だけでは終わらないので、忘れていなければいつか別の機会に書くことにしよう。
 逆に、教える側にも共通点が見受けられる。
 まず、学校や塾の先生でも、ピアノなどの習い事の先生でも「下準備」を怠らないことは必須条件である。あらかじめ指導内容を組み立てておくことだ。
 前にある家庭教師センターで、教材研究なしでの飛び入りという案件があった。そこの受付嬢は「学生の先生のほうが勉強してきた記憶が新しいから、飛び入りでもできる」と言っていたが、これはとんでもないド素人の勘違いである。プロほど念入りに下準備をするものだ。筆者は結局、ここでの仕事はお断りした。
 江口師範のご指導も、師範稽古に出ている人はおわかりだと思うが、当日のテーマが明らかで、まちがいなく入念に事前の組み立てをされていることがわかる。
 そして、目配り。いい先生は、よく見ている。でないと異状があっても気づかない。
 わかってなさそうな顔や、タマシイが別世界に飛んでいる顔は、一目瞭然である。中にはこっそりお菓子を食う輩もいる。
 江口師範も目配りは鋭く、とくに少年部へのフォームチェックなどは非常に細かい。
 ただし、体調不良の場合は、見極めが難しい。
 以前、4年生の女子で、授業中「ちょっと具合が悪そうだな」と思った子がいたのだが、そのまま板書していたら妙な音が鳴り、ふり向くと、彼女は嘔吐していた(それからが大変だった)。こちらが目配りしていても、本人ではないのだから、どれだけ苦しいかわからないのだ。どうか限界まで我慢せず、吐く前に自分から言って欲しいものである。
 武道の世界では、上下関係が確立している中で、疑問や不満があっても口に出せないかもしれない。が、それでいい。とにかく先生の言うことに従うのが強くなる早道だから。
 でも、口に出せないと、どうしても合わなければ辞めるしかなくなるが。……まあ、そのぐらいなら相談したらいいだろう。
 さて、今回は道場生の立場で僭越ながら江口師範のご指導について語ってしまったが、今は月曜日と金曜日の夜のクラスが、江口師範のご指導になったことをご存じだろうか。
 筆者はこの前の月曜日に、たまたま余裕があったので出席し、師範に直接キックミットを持っていただいた。ミットの位置がめちゃくちゃ正確で、道場生同士で持ち合う比ではなかった。
 月と金である。江口師範の説明はわかりやすく、ユーモアも利かせてくれる。火木の試合クラスは敷居が高いという人も、この機会に師範から教わる機会を得てみてはいかがか。



2017.2.2

第二百四十三回 冬の乱歩 

 引きつづき乱歩ネタだが、今回の内容には『透明怪人』と『宇宙怪人』のネタバレが含まれていることを、あらかじめ申し上げておきます。ジュブナイルの両作品をこれからお読みになる方はたぶんいないと思うが、もしその可能性がある場合は、今回の文章を読まないことをオススメしたい。
 乱歩は面白いと言いながら、やはりどうしても突っ込みを入れたくなる部分もあって、そのあたりにも触れたくなったのである。
 たとえば『透明怪人』だが、ほかの作品と同じく、これも序盤から相次ぐ怪奇現象に、作中の少年のみならず、読者である自分もワクワクドキドキを禁じ得なくなる。
 少年が後をつけた怪しい人物が、(なぜか)服を脱ぎ出すと透明人間だった、という怪現象が出てくるのだが、このオチというのが、怪人二十面相のヒマな手下たちが上から糸で衣類を操っていたのだった。いい大人が、子どもを驚かせるために大サービスをしてくれているのである。
『宇宙怪人』では、東京の上空に突然、空飛ぶ円盤の大群が押し寄せる。それが大ニュースになって政府を騒がせ、都民たちを恐怖のどん底に陥れる。『妖怪博士』や『青銅の魔人』や『夜光人間』や『鉄人Q』、『電人M』などなど、乱歩の少年シリーズを読んできた筆者も、ここにきてとうとう宇宙規模での事件が出てきたか、と胸を高鳴らせたものだった。
 で、そのトリックというと、なんと「鳩」だったのである。円盤の模型を、おびただしい鳩の脚に糸で結びつけ、飛ばせた。というのがオチ(いや、トリック)だった。
 んなもんぐらい見抜けよ、政府。おかしいと思わないのか。羽ばたくのに合わせて、円盤の上下の「揺れ」がすさまじかったはずだろう。おびえるなよ、都民も。と思わず突っこみを入れたくなるが、これは時代がおおらかだったのだろう。
 それでも寒い冬の午後などに、家にこもって乱歩を読んでいるのは本当に楽しかった。そのせいか、年中読んでいたはずなのに、筆者にとって江戸川乱歩は冬の作家なのである。
 少年探偵団が出てくるシリーズは、いつも名探偵・明智小五郎が、怪人二十面相をやっつけるというパターンだが、これを読み続けていくと、次々に新しい怪人が出てきても、結局は怪人二十面相であることがわかってくる。エンディングも「明智探偵バンザーイ!」ばかりだと、やがて飽きるし、鼻白んでくる。
 それを見越したかのように、ポプラ社のシリーズにも、後半には『蜘蛛男』『幽鬼の塔』『三角館の恐怖』『赤い妖虫』(原題は『妖虫』)など、陰惨な殺人事件や屈折した心理の出てくる作品がラインナップされている。ここで「善意のエンターテイナー」である怪人二十面相は退場を余儀なくされるが、明智小五郎は依然として登場し、たとえば「蜘蛛男」とも対決する。子ども心にもこれらが放つあやしい魅力は大きく、『死の十字路』(原題は『十字路』)など夢中で読んだものだ。
 小説家の作風に光と闇があるとしたら、鬼才・乱歩はまさに闇の側に存在している。
 乱歩の本当の味は、大人向けに遠慮なく書かれた闇の作品にこそあり、それを読み進んでいくと、『踊る一寸法師』や『芋虫』や『蟲』など、暗い猟奇の果てに行き着くのだ。



2017.1.26

第二百四十二回 土曜日の乱歩 

小学四年生の秋、筆者が西宮の夙川に住んでいたころ。
 ある日、学校から帰ってくると勉強机の上に一冊の本がおかれていた。
 江戸川乱歩『怪人二十面相』。白い背表紙に「黄金仮面」のマークがついた、ポプラ社から出ているハードカバーである。なぜか頼んでもないのに母が買ってくれていたのだ。
 それから筆者はポプラ社の乱歩シリーズを次々にむさぼり読んでいった。今の子どもたちが、どんなシリーズをきっかけに読書好きになるのか知らないが、まあ、小学生にとってこんな面白い読み物はないだろう。
 ただ、違和感もあった。「ハンカチ」が「ハンケチ」と表記されていたり、怪人二十面相がへばりついている塔の壁などをさして、人々が「あっ、あすこ」などと言ったりするのである。また少年探偵団のメンバーのうち「電話のある団員の家に連絡して」というようなくだりもあって、「いつの時代や」と思ったりもした。個人が電話を携帯している現在なら、子どもの読者には通じないかもしれない。
 少年探偵団といえば小林少年だが、その容貌についても、よく「リンゴのようなほっぺたの可愛い少年」と描写されているのだが、それを可愛いと思うのは大人の視点であって、小学生の読者にとっては、そんなやつ、むしろ気色悪いとさえ感じたものだ。
 それでも面白かった。ドキドキハラハラする展開や思わせぶりな語りがやみつきになっていた。子ども向けのシリーズは、乱歩が実際に書いたのではないという説もあるようだが、今さらそんなことを言われても、そう簡単に乱歩作品という認識は揺るがない。
 よく読んでいたのは、土曜日だった記憶がある。学校から帰って(今の若者たちは知らないだろうが、昔は土曜日もお昼まで学校があったのだ)、適度に外で遊んで、のんびりと夕食を待っている時間に、よくコタツに入って読んでいた。まったく、今から思うと、羨ましくなるほど優雅な至福の時間である。
 もうひとつ記憶にあるのは、友達の習い事についていったときだ。
 マンションの管理人さんの息子が、阪急電車でひとつとなりの西宮北口まで水泳を習いに行っていた。彼は後年、阪神大震災で生き埋めになったあげく救出されることになるが、それは後の話。当時、ピープルという水泳教室が、西宮北口の大きなビルの中にあったのだ。
 その行き帰りが一人だとさびしいので、ついてきて欲しいという。6年生のころだったが、我ながら、よくまあ、こんな要求に応えたものだと思う。
 プールの上の階には、ガラスを隔てて観覧席が設けられていた。ビルの中の高層階だというのに、大規模な設備である。水泳のイベントがある時のためか、通っている子どもを待つ保護者のためなのか、よくわからない。
 筆者は保護者ではなかったし、試合でも何でもなく、ただ泳ぐだけの練習を見ているだけでは、さすがに退屈だった。で、同じビルの中にある本屋さんへ寄って、乱歩の『夜光人間』を買い、ガラ空きの観覧席で読んでいた。そして練習が終わると、いっしょに帰るのだ。
 そんなことが何回か続いたか。やがて筆者は、その行き帰りの付き添いをやめた。どうせなら家でコタツに入って読むほうが快適だということに気づいたのである。



2017.1.19

第二百四十一回 九度山で牙を研ぐ 

地方出身者にとって、年末年始に帰省できないのは侘しいものである。筆者は今年も帰れなかった。そこで久々の紀州(和歌山)ネタを。
 高野山の麓、紀ノ川のほとりにある九度山は、地元でこそ知られているが、一般には去年の大河ドラマ『真田丸』に出たことで、初めて知った人も多いだろう(そしてもう忘れられているだろう)。
 大河ドラマといえば、長い歴史の中で、これまで真田幸村を主人公にした作品が制作されなかったのは意外である。ビッグネームを持ってくるのは、たいてい視聴率が低迷しているときなので、ここしばらくの作品が思わしくなかったのだろう。主人公の名前は、人口に膾炙している「幸村」ではなく、「信繁」と表記されていた。そのほうが正しいのだが、「ゆきむら」と「のぶしげ」、どっちが格好いいと思ってるんだ、という気もする。
 筆者も年末に放送された総集編を録画し、今年になってから視聴したのだが、三谷幸喜氏の脚本が軽妙で、非常に面白かった。というか、筆者が知っているかぎり(総集編を見ただけの感想だが)これまでの大河ドラマで、もっとも洗練されていたと思う。
 主演の堺雅人も合っていた。ミスキャストだと、その時点で映像作品は失敗である。政宗(渡辺謙)や秀吉(竹中直人)と並ぶほどのはまり役だったのではないか。
 ちなみに筆者は、池波正太郎の『真田太平記』全12巻の11巻を今、読んでいるところである。流行に少し後れるのが筆者の特徴かもしれない。
 で、紀州九度山だが、ここは関ヶ原の戦いで西軍についた真田昌幸と幸村が家康に蟄居を命じられ、14年間も過ごすことになる地である。『真田丸』では、「日本昔ばなし」のような風景で映っていたが、それも無理はない、現代でも田舎なのだから。
 筆者も六年ほど前、九度山に行ったことがあるが、彼の地について驚いたものだ。
 なにがって、その狭さにである。去年の真田丸ブームで少しは観光地化されたのかどうか知らないが、少なくとも筆者が訪れた時は、まず場所を見つけるのに苦労した。車で向かったのだが、どこから入っていいのか道がわからず、ようやく小さな幟を見つけてたどり着いた記憶がある。そして見つけたのが、賃貸マンションのようなスペースだった。
(こ、こんな狭いところに……!)
 あの有名な真田親子が、14年も暮らしていたのか、と思った。
 14年間とは長い! しかも幸村にとっては、34歳から48歳まで。壮年の働き盛りともいえる期間だ。あふれる能力を発揮する機会もなく、無為に送る日々はどれほど無念だっただろう。
 だが幸村はここで、来たるべき日のために牙を研いでいたに違いない。人生には不遇の期間がある。幸村にとって紀州九度山はその代名詞だったのだ。
 ちなみに、幸村ならぬ氏村も、このところブログの更新をすることもなく電脳空間に「蟄居」していたのだが、これもどれほど無念だっただろう。14年ならぬ22日ぶりの更新である。
「サボってたな」と心ない言葉を投げつけるのはやめて欲しい。年末年始とパソコンのネットワーク接続不良が重なった結果なのだ。あれこれやってみたが原因が特定できず、ついにシステム復元で解決を図るまで、一週間ばかりインターネットが使えなかったのである。